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【稲盛和夫氏の消えぬ情熱】やり切ったと思ったことは『一度もありません』京セラ創業~KDDI母体の第二電電設立~JAL再建

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 訃報です。「京セラ」の創業者・名誉会長で、日本航空の経営再建にも多大な貢献を果たした稲盛和夫さんが、8月24日に老衰のため亡くなりました。90歳でした。戦後日本を代表する経営者がこの世を去りました。

 【稲盛和夫さん 2016年12月31日放送『ザ・リーダー』より】
 (Qもうやることはやり切ったと思われた時はないのですか?)
 「ありません」
 (Q一度もですか?)
 「一度もありません」

 温厚そうな雰囲気の奥で齢80を超えても情熱の炎が消えることはありませんでした。稲盛和夫さんは1932年に鹿児島県に生まれます。1959年、27歳の時に「京都セラミック」、現在の京セラを創業。アメリカのIBMから大量受注を獲得したことなどをきっかけに経営を軌道に乗せ、京セラを巨大メーカーへと成長させました。
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 (稲盛和夫さん)
 「なるべく利己的な思いというものを横に置いて、利他的な、みんなを幸せにという美しい心というものが、常に思いの中に出てくるようにしていかなければいけない。そうすれば自分の運命も好転していきますし、同時に自分の境遇も良くなっていくし」

 “会社経営はすべての社員が関わるものだ”という考えを貫いた稲盛さん。独立採算で運営する小さな集団を作り、その集合体として会社を経営していく『アメーバ経営』という手法は経済界に大きな影響を与えました。

 活躍の場は京セラの枠を超えます。1984年、通信事業が自由化されたのを機に、現在のKDDIの母体となった「第二電電」を設立。NTTの独占構造に穴を開けていきました。

 2010年には周囲の反対を押しきり、経営破綻でどん底にあった日本航空の会長に78歳で就任。足しげく現場に通い、ぬるま湯に浸かっていたJALの幹部を叱り飛ばした稲盛さん。一度は翼が折れたJALをわずか3年で再上場させ、不死鳥のごとく蘇らせました。

 (稲盛和夫さん)
 「意気消沈したJALの社員の人たちを勇気づけてあげたいと」

 また1985年には、私財を投じて財団をつくり、科学技術や思想芸術の発展に貢献した人に贈る「京都賞」を創設。ノーベル賞への登竜門として世界的な注目を集める賞になりました。

 さらに稲盛さんの経営哲学や経営手法は遠く海を越えます。

 (稲盛和夫さん 2016年 中国・瀋陽にて)
 「日ごろからコストダウンに努めていますから、往々にしてもう無理だ、これ以上コストを下げることはできるはずがない、と考えがちであります。そうではありません。もうダメだと思ったところが始まりと考え、乾いたタオルをさらに絞るように、徹底的に原価低減に努めていくことが必要であります」

 国内・海外で大勢の人々に多大な影響を与えた稲盛さん。今年8月24日に京都市内の自宅で老衰のため亡くなったということです。90歳でした。通夜および葬儀は近親者を中心にすでに執り行われたということで、後日、お別れの会が開かれる予定です。

2022年08月30日(火)現在の情報です

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