2021年05月27日(木)公開
『30年間無戸籍だった男性が語る孤独』社会からの"孤立"を防ぐために支援活動に取り組む人たち
特命取材班 スクープ
コロナ禍で仕事を失うなどして社会から孤立している人たちが急増している。そして今回は「無戸籍」の人たちにも注目して取材を行った。コロナ禍で浮かび上がる社会の歪とは。
2020年12月、大阪市港区の集合住宅の1室で2人の遺体が見つかった。60代の母親と40代の娘で死因は餓死。所持金はほとんどなかったが、生活保護などの支援は受けておらず、いわゆる“孤立死”だった。10年ほど前から高齢者の孤立死が社会問題化する中、コロナ禍で事態はより深刻化しているとみられている。
「自殺も考えた」コロナの影響で物流会社を解雇
大阪府藤井寺市のソーシャルワーカー・渕本直志さん(41)。生活に困窮した人の支援を行っている。今年3月、渕本さんが支援に訪れた山田さん(仮名・44)は、2021年3月に勤めていた物流会社を解雇された。
(渕本さん)「これ、お米です」
(山田さん)「ありがとうございます」
(山田さん)
「(コロナまでは)仕事があったんですけれども、やっぱり新型コロナウイルスの影響で物流が減ったので。それで『先月末で終わってほしい』と言われた。(Q所持金や貯金は?)ないです、今も。前は2000円はあったんですけれども、今は全くゼロです」
山田さんは、数年前まで親の介護に専念するために仕事を辞めていて、貯金を切り崩す生活をしていた。解雇は再び働き始めた矢先のことだったという。
(山田さん)
「結構その時はしんどかったですね。ほんまにどうしようかなと思っていました。自殺しようかなとも考えた」
社会から孤立して自殺も考えたという山田さん。そんな最中に藤井寺市の社会福祉協議会を訪れ、渕本さんらの施設のことを知ったという。
(藤井寺市のソーシャルワーカー 渕本直志さん)
「一人暮らしの男性とかだと横のつながりがないこともありますし、SOSを出しにくいというのもあるので。(自分たちの活動を)多くの人に広めて、相談しやすい環境をもっと作っていくことが必要かなと思います」
解雇され公園で寝泊まり…一時的に支援を受ける男性
渕本さんが勤める社会福祉法人「みささぎ会」は、DVや貧困家庭などへの支援を行ってきたが、今は新型コロナウイルスで失業した人からの相談が相次いでいるという。
この日、渕本さんは「みささぎ会」が所有する住宅の一室で暮らす男性(51)に食事を運んでいた。男性は2020年、解体工事の仕事が解雇になり公園で寝泊まりしていたが、渕本さんらに声を掛けられ、社会福祉法人が所有する住宅で一時的に暮らしている。次の生活に進むための支援を受けているのだ。
(支援を受けている男性)
「(渕本さんたちとの)出会いがなかったら、まだ公園におったかもしれへんのでね。ずっとおったかもしれへんし。なかなかね、そこから出ようと思ったら難しいんですよね、なかなか。気持ちがあっても、やっぱり何かきっかけがないと。自分の力だけやと無理やと思う」
2020年の1年間でコロナ関連で解雇された人は約8万人に上っている。増え続ける孤立した人たち。そんな中、社会から忘れられた人たちの存在も浮かび上がってきた。
“無戸籍”で行政に助けを求めることができずに…高齢女性が餓死
2020年9月、大阪府高石市の民家で息子と2人暮らしだった高齢女性が餓死した状態で見つかった。この女性と息子(当時49)には戸籍がなかった。警察に保護された息子はこう話したという。
(保護された息子・当時49歳)
『8月末にお金が底を尽き母が衰弱していった。戸籍がなく行政に助けを求めることができなかった』
戸籍とは「親や配偶者などの親族関係を公に証明するもの」だ。一方で戸籍を持たない人は国が把握しているだけで838人(5月10日時点)と推定されている。無戸籍者とはどのような人たちなのか。
無戸籍の人を支援するNPO法人
奈良市のNPO「無戸籍の人を支援する会」の代表・市川真由美さん。経営する会社のアルバイト従業員が無戸籍だったことがきっかけで支援活動を行っている。
(「無戸籍の人を支援する会」市川真由美代表)
「ある日突然、何十歳にもなった人が、どこで生まれたか誰から生まれたか、全くわからない人が出てくるんですよ。自分のことを証明できるものがないんです。“ここにいるじゃない”“私日本人でここに生まれてきょうまで生きてきたのに”というのに、じゃあ『証明出してください』と言われたら、証明が出せないから。それを知ったから知らない顔ができなくて」
30年間『無戸籍』 自宅で隠れるように生きてきた
今年5月15日、市川さんは山口県宇部市にいた。待っていたのはMさん、31歳。生まれてから30年間、無戸籍者として生きてきた。
(市川さん)「戸籍ができた時に“早く働きたい”って言っていたじゃない?どう今は?」
(Mさん)「今は集団でやることに慣れることが大事だなと」
Mさんの父親(74)によると、31年前のある日、母親が生後間もないMさんを連れて帰ってきたという。誰の子どもなのか?当時、何度も尋ねたというが…。
(Mさんの父親)
「女房を責めると喧嘩になる。女房は言いたくないし、彼のことを隠しておきたかったんでしょうね。だからそのままずるずるときたんですけど」
Mさんは学校に通うこともなく自宅で隠れるように生きてきた。
(30年間無戸籍だったMさん)
「一度母に、自分は小学校に行かないのかと聞いたら、『今市役所に問い合わせている』と。嘘だと思うけれどもそういうふうに言われて。『ああそうなん、じゃあ待っていたらいいんだな』と」
Mさんは、家事の手伝いの合間に、誰もいない公園に通い一人で遊んだ。
(30年間無戸籍だったMさん)
「(Qあのブランコを?)そうですね、こいで。(Q何を思いながら?)ただ時間が早く経たないかなと。(Q将来のことは?)特に思うことはなかった。ずっと家にいて親とも一緒にいるので、親が年老いているという実感もわきづらかったですね。ずっと毎日のように一緒にいるから」
30歳で初めて『戸籍』作る 小学校の学習内容を独学中「わからないじゃいけない」
しかし2019年、母親が病で倒れ、意思疎通ができなくなったことで、Mさんの姉が市川さんに支援を求めたという。市川さんはMさんと市役所や法務局に何度も足を運んだ。そして、一時期だけ通った幼稚園にあった卒園アルバムから年齢が認定されたことが決め手となり、Mさんは2021年1月に30歳にして初めて戸籍を作ることができた。
しかし、学校教育を一切受けていないため、名前や住所以外の漢字は書けない。計算も小学校低学年レベルから独学で学んでいるという。
(30年間無戸籍だったMさん)
「会社に行っても算数とか必要にされる時があるでしょうから。“わからないじゃいけない”と思って」
今は集団生活に慣れるため、清掃ボランティアなどに参加して社会に出る準備をしている。
(「無戸籍の人を支援する会」市川真由美代表)
「存在していなかったのは、行政の書類上だけの話で、きちんと生きているんです。きちんと生きていて、何らかの理由があって無戸籍者になっているんですけれども、『生きてきた証』が必ずありますので」
社会全体のつながりが希薄になる中、孤立した人たちに目を向ける必要があると支援者らは訴えている。
(5月26日放送 MBSテレビ「よんチャンTV」内『特命取材班スクープ』より)
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