2025年08月15日(金)公開
原爆のおそろしさと戦争の現実を"紙芝居"で伝える「どんな意見を持つ人にもこの話は事実」世界の人々に知ってもらうため活動 減りゆく戦争体験者...それでも「戦争体験を話していくのは誰もがしてよい。それこそが平和だと思う」【戦後80年】
編集部セレクト
8月15日、終戦から80年となりました。大阪に原爆の悲惨さをとにかく知ってほしいという“強い”思いを紙芝居に込め披露する男性、吉村大作さん(45)がいます。「世界の人たちにも知ってほしい」と、万博の開幕に合わせて活動を続け、8月12日、万博・国連パビリオンで披露することになった吉村さんの思いや活動のきっかけを取材しました。
「核兵器の恐ろしさを世界中の人々に知ってほしい」その思いを胸に活動する吉村大作さん(45)
大阪・新世界。鬼気迫る表情で英語の紙芝居を披露する男性がいます。吉村大作さん(45)です。
【英語で紙芝居を披露する様子】
(吉村大作さん)「家も学校も病院もすべてなくなりました。核兵器というおそろしい爆弾が落とされたのです」
(吉村大作さん)「どんな意見を持つ人にも、『この紙芝居の話は事実だよ』とどんどん広めていく。それが“核廃絶”に近づいていくのではないか」
80年前、原爆が投下された広島を生き抜いた8歳の少女・ケイちゃんの実話を基にした物語を披露しています。
【英語で紙芝居を披露する様子】
(吉村大作さん)「川には焦げた人たちが浮かび、肌が焼けた人がケイちゃんに『水…水をくれ』と言いました。その人たちは救われませんでした。そしてケイちゃんは家族と会えませんでした。核兵器を使うなんて、もう二度と繰り返してはなりません。もう二度と繰り返してはなりません」
核兵器の恐ろしさを海外の人たちに知ってもらうのが狙いです。
(スペイン人)「目を覚まされました。なんとなく知っていましたが、実感がなかったので。どんな戦争も不必要です。特にこんな究極に危険な兵器などもってのほかです」
(アメリカ人)「何が起こったのかを知り、理解するのは大事。街の被害や人々が感じたことを、私たちはあまり知らなかったようです」
「こんなむごいことが世の中に起きていたのか」被爆者との交流で突き付けられた現実
広島や長崎には縁のない大阪出身の吉村さん。本業は地域新聞の編集長ですが、東日本大震災でボランティアに携わり、社会に貢献する活動にやりがいを見出しました。
そして3年前の2022年。交流のあったウクライナ避難民らと広島を訪れ、ケイちゃんのモデルになった小倉桂子さんの被爆体験を聞いたことがきっかけとなりました。
(8歳のとき広島市で被爆 小倉桂子さん)「突然ぴかっと光って。見ていたものは色がない。真っ白になって。人が死ぬのを見ました」
(吉村大作さん)「川に焼けただれた人々の死体が浮かんでいる。『水をください』とやってくる人がいる。そして死体にはウジがわいている。本当の話だけれども、それでも『本当なのかこの事実は』と。『こんなむごいことが世の中に起きていたのか』と」
「世界の人たちにも知ってほしい」と紙芝居を作り、海外から人が集まる万博の開催期間に合わせて毎日、活動を続けています。
「あしたの一歩は次の誰かが踏み出さないといけない」万博・国連パビリオンで紙芝居を披露
8月12日。吉村さんは万博会場にいました。国連パビリオンで、「ある人」に紙芝居を披露することになったのです。
国連の事務次長で、軍縮部門のトップを務める中満泉さん。「紙芝居を披露したい」という吉村さんからのオファーを受け入れてくれたのです。
(吉村大作さん)「世界中に聞こえそうな爆発音が鳴り響きました」
被爆体験者の思いを伝えるため、全力で読み上げました。
(国連 中満泉事務次官)「アメリカでも特に若い世代で世論がずいぶん変わってきている。『原爆を長崎と広島に落としたのは正しかったのか』と。そういった考えの人たちが世界中に増えていくと、『核は良くない。無くしていこう』という機運が高まると思います」
戦争体験者が減っていくなか、吉村さんには伝えたいことがあります。
(吉村大作さん)「戦争体験を話していくのは誰もがしてよいこと。もし被爆者の方が話せなくなったとしたら、あしたの一歩は次の誰かが踏み出さないといけない。それこそが平和だと思う」
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