2023年11月21日(火)公開
『市場には人の温かさがある』店主1人で切り盛りする市場の大衆食堂...「おば・妻・友人の妻」もお手伝いに 『いろんな人に助けられている』大阪の飲食店で感じる人情
編集部セレクト
大阪の市場内に、店主1人で切り盛りする小さな食堂があります。午前4時半に開店し、午後0時半に閉店。人との出会いや支え合いの大切さを感じられる、ある日の1日を取材しました。
店名の意味は“男の志を当てる”…主人1人で切り盛りする小さな食堂
大阪木津卸売市場(大阪・浪速区)。300年を超える歴史を誇り、“食い倒れのまち”大阪の台所として市民の生活を支えています。
そんな市場の一角にあるのは大衆食堂「当志郎」。大衆食堂らしくガラス棚には焼き魚が並びます。さらに、市場で仕入れた新鮮なネタがたっぷりのった海鮮丼や、下町の味・肉吸いもメニューに。
10席しかない市場の小さな食堂を定点観測しました。
午前2時30分。木津市場の朝は早く、深夜の静けさのなか動き出します。この時間に出勤するのが「当志郎」の主人・岩間伸五さん(53)です。
食堂の1日も市場とともに始まります。
(岩間伸五さん)「全部荷物出して、いまから米を洗って仕込み」
開店は午前4時30分。それまで休憩なしで刺身を準備したり魚を焼いたり1人でこなします。
昭和25年(1950年)に開店した「当志郎」。両親のあとを継ぎ、伸五さんで3代目です。店は市場のセリ人で食い道楽だったおじいさんが始め、「当志郎」と名付けました。
(岩間伸五さん)「最初はセリ人をやっていて、飲食店は素人やからと言って。素人は『とうしろう』、とうしろうの漢字を当てはめたら“男の志を当てる”、一発当てたんでみたいな」
この日、1組目の客は市場のそばで焼肉店を営む常連の男性。飲み友達の女性と一緒にやって来ました。
(男性)「裏手の立ち飲み屋とか何軒か開いているので、そこで飲ませていただきました。(Qかなりお酒がはいっている?)ベロベロです」
仕事が終わってから徹夜で飲みまわり、ここが〆の店。2人で飲んでいると、店に来たのはカラオケバーで働く女性。午前5時に仕事が終わり、駆けつけました。
(女性)「こうやってワイワイして飲んで、将来について話したり、ちょっと愚痴ったり、仲良しで飲むねんね」
気の合う仲間と明け方のお疲れさま会はこれからスタートです。
仕入れの時間...近くで喫茶店を営むおばが店番に
午前5時45分。エプロン姿の女性が歩いてきました。店をのぞき、伸五さんに「行く?」と声をかけます。
(女性)「留守番しとくねん。買い物行きはるから」
こちらの女性は、伸五さんのおば・平井孝江さんです。孝江さんは市場で午前3時からオープンする喫茶店を営んでいます。自分の店は従業員に任せ、甥っ子の伸五さんが毎朝仕入れに行く間、店番をするそうです。
(伸五さん)「きょうウニどない?」
(鮮魚店)「板でいけますわ」
(伸五さん)「ほんなら10枚」
伸五さんはなじみの店で手際よく必要なものを選ぶと、すぐ店に戻ります。
孝江さんは伸五さんが戻ってくると自分の店へ。会話はほとんどありませんが、阿吽の呼吸です。
午前6時。“あの3人組”はというと…まだ飲んでいました。
(岩間伸五さん)「寝てるで。めっちゃ寝てるで。幸せそうやな」
男性は心地よい眠りに…。新しい朝を迎えましたが、3人にとっては1日の終わり。眠たい顔をしながらお開きです。
インバウンド客で賑わう午前…子どもを送り出した妻が手伝いに
午前7時30分。この時間からはインバウンド客が押し寄せます。台湾のインフルエンサーが店を紹介した影響もあり、いまは客の半数がアジアからで、毎朝大行列ができるそうです。
(観光客)「マレーシアから来ました。YouTubeを見て来ました」
厨房に立つのは伸五さん1人。午前11時までの3時間半が正念場。ピークの時間には再び、おばの孝江さんが駆けつけて配膳を手伝います。
(平井孝江さん)「満員の時は1人で大変や。頑張っているからね」
たまに店をのぞき、甥っ子を気にかけます。
(岩間伸五さん)「やっぱり心配やねん。うまいこといっているか、忙しくしてないかとか。昔は市場の人で飲食店は賑わっていたけど、時代とともに周りにコンビニができたり、市場の人が市場で食べなくなった。いまはインバウンドの人に求められているというか、来てくれている感じ」
午前8時45分。店に入ってきたのは伸五さんの妻・桂子さんです。中学1年と小学4年の子どもを学校へと送り出してから手伝いに来ました。
(桂子さん)「(Q英語は話せる?)まったく話せません。(Q注文の取り方は?)番号ですね」
夫婦は英語や中国語が話せないので、メニューにある番号で注文をとり、何とか外国人に対応します。
伸五さんの友人夫婦も来店…お互い飲食店を営む身として励まし合う
そのころ、店の前に「当志郎」のロゴが入ったTシャツを着た男性がいました。
(男性)「マスターの友達。店のTシャツを作ると言ったときに『俺のも作って』と言ってもらった。(Q手伝いに来た?)ぜんぜん、プライベートで来ているだけ。(伸五さんと)くだらない話を10分15分して仕事に戻るのがルーティーンなんです」
こう話す男性は、夜はミナミでバーを経営、昼は市場のそばでランチ限定でカレーを出している福田裕士さん。
毎朝、仕込みが終わると挨拶がてら妻・陽美さんと共に店に来るんだそうです。
伸五さんの手が空くのを待っている間、陽美さんはというと…店をお手伝い。
(陽美さん)「肉巻き卵ありますか?」
(伸五さん)「あるよ」
(陽美さん)「あと2人ご案内して大丈夫?」
陽美さんは元キャビンアテンダント。中国語が話せるのでこうしてサポートに入ることもあるそうです。
(陽美さん)「(CA時代)お客さんが中国の方が多かったので…」
インタビューの最中でも…なんとも素早い行動を見せています。
インバウンド客が落ち着くと、福田さん夫婦は店に入りビールを手にします。
(岩間伸五さん)「(Q福田さんが来て助かる?)そら助かるで。話できるし、コミュニケーションとれるやんか。助かるで、飲んでるけどな」
伸五さんと福田さんが知り合ったのは5年前です。関東から大阪に来た福田さん。当時、ふらっと立ち寄った店が「当志郎」でした。
(福田さん)「ずっと水商売をやっていて、最後、自分の店を持ちたいと思って。一発勝負かけるんやったら商人の街やろ、大阪やろとなって。何の脈略もなく大阪に。誰も友達も何もいない。(Qそれで助けてもらった?)そう」
(伸五さん)「助けてはないけど、俺の方が助けられているけど」
(福田さん)「俺はここに来て伸五ちゃんと話すと、心の支えちゃうけど、小さい悩みもここに来て飲んで話したりとか、ひとこと言ってもらえるだけで次の日頑張ろうみたいな」
お互い飲食店を営む身。悩みや不安を打ち明け、励まし合ってきました。
(伸五さん)「ありがとう」
(福田さん)「ごちそうさん。またな」
伸五さん『市場には人の温かさがある。それを大事にしていきたい』
正午。閉店まであと30分、店は午前の忙しさがうそのように静かになりました。やってきたのは、休日は食べ歩きをするのが趣味だという夫婦です。
(客)「最近ここら辺で食べるのにハマっていて。きょうも休みなので来ようかなと」
午後0時30分。市場が閉まるころ、「当志郎」の1日も終わります。市場にある小さな食堂。そこには助け合いの人情がありました。
(岩間伸五さん)「僕ひとりでできないので。いろんな人に助けられてチームワークみたいなのがあってもいいかなと。ちょっとずつその人らに返していけばいいかなと思って。この人の温かさは市場にはあるんやなってね。それを大事にしていきたい」
2023年11月21日(火)現在の情報です