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サントリー1万人の第九 EXPO2025 REPORT

不思議なちからに 導かれて――

Deine Zauber=「不思議なちから」って本当にあるんですね。さまざまな人の願いや祈りや想いが重なりあって「奇跡」を起こすんだということを、今日、空が晴れていくのを見ながら実感しました。よろこびが内側からこみあげてくるのを感じました。

——第九を歌い終わったあと、ひとりの参加者が話してくれました。

おなじ空を見上げて

2025年4月13日(日)、日本国際博覧会(通称、大阪・関西万博)の開幕日、午前9時。奇跡のように空に光が舞い戻り、総監督・指揮の佐渡裕さんが指揮台に立ちました。万博会場の象徴である大屋根リングには、赤・青・グレーのオフィシャル・ポンチョを羽織った合唱団。

早朝からの雨で、リハーサルの段階から1万人の合唱団はフードを被っている状態でしたが、開幕のほんの少し前になって「雨が上がりました。フードをはずして、顔を見せてください」というアナウンス。隣で歌う人たちの顔も見えて、これから第九を共に歌う仲間たちと空を見上げました。心まで明るくなり、準備が整いました。万博会場の西ゲートや東ゲートの扉がいっせいに開きました。

オーケストラが第4楽章を奏で始め、バリトン・ソロの平野和さんが「友よ、こんな音ではない」と呼びかけ、1万人の大合唱が続きます。歌い出しの〝Deine Zauber〟とは、「あなたの持つ不思議なちから」という意味です。互いに魔法をかけ合うように音を重ねます。指揮台から大屋根リングに立つ合唱団までの最長距離は、230メートル。佐渡さんは大阪城ホールでの第九演奏よりも何倍も大きく腕を振り上げたり、小さく身をかがめたりして、遠くで歌う一人ひとりに想いが伝わるよう指揮をしました。

「1万人の第九EXPO」では、第九交響曲のうち「第4楽章」だけを演奏しました。リハーサルではオーケストラの音や合唱団の声がズレて聴こえてしまう場面もありましたが、本番では、42年の歴史を持つ『サントリー1万人の第九』の経験者たちが音楽の屋台骨となり、はじめて第九を歌う方々を支えます。約30分の『歓喜の歌』は、ラストのGötterfunken(神々の火花)のごとく夢洲上空に花火が打ち上がり、フィナーレを迎えました。Seid umschlungen, Millionen! —抱き合え、百万人の人々よ。200年以上も前から、ベートーヴェンが思い描いてきたElysium(楽園)が、大阪・関西万博のスタートを祝うように広がりました。


孫の代まで語り継ぐ、
人生最高の贈りものを。

2025年に開催が決まった「大阪・関西万博」。その会場から第九のメッセージを全世界に伝えようという構想は、大阪で万博開催が決まった時からスタートしていました。誰もが見たことのない巨大規模の第九を実現するために、制作チームは、まだ姿もカタチもない万博に向かって走り始めたのです。毎日放送・総合プロデューサーである加藤美子さんは振り返ります。「42年間、『サントリー1万人の第九』を支えてこられた合唱団の皆さまに、万博のオープニングで歌ったんだ!と孫の代まで誇らしく語り継げるような人生最高の体験を贈りたい。その思いがすべての原動力でした」。

しかし、壮大な屋外での第九演奏。「大屋根リング」を舞台に果たしてあの1万人の迫力が表現できるのか。不安が募る日々だったといいます。指揮台から最遠の合唱者まで230メートル。海沿いの会場で風は強く、天候にも左右されます。オーケストラの楽器の保護、1万人が移動する交通手段の確保。課題が次々に立ちはだかりました。それでも加藤さんの頭には、絶対に実現させたい光景がありました。「1万人の合唱団とオーケストラが、万博会場に一堂に集い、その中心で佐渡裕さんがタクトを振る」。このシンプルな目標は、ブレることはありませんでした。

くるぞ万博、
歌うぞ第九!

いつ歌うのか、どこで歌うのか、そもそも実現できるのか。すべてが手探り、山積みの課題を前に、時代はコロナ禍に突入(2020年~)。「分断」を余儀なくされる社会状況のなか、佐渡さんは「人と人のつながりまで分断されてはならない」と語り、できる限りの感染対策をしながら第九の灯をつないできました。

コロナが収束し、『サントリー1万人の第九』も通常モードに戻った2年目となる2024年。いよいよ、「万博会場で歌う1万人」を募集する時が来ました。発表はもちろん、大阪城ホールの本番当日。第1部の終盤、巨大スクリーンに万博会場の映像と「合唱団募集」の文字が映し出されると、会場はどよめきに包まれました。募集受付はその夜8時から。翌年1月20日まで約1か月の募集期間に、17,864件の応募がありました。

春を待ちながら
レッスンの日々。

第九合唱には、事前レッスンが欠かせません。はじめて歌う参加者がドイツ語を覚え、20分に及ぶ合唱曲を歌い切るのは本来、容易ではない挑戦です。「苦難の先に歓喜はやってくる」という第九の歌詞の通り、レッスンを重ねた時間そのものが歓喜を深めます。お子さんと通う、ご夫婦でデートのように楽しむ。レッスンの時間だけでなく、その過程も思い出になります。

通常、大阪城ホールに向けた合唱レッスンは、初心者12回、経験者6回です。今回の万博第九では、関西地区と東京にレッスン会場を設置し、それぞれ3回はリアルで合唱練習できる環境が整っていました。通えない方は動画レッスンも準備。コロナ禍で佐渡さんや合唱指導の先生方によって編み出されたリモートレッスン動画が大きな役割を果たし、日本各地の第九参加者を支えたのです。

2月~3月、東西5会場でレッスンが始まり、少しずつ春の光が差し込めました。テレビニュースではたびたび万博会場の様子が報じられ、開幕が近づいていくのを誰もが実感していました。レッスン会場では、本番衣装となるオフィシャル・ポンチョやビニール製のリュックが配られました。万博会場では、通常の第九コンサートで着用する白黒のフォーマル衣装ではなく、服装は自由。そのうえから、3色のポンチョを羽織って歌います。

本番1週間前のリハーサル。

4月6日(日)、本番1週間前のリハーサル。集合時間も進行もすべて、本番と同じように行います。会場へのアクセスは電車のみ。混雑を避けるため、「〇〇分の電車に乗ってくださいね」と推奨時刻まで細やかに配慮されていました。万博会場にはスーツケースや手荷物は持ち込めません。万博のセキュリティ上、荷物は先日配布された公式リュックに入るだけ。「防寒具は入るかな?」「忘れ物はないかな?」「ちゃんと起きられるかな?」と、入念に持ち物チェックをして翌朝に備えます。早朝の電車には、同じリュックを背負ったBrüder(兄弟、仲間)があふれていました。

ほとんどの参加者は朝4時や5時起き。電車がどんどん夢洲駅に合唱団を運び、8時にはリハーサル開始です。合唱団には当日のマニュアルが事前に配られており、1万人の合唱団の皆さんは、気持ちは高まりながらも会場ではすみやかに行動されていました。屋外ならではの解放感と、自由で大らかな雰囲気もあり、公式キャラクターのミャクミャクと写真を撮ったり、大屋根リングを回ってみたり。「お手洗いも好きなタイミングで行っていいですよ」とのアナウンスもありました。いよいよ次週となった本番に向けて、合唱団も自分の立ち位置を確認し、当日の流れを把握します。リハーサル後は、万博会場の各パビリオンが予行演習をしており、そちらを自由にめぐることもできました。

59本のマイクと、48台のスピーカー。

とはいえ、6日のリハーサルではオーケストラの音が聴きづらいところがあったのも事実です。参加者たちにも不安な表情が見られました。大阪城ホールの経験者たちは「大きな会場では音が絶対にズレるから、モニターではなく、佐渡さんの指揮を見るように」という指導を徹底されています。ただ、さすがに大屋根リングは広く、「野外だから仕方ないかな」との声も上がりました。しかし、数々の困難を乗り越えてきた技術スタッフはあきらめません。リハーサルから本番までのわずか数日で、マイクやスピーカー、モニターを徹底的に見直し、合唱団が安心して歌えるように環境を整えました。

音声チーフ&テクニカルディレクターの田中聖二さんは語ります。「1万人の合唱を、最大500メートルの距離で“ズレずに”歌えるようにする。そんな極めて難度の高い依頼を受けたのは、2024年4月のことでした」。普通なら、ほんの数メートル離れるだけでも音は遅れて聴こえます。ましてや会場の端と端が500メートルも離れていれば、タイミングが合うはずがありません。どうすれば全員が“同じ音”を聴きながら歌えるのか。技術チームの挑戦が始まりました。

田中さんたちは毎週のように打ち合わせを重ね、「せっかく万博なんだから、最先端のシステムを使おう」と方向を決めました。採用されたのは、Danteという音のデジタル回線と、NTTのIOWNという超高速通信ネットワークです。音の信号を光のスピードで会場中に送る仕組みで、わずかな遅れも感じさせない技術でした。ただし、現場では本番の3週間前になってもケーブルを敷く許可が下りず、スリリングな毎日が続いたといいます。それでも、PAスタッフをはじめ皆で力を合わせ、59本のマイクで合唱の声を拾い、48台のスピーカーで会場全体に届けるネットワークを組み上げました。その準備をもってしても、1週間前の音環境は満足のいくものではなかったようです。

本番5日前、ようやく会場内の放送スピーカーを活用する許可がおり、その結果、どの場所に立っても、まるでひとつの声のように響くサウンドをつくりあげることができました。1万人の「フロイデ」が、遅れなく夢洲の空に広がった瞬間でした。

映像のイメージはオペラ。

この躍動の第九をとらえる映像班が使ったカメラは全22台。地上カメラ、クレーンカメラなど、さまざまな機材を使って綿密に計画をしていきました。収録プロデューサーと映像演出の両方を担当した映像監督の上野大介さんは話します。「普通じゃダメだ。あの大屋根リングを1万人が囲んで第九を歌うこと自体、普通じゃないんだから、映像も普通じゃ満足されるはずがない。じゃあどうする?」

ヒントの一つは、上空からの撮影だったと上野さんは続けます。俯瞰カメラを最大限に活用すること。ただし、それだけには頼りたくない。抑制を効かせつつ、ここぞという場面でのフルパワーの発揮、さらに地上カメラとの融合。課題が山積みのなか、悩み抜いてたどり着いた映像イメージが「オペラ」でした。オペラの幕が連なりシーンが変わっていくかのように、重要なフレーズの節目を上空からの「画」に切り替えながら場面転換していくことで、これまでの第九映像にはないスケール感を演出し、全体を音のドラマとして表現しよう、と、演出プランがまとまった矢先、雨天では使用できない機材があることを知らされ、意気消沈。最終的には雨天用を含めた3パターンものカット割りを用意し、22台ものカメラを配置して、本番に臨むことになりました。

合唱団の近くにも映像やスチールのカメラマンが回ってきて、「私も映るかな」と期待に胸を膨らませた方も多かったでしょう。当日は、YouTubeでの同時配信もあり、MBSの番組でも特集が組まれ、来場できなかった家族や友だちにも会場の雰囲気を伝えることができました。表舞台には見えないところで、どれだけのスタッフの方々が動いていたのかと思うと、その尽力に頭が下がります。「大人のホンキ、ってめちゃくちゃかっこいい!」と参加者のアンケートにもありました。

ほんと、よくできたよな。

4月13日(日)、雨のち晴れ(そして、また雨)。第九・第4楽章の演奏は滞りなく、しかも、圧倒的なエネルギーのままフィナーレを迎えました。舞台から降りてきた佐渡さんは、合唱団やスタッフをねぎらい、万感の思いでつぶやいたそうです。「ほんと、よくできたよな」。

その言葉に、制作チームは長い準備の日々が報われたと話します。大阪・関西万博は10月で幕を閉じましたが、『サントリー1万人の第九』はこれから先も100年続けていく覚悟です。人と人が音楽でつながる。人の想いや願いがぎゅっとひとつに重なれば、分断された世界さえもつなぐことができる。そんな「不思議なちから」が起こす奇跡をあなたも体験してみませんか?


【公式】
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1万人の第九 EXPO2025
第4楽章『歓喜の歌』

1万人の第九 EXPO2025
歓喜の裏側

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