その店は1986年、大阪・道頓堀で創業した。いまや名の知れた大手ラーメンチェーン店「どうとんぼり神座」だ。
それまでフレンチのシェフをしていた創業者の布施正人さんが、1年半をかけてこだわりぬいたスープを完成。
白菜がたくさん入ったラーメンに、清潔感のある店内は、それまで敬遠されがちだった「女性のひとり客」など新しい客層を獲得していった。
今や名店となった店の経営を引きついだ2代目社長の布施真之介さん(42)は、グループを束ねる「理想実業」の社長を兼務し、世界を見据える。
物価・人件費の高騰など外食産業に次々と難題が押し寄せる中、若き経営者はいかにして世界を目指そうとしているのか。その極意を聞いた。
看板の「SOUP WITH NOODLES」に込めた思い
―――店舗の外観はスタイリッシュで「ラーメン」とはどこにも書いていません。
私たちは、ラーメン屋さんというよりは「スープ屋さん」という捉え方をしています。
だから看板に掲げているのは「SOUP WITH NOODLES」の文字。女性の方々にも入ってもらいやすい店づくりをしています。
店に入った時に気持ちの良いお店だと思ってもらえるか、料理を食べた時に「美味しい」と思ってもらえるかなど、常にお客さま目線でお店を見ています。
一番大切にしているのは、味・お店の接客・お店の清潔さ。この3つが私たちの3本柱です。
―――店はオープンキッチンですね。
飲食業界において、キッチンは一番見られたくない場所です。でも、私たちはキッチンを見ていただいてお客さまからご意見をいただきたいと思っています。
私たちは、包み隠さずお客さまと真摯に向き合うことを目指していますので、大半のお店はオープンキッチンにしています。
―――「神座」という店名の由来は?
神様が座ると書いて「神座」。昔から偉い人が座る場所を「上座」と呼びますよね。私たちにとってお客さまは神様ですから「神座」と書きます。
日本書紀や古事記には「神々が宿り鎮まる聖地や神聖な空間」を「かむくら」としています。
そこから、読み方を「かみざ」ではなく「かむくら」としました。
「心で働き、心を動かす。」理念実現へ精進する従業員
―――「神座」の強みは?
幅広いお客さまにご来店いただけることです。
ラーメン屋さんは、20代~40代ぐらいの男性がメインのお客さまというイメージですが、私たちのお店は女性も男性も、子どもからお年寄りまで皆さんで楽しんでいただけるのが強みです。
加えて私が一番強みだと思うのは、従業員。私たちがキャストと呼ぶ存在だと思います。キャストが本当に真摯にお客さまのために貢献してくれている。お客さまを笑顔にしようとしてくれている。
「心で働き、心を動かす。」という理念がわが社にはあります。これを具現化するため、常にマニュアルを超えた仕事をしている。商売を超えて私たちの存在意義のために働いてくれている。そこが強みだと思います。
父の教え「ナンバーワンになるために徹底的にオンリーワンを磨き込みなさい」
―――幼い頃はどんな子どもでしたか?
自由奔放ですね。やんちゃで負けず嫌いでした。1番じゃないと気が済まない子どもでしたね。
父に似たのでしょうね。私は完全に父のコピーだと思っています。考え方もコピーだと思いますし、顔も似ていると言われます。背中を見て育ったらこうなったと。
よく「ナンバーワンとオンリーワン」という考えがありますが、父からは「オンリーワン」じゃダメだと教えられました。
「ナンバーワンを目指せ」「ナンバーワンになるために徹底的にオンリーワンを磨き込みなさい」と。
私たちが大切にしている味・接客・店の清潔さ。「オンリーワン」は、無理に出店すると叶いません。適正な速度があります。
その適正な速度を見極めながら、きちっとひとつひとつ、目の前のお客さまを大切にして、ひとつひとつのお店づくりを大切にしながら、積み上げた結果として世界一、圧倒的な「ナンバーワン」につながると思います。
―――小学校時代の卒業文集にも「世界一のラーメン会社に」と書かれています。
私が小学校の時、父が大病を患うことがあって、父が作った会社やラーメンを引き継いでより多くのお客さま、世の中に広めていくという内容を書いたと思います。
私が3歳の時に創業して、当時の記憶はあまりありませんが、当時家の前にガレージがあって、そこで父が野菜を切ったり、洋食店もやっていましたから、ハンバーグを捏ねたりしていたんです。いわゆるセントラルキッチンになっていたんですね。
そのセントラルキッチンから外で遊んでいた私に父が「ちょっと来い、食べてみ」と言って、ラーメンを食べた記憶があります。
初めのうちは「まずい」と言っていたそうですが、1、2年ぐらいかけてようやく「おいしい」と言ったそうです。
ブランドの根っこは「子どもの舌に合う料理を」
―――子どもって舌が、敏感ですもんね。
これが実は私たちのブランドの「根っこ」、企業の「根っこ」になっています。
そもそもの味のターゲット、モノの作り方、モノづくりの考え方。誰に対して料理を提供するのかというところで、子どもの舌に合う料理を作ったんですね。
お店に来ていただくと、子どもからお年寄りまで、女性から男性まで、皆さまに召し上がっていただけるような料理になることを目指しています。
―――ご自身が成長するに従って、店に出ることはあったのですか?
小さい頃からお店でラーメンを食べていましたし、父が家で従業員教育をしているのを父の膝に座って聞いていました。だから、知らず知らずのうちに帝王学を受けて育ちました。
店のことが分からないと将来経営なんてできないので、高校生・大学生になったとき店で働きました。
東京で初めて新宿に店を出したときは、その店でずっと働いて、渋谷店を立ち上げた時のホールスタッフもしましたし、店のオペレーションもやっていました。
物事が理解できるような歳になってくると、父は経営会議に私を入れました。店長会議や幹部会議、それ以外のバックオフィスの会議にも入れて。
学生時代に触れた「神座のラーメンがあるべき姿」
―――学生時代に経営会議に出席していたのですね。
この会社が、どういう動きをしているのか聞いておけと。「神座」に対する思い、「神座」のラーメンがあるべき姿は、どういうものなのか。
ファミリーである以上、ほかの従業員よりも理解すべきだ思っていますので。年齢は関係ないと父も考えていたのでしょう。
「うちのラーメンは、こうあるべきですよね」とか「お客さまに対しては、こうするべきですよね」というようなことを、見当違いな発言だったかもしれませんが、思うことは言っていました。
―――大学を卒業してすぐに「神座」で仕事をされたのでしょうか?
投資ファンドに入社しました。大学を卒業してそのまま私が家業に入っても、父以上のパフォーマンスを出せないと思ったからです。
というのも、父は職人で現場からのたたき上げです。でも私はたたき上げではない。どんな点で父に勝てるか考えると、やはり「経営」です。
財務や金融など、お金まわりの知識を身に着けて、会社をもっと大きな世の中に貢献できるような、社会の器になれるような企業にしていくためには、経営の能力が必要だろうと。
社長就任は2021年「この味なら、この仲間なら大丈夫」
―――社長に就任されたのは2021年。コロナ禍の時代です。
大変でしたが、私はポジティブに捉えていました。コロナ禍の中、積極的に投資しました。M&Aや出店場所の確保をしました。社員教育もしましたし、新卒採用も一切縮小していません。
いつ終わるか分からないという不安の中で攻める姿勢をとれたのは「必ず世の中は戻ってくる」と信じていたから。
例えば、私はリーマンショックを金融業界の時に乗り越えたので、その経験から「こういうのは2、3年で戻るよね」という感覚がありました。一方で「戻れば、この味なら、この仲間なら大丈夫」という思いがありました。
この性格なので結構、積極的に攻める人間だと思われがちですが、実は私は誰より石橋を10回も20回も叩くタイプです。その上で攻めるんです。誰よりも慎重だと思います。自分の中でキチっと腹に落ちないと、絶対にやりません。
―――今難しいのは、小麦粉・白菜などの原価高騰です。
当然、幾度か値上げさせて頂きましたが、出来る限り値上げはせずに、私たちの努力でなんとかしようと考えています。
「すいません。10円値上げさせてください」と言うのは、最後の最後だと思っています。原材料価格が値上がりするなら自分たちで畑をやればいい。これをどれだけやれるかだと思っています。
企業の差は、そんなに大きくないと思っています。ナンバーワンになれる企業となれない企業の差は何か。「指一本の執念」です。「指一本の執念」が勝負を決めます。
白菜なら自分で切ったらいいじゃないですか。安くなるんだから。お客さまにその分をお返しできるんだから。
これをやるかやらないかは「指一本の執念」なんです。
―――布施社長が思い描く夢は?
企業活動を通して世の中に貢献できる企業になりたいと思っています。
将来的に700店舗、年商1000億円という圧倒的な日本一のラーメンチェーン店が構築できた時には、「神座」のロゴと表裏一体で「神座は『こども食堂』であるべきだ」と思っています。
「神座」に行って「お腹が空いた」と言えば、無料でラーメンが食べられる。こんな企業に、こんなブランドにしたい。
子どもの貧困の原因はどこにあるのか?そこに私たちがアプローチできるようになれるかもしれません。
他社を巻き込んで「同業者でこども食堂をやる」となれば、毎日「神座」を食べなくても、次の日はうどんを食べる、その次の日はカレーを、と飲食店を回って毎日違うご飯が食べられる。
そんな事をやりたい、そんな企業を作りたい。これが、私の夢です。
―――最後に、布施社長にとってリーダーとは?
リーダーは、夢を与えられる人だと思います。志を与えられる人だと思います。
会社というチームをどこに引っ張っていくのか、一生懸命に従業員たちが頑張ってくれているので、その頑張った先にどんな景色があるのか。
これを見せることが出来るのが、リーダーの最大の使命だと思います。
■どうとんぼり神座
1986年創業。国内外に約130の店舗。グループを束ねる「理想実業」の連結売上は、過去最高の215億円を突破。3年前まで30人ほどだった新入社員の採用は、100人を超えた。従業員は、グループ連結で約3900人。
■布施真之介
1983年奈良生まれ。アメリカ・カリフォルニア州立大学を経て慶應義塾大学を2008年卒業。投資会社を経て2010年「理想実業」入社。経営企画室長などを務め2021年社長就任。
※このインタビュー記事は、毎月第2日曜日のあさ5時30分から放送している『ザ・リーダー』をもとに再構成しました。
『ザ・リーダー』は、毎回ひとりのリーダーに焦点をあて、その人間像をインタビューや映像で描きだすドキュメンタリー番組です。