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肉親を失った日「黒い袋に包まれた兄、父親がその頭をなでて、よう頑張ったなとつぶやいた」――大阪・北新地クリニック放火殺人事件の遺族が選んだ道【3部作の前編】

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 2021年12月17日。伸子さんは当時中学生だった子どもと、午後の学校懇談会を前に昼食のレストランに入っていた。注文をすませて携帯電話を開くと、ニュース速報が目に飛び込んできた。 「大阪の西梅田、火災発生」最初は気に留めなかった。しかし別の記事に見覚えのある窓が映る。胸騒ぎがした。建物に煙が立ち込め消防隊が活動する写真。そこは兄が院長を務める心療内科クリニックだった。

 「そんな煙が立つわけない。放火だな」

 直感的にそう思い、急いで子どもを連れて現場へ向かった。

 見たこともないほどの数の人と、多数の緊急車両が集まる。兄がどの病院に搬送されたのかを知りたくて、消防士や警察官に次々と尋ねたが、誰一人答えられる者はいなかった。

遺体安置所はドラマのような部屋ではなかった

 自宅に戻りテレビをつけると、「男性何人、女性何人が病院に運ばれました」などと記者が中継するニュースが続く。伸子さんは警察署へ向かい、そこで兄の写真を見せられた。「とてもきれいな顔をしていました」と振り返る。

 そして遺体のある別の警察署へ移動した。時刻はすでに夜中を回っていた。

 遺体安置所は、ドラマで見るような、白い布がかけられたような部屋ではなかった。警察の駐車場の一角にあり、兄は引き出しの中から黒い袋に包まれて出てきたのだ。

 警察官が袋を開けて家族で兄の顔を見たとき、父親がその頭をなでながら「よう頑張ったな」とつぶやいた。そして家族全員が泣いた。


▼容疑者の顔を見て「本当に何も感じなかった」

翌日以降、伸子さんは憔悴した両親のもとへ毎日通った。ネットやテレビでは事件が繰り返し報道され、容疑者の男の顔や自宅などが報道されていたが、伸子さんはその顔を見ても「憎しみを感じなかった」という。

「兄が亡くなった事件では、本当に何も感じなかったんです。そして今でも私は、容疑者のことをなんとも思っていません。」そのときの感情の不在は、いまだに伸子さん自身が不思議に思う、と振り返った。

受刑者に自身の体験を話す

 一連の話は、伸子さんが2025年3月に大阪の刑務所で講演している内容だ。

 事件で兄を失った伸子さんは、あの日起きたことを振り返り、大勢の受刑者らに自身の体験を伝えている。いま伸子さんは、被害者遺族の立場で「元加害者を支援する」という道も歩んでいる。

 なぜこうした活動を選ぶようになったのか、伸子さんは順に受刑者らに伝えていく。

ネットニュースにあふれる元患者らのコメント

 事件後、インターネットニュースには兄の元患者たちのコメントがあふれていた。

 「本当に良い先生でした。でも明日からどう暮らしていけばいいかわかりません」「薬はどうしたらいいんでしょう」

 その書き込みを見て、困っている人々の声を前に何もできない自分に悶々とした。そんな折、一人がオンラインサロンを開くというニュースを見て、「ここに行けば元患者さんと会える」と参加を決めた。

 サロンで元患者と交流したことをきっかけに被害者の支援を進めていく伸子さん。兄にカウンセリングを教えていた心理士に出会ったり、人に寄り添って話を聞く活動と仏教との共通点を見出して、修行僧としての道も歩み始めた。

京アニ事件の裁判を傍聴 犯罪被害者の思い

 2023年9月、京都アニメーション放火殺人事件の裁判で、伸子さんは傍聴席に座っていた。

 法廷で被害者遺族が声を震わせながら被告の男に質問し、「火をつけるとき、その人に家族がいることを考えましたか」と問う。そうした言葉を目の当たりにして、伸子さんは涙が止まらなくなった。

 裁判のあと、記者が「京都アニメーションの事件と今回の事件には共通点があります。ガソリンを使った点、多数の犠牲者が出た点。どうすれば防げたと思いますか」と質問してきた。

 伸子さんは戸惑った。「なぜそんなことを考えなきゃいけないんだろう」。しかし同時に、「質問されたということは、考える機会を与えられたのだ」とも思った。
そのとき、伸子さんの中で一つの考えが芽生えた。

 「刑務所って何をしているのかな。更生するって何なんだろう」加害者も被害者も生まないためには、『加害者』の支援をすることが必要なのではないか、と。

「加害者も被害者だったときがある」

 保護司や教誨師について調べ、精神疾患や依存症を抱える人々が「生き直し」を目指す奈良県の施設へ去年は月2回ほど通い、元受刑者や依存症の人々の話を聞くようになった。2025年に入ってからほぼ毎週訪れていると話す。

 「小さいときの家族関係、人間関係の中で孤立して、相談相手や話し相手がいなかった。親からの虐待を受けていても、それを虐待と気づいていなかった。加害者も被害者であったときがあった」

 犯罪に至る原因は必ずある。理由があるから許されるわけではないが、その人が生き直すには、犯罪の原因を見つめ、本人が気づく必要がある――伸子さんはそう確信するようになった。

3年連続で手術 その翌年に事件が起きた

 そしてもう一つ。事件の数年前、伸子さんは3年連続で手術を受けた。――その手術を乗り越えて、もう手術はないなと思った次の年に兄を亡くす事件が起きたのだ。

 手術の際には「死ぬかもしれない」と覚悟した。そして「明日何があっても後悔しないように生きよう。やりたいと思ったらやる」その決意があったからこそ、兄の事件後も、こうして活動できているのだと伸子さんは語る。


▼受刑者との直接対話「私も一緒にさせていただきたい」

 そして受刑者に向かってこう話した。

 「私は加害者も被害者も減らせるように活動しています。再犯を防ぐために、犯罪に至った原因を見つめて、その気持ちを吐き出していくこと、それを私も一緒にさせていただきたい。話を聞いた中で私に話したい、自分を変えたいと思っている人がいれば、(刑務所の担当者に)話してください。私に繋いでください。」

 「不幸な人生しかない・・そんなことはないんです。ものの見方や捉え方を変えて行けばほかの道があることも伝えたい、一緒に進んでいきたいと思っています。きょうのお話が、必要な方に伝わりますように。」

 被害者遺族による言葉は響いたのだろうか…。この数か月後、伸子さんと面談を希望する受刑者が現れた。

2026年01月02日(金)現在の情報です

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