2022年05月11日(水)公開
『父の博打に...入学祝いのカメラが消えた』苦しんだ男性がIR住民投票求め署名活動「人の不幸の上に経済活性化して誰がうれしいねん」
編集部セレクト
IR(カジノを含む統合型リゾート)について、国の計画では上限3か所と決められていますが、名乗りを上げたのは大阪と長崎のみでした。国への計画提出は今年4月に締め切られたため、認可されればIRの実施に着々と進んでいくという段階です。そんな中、この土壇場の状況で「大阪府民の賛否を住民投票で問う必要がある」とにわかに動き出した人たちが、今年3月から毎日、駅前や役所の前などで署名活動をしています。なぜ人々は立ち上がったのか。それぞれの思いを聞きました。
大阪府の『IR計画』は国に認可されれば2029年開業へ
大阪府が大阪市と共に誘致を進める『IR』は、国際会議場や展示施設、ホテルのほか、カジノ施設がある統合型リゾートです。年間来場者は約2000万人、経済効果は約1兆1400億円(年間・近畿圏)と見込まれています。
(大阪府 吉村洋文知事 今年4月末)
「さまざまな消費や大阪の経済活性の大きな原動力になると思っています」
大阪府のIRの「区域整備計画」は今年3月に府議会・市議会でともに可決され、今年4月に国に提出されました。今年の秋ごろをめどに国に計画が認定されれば、府とIR事業者で実施協定が結ばれて、2029年の開業へそのまま進みます。もう今は府民にIRの賛否を問うという段階ではありません。
そんな瀬戸際で大阪のIR誘致に“待った”をかける運動が活発化しています。住民らはIRの賛否を問う住民投票の実施を求めて署名を集めているのです。
『土壌汚染対策で約790億円を公費負担』『説明会の中止』に疑問高まる
署名活動を呼びかける1人が、10年ほど前からカジノを研究する神戸大学・名誉教授の西澤信善さん(76)です。
(神戸大学・名誉教授 西澤信善さん)
「議会は地元の人たちの同意を得たと言っています。間接民主主義は100%完璧なものではなくて、重要な問題でも住民の意思を反映しないことがあるわけですよね。それを補うために直接的に意見を聞くことを求めているわけです」
きっかけは今年1月です。大阪市が開業予定地「夢洲」の土壌汚染対策として約790億円を公費で負担することについて、住民説明会などで質問が出ました。
【府市による説明会でのやり取り 今年1月】
(府民)「土壌改良のために790億円が増加されると。リスクについていかに考えているのか?」
(担当者)「収支見込みを算出しておりまして、資金不足は生じないという結果になっています」
さらに、新型コロナウイルスを理由に、11回予定されていた説明会は4回が中止に。府民の疑問が高まり署名活動が動き出しました。
(署名を集める人の演説 今年3月末)
「私たち立たなかったら、大阪もう変えられないところまできている」
署名を書いてもらえるのは同じ自治体の住民のみ
住民投票を実現するには、大阪府の有権者の50分の1、約15万人分の署名を62日間で集める必要があります。署名を受け取った府知事が府議会に諮り、可決されれば住民投票が実施されます。
生まれも育ちも生粋の大阪人である西澤さんは、取材した4月14日、2時間呼びかけてやっと2人の署名を得ることができました。
この署名はネットや街角の署名と違いルールが厳密で、署名を集める人「受任者」は、居住地の署名簿を持ち同じ自治体の住民に目の前で書いてもらう方法しかありません。
(西澤さん)「大阪何区かな?」
(街の人)「貝塚、南の方なんです」
(西澤さん)「おお、貝塚」
(街の人)「すみません」
そのため、期限の5月25日まで、地域の人が集まる場所を回ったりホームページに活動場所を公開したり、コツコツ集めています。5月8日の段階で受任者は約6800人に増えましたが署名は約4万8000筆で、必要な約15万筆にはほど遠く、正確な数も把握できていないのが現状です。
自身の経験から「ギャンブル依存症で子どもが不幸になる」と危惧する人も
熱心に署名を呼びかける男性。大阪府四條畷市に住む山本啓一郎さん(75)です。
(演説する山本啓一郎さん)
「不幸になる子どもをつくる、そういったカジノで関西経済が活性化する、そんなアホな話ないやろ。人の不幸の上に活性化して誰がうれしいねん。そういう話です」
山本さんが子どものころ、父親はギャンブルにのめりこんでいました。
(山本啓一郎さん)
「嫌な思い出は、僕がもらった中学校や高校の入学祝いってもらったカメラや時計がみんな(父親の)博打の元手に消えてしまった。それってね、思い出と一緒に消えていくんですよ」
借金があるにもかかわらず、父親は給料が入るとすぐに競馬や競輪に使い、母親が内職をして家計を支えていました。
(山本啓一郎さん)
「父親さえちゃんと給料持って帰ってきたらこんなことにならへんのになとはずっと思ってたよね。この署名活動の基本やね。『子どもたちに健やかな未来を』というのが合言葉」
毎週末、山本さんは地域のコミュニティーの場として子ども食堂を運営しています。
取材した4月2日のご飯は子どもたちの大好きなカレーでした。
(山本さん)「どう味は?いける?グー?」
(子ども)「おいしい」
一段落ついたところでお母さんたちに声をかけて署名を募ります。
(署名を呼びかける山本啓一郎さん)
「食べているところ失礼します。あのね、大阪で今、もう議会の手続きはほとんど終わってるねんけども、カジノを『IR』ということで作ろうとしてます。こんな大事なことは住民投票で決めてよ、府民の意見を聞いてよという署名やから、反対・賛成は関係なしに書いていただいて、よろしくお願いします」
(署名した人)
「いまさらIRって聞いて、『あ、まだそんな話あったんや』っていうのが本音です。(IRの話は)なくなったと思ってたんで」
「署名を最優先課題としてやっていかんとあかん」
山本さんは、ギャンブル依存症が本人だけでなく家族や周囲を巻き込むことを危惧しています。
(山本啓一郎さん)
「(署名が)最後の意思表示のツールなんですよ。もう意思表示するツールがないんですよ。このカジノの住民投票を求める署名をやっぱり最優先課題としてやっていかんとあかんやろな」
ギャンブル依存症の問題や巨額の公費負担、行政の説明に納得がいかないなど、署名の動機は様々です。府民1人1人が意思表示できる住民投票を目指して、活動期限まで5月10日時点で残り15日、時間との戦いです。
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