田名網敬一

アーティスト Vol.1050

201904.28
11:15

82歳の奇才が描くサイケでシュールな極彩色の世界。日本ポップアート界の巨匠に密着!

極彩色の蜘蛛や髑髏、異形の少女が浮遊する奇想天外な世界...1950年代から創作活動を始め、グラフィックやイラスト、アニメーション、更には音楽やファッションまで幅広い活躍を続け"日本ポップアート界の巨匠""サイケデリックマスター"などの異名をとるのが田名網敬一(たなあみ・けいいち)だ。
60年に及ぶ創作活動の中で今が一番充実しているという田名網だが今年3月にはadidasとコラボしたオリジナル作品を発表、その独特で強烈な画風が世界中から大反響を呼んでいる。
当人は絵を描くこと以外に興味は無く「お坊さんみたいで面白くない人生」と自嘲するが、
幼年期の戦争の記憶や戦後のハリウッド映画の影響、古今東西の美術作品や漫画からのインスピレーションなど82年の人生で蓄積してきたあらゆる"記憶の断片"が田名網の脳内で解体・アレンジされて異様な曼荼羅を形作り、その絵筆からほとばしっている。
番組では今回、スイスでの個展に向けた新作の制作過程に密着。"戦争の記憶"をテーマとしたコラージュ作品は、戦闘機と金魚など一見無関係なモチーフ同士が組み合わされながら日を追うごとに静かな狂気を帯びてゆき、やがて圧倒的なパワーを放ち出す。
「人生をかけなかったら面白いものは作れない」と語る孤高のアーティスト、田名網敬一の創作の原点と、表現者としての知られざる覚悟に迫る。

KEIICHI TANAAMI

1936年東京の服地問屋の長男として生まれる。幼い頃に第二次世界大戦を経験。戦後は、紙芝居や漫画、アメリカのB級映画に夢中になり表現の世界を志すように。武蔵野美術大学造形学部在学中に日宣美展で特選を受賞。卒業後、大手広告代理店に勤めたが個人への発注が増えすぎたため退社し、その後、雑誌やポスターのデザイン、絵画やアニメーション、立体造形など様々な創作活動を行う。1975年には日本版『月刊PLAY BOY』の初代アートディレクターに就任。1987年にはフランスで初の個展を開催。その後MoMAニューヨーク近代美術館やベルリン国立博物館が作品をコレクションに加えるなど、海外での評価も高い。好きな食べ物はそばと天ぷら、昼から飲むビールは格別という82歳。

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