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「怖かったよね、痛かったよね」現れた鮮やかな幻影に声かけた 血だまりと小さな手形に娘の最期の思いを知った日【附属池田小事件 犯罪被害者支援part2/全4回】

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 2001年6月8日、大阪教育大学附属池田小学校に男が侵入し、児童や教員23人が死傷した事件。愛娘の麻希さんを亡くした酒井肇さんが、事件発生時の”超混乱期”を振り返り、犯罪被害者支援の在り方について11月29日に講演会を開いた。 突然の別れに、どこを向いて歩んでいけばいのか分からない。現場には犯人と子どもたちしかおらず、麻希さんがどこで刺され、どうなったのかは分からなかった。こうしたなか、事件から3か月をすぎた2001年9月のある日、大阪府警から酒井さんに1本の電話がかかってきた。

事件のままの校舎に足を踏み入れた

(警察官)
「お嬢さんが被害に遭われた時の状況について説明したい」

 警察官の話によれば、警察は現場に残っていた数々の血痕を1つ1つDNA鑑定し、阪大病院に保存されていた麻希さんの血液と照合して、麻希さんの血痕を特定したのだという。電話から1週間経った9月28日、警察官が自宅を訪問し、学校の見取り図を示しながら、麻希さんの様子を丁寧に説明してくれた。「あす現場で確かめてもいいですか」と話した酒井さん。そして二人は、事件当時のまま保存されていた校舎に足を踏み入れることになった。

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(酒井肇さん)
「私たちは警察にDNA鑑定を依頼したわけではない。DNA鑑定を通じて麻希の足取りが分かるなど想像すらしていなかった。ただ私たちは『どうしてでも最後の、麻希の最後の様子も含め、事件当時の詳しい様子を知りたいのです。そうしなければ私たち両親は一歩も前に進めない』と繰り返し繰り返し、訴え続けていただけでした」

麻希さんの血痕に涙あふれる

 麻希さんの血痕は、教室の中では検出されなかった。つまり室内でなく2年西組の後方出口付近で男に刺されたことがわかった。そして、廊下北側の壁沿いに西へ50mほど、児童用の出口まで血のあとが続いていたことが分かった。さらに廊下の壁には3か所、刷毛で掃いたような血痕があり、それも麻希さんのものだと分かったのだ。麻希さんはときどき廊下の壁に体をこすりながら、走ったと思われるものだった。

(酒井肇さん)
「最後に麻希が倒れていたところには、血だまりと左右の小さな手形が残っていました。左の手形には床をひっかいたような痕が残っていました。一歩でも前に逃げようとしていたと思います」

校舎の中では、大阪府警の担当者が、麻希さんの血痕を一つ一つ示してくれた。その麻希さんの跡を、共にたどって歩いた。酒井さんたちは溢れ出る涙をこらえることはできなかった。

(酒井肇さん)
「傷ついた体で50mを移動し、倒れた後も力を振り絞り、一歩でも前に進もうとした麻希。その姿が目の前に、鮮やかな幻影となって現れました。私たち両親は麻希の思いにやっと触れることができたと思えた瞬間でした」

目の前に現れた幻影「怖かったよね、痛かったよね」

 9月29日、両親は事件現場で娘の最期を知ることができた。DNA鑑定の支援がなかったら、永遠に最期の様子をわかることはできなかった。酒井さんはこの体験でようやく原点に立つことができたと話す。

「事件が起きてから、麻希が病院に搬送されるまでの間が、私たちとって空白の時間になっていました。この時間が埋まらない限り、私たちの心が前に進むことはありません。なぜならば、娘が一番苦しい思い、辛い思いをした時の瞬間のことを親として分かってあげることができなかったからです」

そして、こう声をかけたという。

(酒井肇さん)
「本当の最後まで頑張ったんだね。怖かったよね、痛かったよね、辛かったよね。そして今までそのことが分かってなくてごめんね」

 小さな子どもですから、親でも分からないほどの恐怖感があっただろう。刺された後は想像を絶する痛みを感じただろう。それでも一歩でも前へ進もうとした。「何としても生きたかったという麻希のメッセージだろう」と酒井さんは話した。

感じたメッセージが、前を向くきっかけに

 事件発生時から、何をどう考えればいいか分からない状態が続いていた酒井さんは、娘の最期の様子が分かったことで、心境に変化が生まれたという。

(酒井肇さん)
「事件の最大の被害者は、遺族ではなく、幼いながらも夢を持って生きたいと願っていた子供なのだと、心から思うようになりました」

「日常の生活の中で(子供に)目をかけたりすることはできません。日曜日に公園で一緒に遊んだり、食事もできません。 でも、自分の時間の中で、もし麻希が生きていれば、麻希に費やしたであろう時間とエネルギーは、やはり麻希のために使ってあげたいと思うようになりました」

 大阪府警によるDNA鑑定という“支援”によって最期の魂に触れることができたこの日を境に「再スタートした」と振り返る。

(酒井肇さん)
「私たちの今後の人生、様々な活動に新たな意味を見出す経験になったことは間違いありません。 このような悲劇を二度と起こさないために、努力を惜しんではならない。今後の人生から与えられたこの新たな生きる意味は、麻希の最期の思いに答える形で生まれてきました。このような辛いことは誰にも起きてはならない、という麻希の魂の声が、私たちの耳に届いたのです」

 酒井さんはここから、犯罪被害者に対して警察や弁護士、マスコミがどう支援の手を差し伸べるかを考え、まとめ、動きまわる日々が始まった。

part3へ続く

2025年12月07日(日)現在の情報です

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