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大阪の交番襲撃事件は『逆転無罪』懲役12年から無罪になった違いは何 無罪男性の今後は?刑事弁護士が解説

解説

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2019年に大阪府吹田市の交番を襲撃し、警察官を包丁で刺して拳銃を強奪し、強盗殺人未遂などの罪に問われていた男性被告(36)に対して、大阪高裁は逆転無罪が言い渡しました。犯行当時、男性は心神喪失状態にあり、刑事責任能力がなかったという判断です。無罪判決を数多く手がけてきた刑事弁護人の川崎拓也氏は「大阪高裁が男性の行動を総合的に判断した結果」と話します。(2023年4月4日放送 MBSテレビ「よんチャンTV」より)

◎川崎拓也弁護士(ダンス営業が風営法違反に問われた「クラブNOON」裁判など、7件の事件で無罪判決 有罪率99.9%に挑む弁護士の異名も)

刑罰を科す基準は、その人の行為を「非難することができるかどうか」 

 ―――2019年、大阪府吹田市の交番で当時33歳の男性が警察官を包丁で刺し拳銃を奪って逃走した事件、裁判の判決を振り返りたいと思います。1審の判決、弁護側は当時、被告は統合失調症で責任能力がなかったとして無罪を主張。検察側は無駄なく手際よく拳銃を奪っていて、合理的に行動しているとして懲役13年を求刑しました。大阪地裁の判決は懲役12年でした。これに対して弁護側は控訴しています。2審の判決、大阪高裁は「拳銃を奪うなどの行動自体が統合失調損傷の影響が増す中で行われたもので、犯行前後を総合的に鑑定すれば、心神喪失の状態にあった」として無罪判決を言い渡しています。判決がガラリと変わったんですが、この心神喪失の状態にあったため無罪というのはわかりやすく言うとどういうことなんでしょうか?

(川崎拓也弁護士)刑法の中に「心神喪失者の行為は罰しない」という条文があるわけですが、なぜこういう条文があるのかというところから始めないといけないと思います。そもそも刑罰を科すことができるのはどういう場合かっていうと、それはその人に責任がある、つまり非難することができる。非難することができるってのはどういうことかというと、目の前に「これは悪いことである」というハードルがあるにもかかわらずそれをあえて乗り越えていた。これが非難できるということなので、逆に言うとこのハードルをハードルとして認識できない人、あるいはハードルだとわかっていても、自分をコントロールできずに乗り越えてしまった人、しかも精神の障害によるご自身の責任によらない病気などによる場合には、その人は非難できないよね、責任がないよねっていうことで。こういう条文があるというふうに言われています。

―――心神耗弱というのは、喪失とまた違うということですね?

(川崎拓也弁護士)はい、程度の問題なんですけども、この能力が著しく減退している場合が心神耗弱。全く自分をコントロールできない、あるいは善悪の判断がつかないという場合は喪失というふうに言われています。

―――刑罰を科す前提は責任である。善悪の判断ができないのは病気のせいで、その人のせいではない。なので、その人には責任がないという考え方なんですね。ただ、その実際に警察官が襲われてけがをしたということを考えるとその人に責任がないと言われるどういうふうに受け止めたらいいのかなという気分にもなります。

(川崎拓也弁護士)そうですね。一般の方にご説明するのはもう裁判員裁判でも非常に難しい議論ではあります。やはり責任・非難・刑罰とは何なのかっていうところから考えていく必要があるんだろうと思います。

―――では、1審は懲役12年の判決、2審で無罪ということで、判決が変わったというのはどういうふうに考えたらいいんでしょうか?

(川崎拓也弁護士)これはどの範囲の行動について、その責任があるかないか、つまり自分をコントロールする能力があるかどうかの判断を前提にしたかということになります。検察側の主張は、犯行前後の行動というのは無駄なく手際よく確かにいろんな偽装工作をしたりして、警察の派出所まで行ってるわけですけども、しかしもう少し範囲を広げると、どうしてこういうことをしようと思ったのか、「著名人を殺すんだ」っていう話がありますけれども、この前後を総合的に判断した2審の判断、それとも、もっと狭い範囲だけを見たときに、一見合理的に見えるものを合理的だと判断した1審の判決。これによってですね耗弱だったのか喪失だったのかっていう判断が変わったということになります。判決の後にも、法律が準備されていて、検察官の申し立てによって病院に入院して適切な治療に繋げていくということになります。

―――検察側は「判決内容は十分に検討したが、違法な上告理由までは見いだし難いため上告は断念した」ということで、これをもって男性の無罪が確定します。検察は上告することもできたんじゃないかと思ってしまうんですが、しなかったというのはどういうことなんでしょう。

(川崎拓也弁護士)形式的には、上告が認められるのは憲法違反と判例違反に限られてますので、そこは見出し難かったというのはよくわかるんですけども、どちらかというと高裁の判断は非常に良い判断。私たち弁護人からすると、よく見てくださった判断だなと思います。それが最高裁のお墨付きを得るような形になるのはちょっと避けたい、こんな思いもあったんではないかというふうに推測はしてしまうところです。

―――精神鑑定が弁護側も検察側もしているということなんですよね。1審の段階でお医者さんが2名出ておられるんですが、心神喪失状態のそういう状態に自ら持っていくというようなことってできるんでしょうか?

(川崎拓也弁護士)鑑定をしていく中で精神科医の先生が何度も面談をされます。いわゆる「詐病」というものに対してはそうではないということを確認しながらやっていくので、もちろん理屈上それが絶対ないとは言い切れませんが、やはりすごく難しいことだろうなというふうに思います。

―――今回で言うと弁護側と検察が精神鑑定の結果はまた違ったものだったんですね?

(川崎拓也弁護士)検察側が指示していたのは「耗弱」限定的だったというドクターの意見を尊重してほしいという主張でしたが、弁護側については、これは「なかったんだ」と影響が大きかったんだというドクターの意見を尊重するべきだという主張になっていたと思います。

―――実はこの心神喪失の無罪っていうのは珍しいことじゃないっていうことなんです。例えば2017年、神戸市北区で家族ら5人を殺傷した男性は、心神喪失状態だったとして2021年に無罪判決になっています。2012年、神戸市の公園で通行人を殴るなどした男性が傷害事件で訴えられたんですけども、2013年には熱中症による錯乱状態で責任能力はなかったとして無罪となっている。全国では、ほぼ毎年のように出されている心神喪失による無罪判決ということなんですが、いろいろとこの心神喪失による無罪判決は出ているということですね?

(川崎拓也弁護士)もちろん無罪判決自体が珍しいということはありますけれども、無罪の中でこの責任能力の無能力っていうものがそんなに珍しいかというとそういう感覚までは持てないかなと思います。

―――男性はこの後どうなるんですか、「病院に入って入院を」という話ありましたけども、改めて教えていただけますでしょうか?

(川崎拓也弁護士)2005年に制度が始まってるんですけども、心神喪失者等医療観察法、医療観察法と呼んだりしますけども、これは責任能力がない。あるいは限定的なんだということで不起訴処分になった、あるいは無罪になった。つまり社会に帰るという場面で、検察官の申し立てによって「今この人に治療の必要があるのか」というのをまず入院をして、原則2ヶ月、最長3ヶ月と言われてますが、鑑定・鑑別するための入院をするというのがまずファーストステップ。その後、裁判官、精神科医、あるいは環境調整をする方々なんかで、もちろん弁護人も関わったりしますけれども、審判をしていく。

この審判で、この時点での治療の必要性というのを判断して、「入院する必要がありますね、通院で大丈夫ですね」、あるいは「一過性の病気で今や医療を受ける必要もないですよね」っていうのが理論上は三つに分かれる。


―――2016年までの約10年間の厚労省のデータによりますと、入院した人は平均951日、通院は平均969日ということで約2年半要していると、これも個人差があるということですか。

(川崎拓也弁護士)治療の効果が出れば早くなりますし、効果が出ないと長くなるとこういうことになります。

「重傷入院で120万円」---犯罪被害者給付金は不十分

―――いっぽう被害者救済に関しては、国の犯罪被害給付制度で犯罪被害者の遺族には320万円から2965万。重傷を負って入院した場合は上限が120万円、障害残った場合は18万円から3974万円などと決められています。刑法第39条で心神喪失者の行為は罰しない、心神耗弱者の行為は、その刑を減軽するということなんですが、先生によると、被害者救済制度がさらなる充実が必要なんじゃないかということですね?

(川崎拓也弁護士)皆さん思われると思うんですけど、ちょっと安すぎるんだと思うんですよね。本来的にはもちろん行為をした人が民事上も責任を取るべきではあるんですけれども、それはなかなか責任を問えないということになると、公的な我々が互助の精神で調和をとるということが必要になってくると。そうなると、やはりさらなる充実をしていくことが必要じゃないかというふうに考えています。

―――今回の事件ですと、重傷で入院をしたということで120万円、お金にするとそれほど大きくはないだろう。十分なのかこれで、と思ってしまいます。

(川崎拓也弁護士)あとは障害がもし残られているということになればそれに応じてとなりますが、いずれにしても、十分かというとそうではないということになろうかと思います。

―――39条(心神喪失者の行為は罰しない、など)に関して、法律の専門家の皆さんの間ではどういうふうに評価されていますか?

(川崎拓也弁護士)やはり刑罰を課するためには非難ができるかどうか。そこについては専門家の間では大きな議論はなくて、どう判断しようかということになるかと思います。

2023年04月04日(火)現在の情報です

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