「いのち」に寄り添う医師が模索する、"究極の在宅医療"とは

情熱大陸を読む

2019/10/18 21:00

誰にもいつかは訪れる「死」。できれば医療に管理されるのではなく、我が家で最期を迎えたい。そう願う人のために病状や環境、家族や周囲の人間関係までも配慮した在宅ホスピスを実践するのは、山梨県・甲府に小さなクリニックを構える医師・内藤いづみ。10月6日放送のドキュメンタリー番組『情熱大陸』では、老衰で人生の幕を閉じようとしている94歳の女性とその家族を通じて、内藤が実践する「在宅ホスピス」の現場に密着。数多くの命に寄り添い、患者の望む“最期の瞬間”を見つめてきた内藤が目指す、究極の在宅医療とは――。

本人と家族が安心して命に寄り添える環境を
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内藤が甲府にクリニックを開設して24年。午前中に診療を終えると、白衣を脱いで往診に出る日々を続けている。一日に訪ねる家は3、4軒。自宅で終末期治療を望む高齢者の体調を定期的にチェックし、必要なら薬で痛みなどをやわらげるのが主な仕事だ。

これまで、様々な患者とその家族に出会ってきた。例えば、治療よりも畑仕事をしたいと願っていた大腸ガンの男性。吐血して緊急入院することもあったのに、「帰る。ここには俺の見たいものは何もない。風景も、食べたいものも。」と言ったそうだ。

我が家の窓から八ヶ岳を眺め、家族とペットと過ごす日常を選んだ男性は、こう口にしたそうだ。
「自分で大根を育てて、ふろふき大根を食べられるかな...」
内藤の務めは、ただ寄り添い痛みを和らげること。
男性はその後、自らの手で大根を収穫し、穏やかに旅立っていった。

(内藤)
「私がやりたいことは、病院から引き戻すことではなくて、本人が、家族が、安心して命に寄り添えてその人の尊厳を守れるところで過ごしてほしい。それがダメなら人生の最期を看取ることは辛い作業にしかなりません」

死亡診断書は、人生の卒業証書
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研修医時代。回復の見込みのないガン患者が、患者の意志にかかわらず無機質な病院のベッドで人生の最期を迎える医療の在り方に、内藤は疑問を感じていた。

イギリス人男性と結ばれ、夫の転勤によって移住したホスピス医療の本場・イギリスで、自分が目指していた終末期医療を見つける。そこはホスピス発祥の地。病を得ても最期まで自分らしい生き方を貫ける医療に触発され、クリニックを開業した。

往診に出るとき、内藤はバッグにいつも死亡診断書を忍ばせている。無味乾燥に思えるたった1枚の紙だが、ある思いを込めていた。

(内藤)
「その人の最期のところに関わったときに、私たちが見たものって様々なものじゃないですか。この人の人生を終えたっていうのは、人生の卒業証書だと思うんです。」

卒業証書を受け取るのは、患者に付き添った人。
内藤は、残された者にこそ卒業証書の意味があると考えている。

(内藤)
「家族も自分の命削ったくらいの思いで付き添うので、本当によく付き添いましたね。だから、代理で受け取ってくださいって」

患者だけでなく、その家族も支える医療
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5年ほど往診を続けている患者がいる。今村久子さん、94歳。重い病こそないが、体調の浮き沈みは激しかった。が、内藤の顔を見るなり「先生、うれしいです。ようこそ」と表情に花を咲かせた。

娘3人に恵まれた久子さんは、以前から自分の老い先を見据えていた。10年前に娘に託した1枚の便箋には、久子さん自らしたためた「延命治療 お断り」の力強い文字。天命をあるがままに受け入れる覚悟で、内藤を頼りにしていた。

穏やかな日は、長くは続かなかった。体調が悪くなると、次女の家に姉と妹が寝泊まりし、交代で母親の世話をする。家族が抱え込む負担は大きいが、それでも、家の中でしか分かち合えない濃密な家族の時間がある。内藤は、訪問するたび家族へ何度も声をかけた。

「みんなよく頑張ってる」「倒れないようにね」

久子さんが、寝たきりになり食事を口にしなくなって20日に経った日。
内藤は家族に訪問入浴のサービスを勧めた。
入浴は時として体への負担になりかねないが、今なら大丈夫。医師の直感だった。
シャンプーをしてもらう久子さんは、気持ち良さそうな優しい表情を浮かべる。

(娘)「垢が取れて、顔が白くなったみたい。本当にありがとうございます。」

見守る娘さんたちの頬も緩む。

(内藤)「お風呂は大成功でしたね。良かったって顔を(家族に)見てもらうのが大事。私たちも嬉しいですよね」

そして、6日後の朝。
久子さんがその生涯に幕を下ろした。

(娘たち)
「産んでくれてありがとうね」「幸せだったよ」

そこにあるのは、悲しみだけではない。内藤が何より大切にしている最後の仕事。久子さんの死が決して喪失でないことを残された家族に伝えなければ。そんな思いを託して書く「卒業証書」を、娘さんに手渡す。

(内藤)
「本当に、女性陣がみんな頑張って、無事送り届けた。でも生きたように死ねない。苦しんだり。今村さんの場合、本当に性格のまま、生きたように旅立ったなってみんなが噛み締めてる。私としても、ちょっと役目を果たせたかな」

内藤は語る。
「私自身が、究極的には医師という隣人になりたいというか。身近な心許せる存在になりたい」

医師という隣人を求める人々が、今日も内藤いづみを待っている。


「情熱大陸」はスポーツ・芸能・文化・医療などジャンルを問わず各分野で第一線を走る人物に密着したドキュメンタリー番組。MBS/TBS系で毎週日曜よる11時放送。

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番組情報

毎週日曜 よる11:00~

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