近畿地方にも雨の季節がやってきました。
今年は統計開始以来、最も遅い梅雨入りとなりました。
梅雨時、しっとりと美しさを増すのが、苔のある光景です。
京都には、苔庭の美しいお寺が数多くあります。
やわらかく光に照らされた、透き通るように輝く苔を眺めたり、
音を吸い込むような空間で、静寂に心をゆだねたり、
深く呼吸をして、潤った空気を体いっぱいに取り込んだり。
日本独特の「侘び」「寂び」を味わえる苔庭を訪れる人は多いですが、
実はこの、京都の"苔"がじわりじわりとピンチを迎えているのをご存知でしょうか。
苔には根っこがありません。
生きるのに必要な水分や栄養分は、体の表面から直接取り込んでいます。
その供給源となるのは、主に雨や霧などです。
なんとなく、苔というとジメジメしたところに存在しているイメージがありますが、
まさにその通り、苔にとって空気中の湿気は生きるために不可欠なのです。
逆を言えば、多くの種類の苔にとっては乾燥が大敵となります。
京都の街なかでは、昔に比べると霧の日数が劇的に少なくなっています。
確かに、市内に住んでいても1年のなかで霧を見ることはほぼありません。
気象台の観測が始まった1930年代には、年間平均して83日も霧が発生していました。
それが、1960年代には年平均35日になり、
2000年代になると、なんと0.2日にまで激減しました。
今や1年の中で霧が1日も観測されない年も、珍しくはないのです。
考えられる理由としては、京都市内で田んぼが少なくなり、湿気が少なくなったことや、
都市化の影響でアスファルトに覆われた地面が増えたことで水を蓄える力が弱まり、
霧が発生しにくくなっていることなどが挙げられます。
街なかの苔にとって、水分や栄養分を摂取しにくい環境に変化しているのは
想像に難くありません。
私が持つ苔についての知識のほとんどを授けてくださった
コケ生物学者の大石善隆先生も、最新著『コケはなぜに美しい』の中で、
都市の気温が上昇する「ヒートアイランド現象」の影響の強い京都の中心部では
コケの生育環境が悪化し、乾燥に弱いコケたちが姿を次々に消し始めている、と
指摘されています。
夏の暑さで苔が枯れてしまった例も確認されていて、
大石先生は、「このままヒートアイランド現象が進んでいけば、
そのうち市街地ではコケ庭の維持さえ難しくなるかもしれない」、とも。
京都の街の変化は、苔たちにひっそりと、しかし確かに影響を与えています。
美しい苔庭をいつまでも楽しむためには、
我々のライフスタイルを見つめなおすことが、必要になりそうです。