「スポーツで飯が食える」をテーマに『スポーツ企業』へ!サッカーやバレーなどのチームを運営『パナソニック スポーツ』が業界の変革を目指す

3分で読める!『ザ・リーダー』たちの泣き笑い

2025/03/31 10:00

 サッカーのJリーグやバスケットボールのBリーグなど次々とスポーツのプロ化が進み、活況を呈している。しかし、まだまだプロ化が難しいスポーツもあり、いわゆる実業団スポーツは、抱える企業の業績に左右されがちだ。2022年に発足した「パナソニック スポーツ」は、企業の業績に左右されがちな『企業スポーツ』から、持続可能な『スポーツ企業』を目指している。そこで、初代社長に就任した久保田剛社長が、いかなる戦略を描き、収益性を高めようとしているのかについて聞いた。

中学・高校時代のニックネームは「班長」 大学では「主任」

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―――まずは、久保田さんの子ども時代について教えていただけますか?

 割とおとなしかったと思います。父親の仕事の関係で結構、転校が多かったんです。入った小学校、出た小学校、入った中学校、出た中学校、入った高校、出た高校がみんな違います。中学生の時のニックネームは「班長」でした。高校生の時も「班長」。入学した学校、卒業した学校は違うのに、転校先で必ず「前の学校でなんて呼ばれていたの?」という話になり、自ずと引き継がれて。大学のときは「主任」って呼ばれていました。

―――いつもどこかのトップなのですね。

 トップというわけじゃないんでしょうけど。トップなら「社長」なんでしょうけどね。そうではなくて「班長」や「主任」と呼ばれていました。

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―――子どもの頃からスポーツは好きでしたか?

 好きは好きでしたね。野球はちょっとやっていましたけど、いわゆるトップアスリートではありませんでした。普通に少年野球をやっているレベル。スポーツに関わるようになったのは、仕事をするようになってからです。厳密にいうと学生時代のアルバイトからですね。スポーツの感動はよく「筋書きのないドラマ」って言われますよね、勝ち負けはコントロールできるわけではないので。思い通りにならないことに携わっていて、人はスポーツに心震わせるのがすごく尊いものに思えて。私はトップアスリートではないけど、それを届けられる、関われる仕事に携わっているのは、私にとってはうれしいことだし、やりがい、生きがいになっています。

趣味は「歴史街道歩き」 歩いていると自分の悩みがちっぽけに感じる

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―――久保田さんが仕事以外で好きなことは何ですか?

 「スポーツ」と言いたいんですが、実は歩くことが大好きです。単に散歩ではなくて「歴史街道歩き」という分野になるんですかね。「歴史街道」を歩いていると、自分が今抱えている悩みとかがちっぽけに感じたりとか、逆に勇気をもらったりすることがあります。地図がないと歩けなくて、街道歩きの本はいくつも出ているんですけど、本を見ながら2km3km歩くので本もボロボロになってしまって。今は3冊目を使っています。

―――歩いてゆっくり落ち着いて考えたいことがたくさんあるんですね。

 勝ち負けに関わる仕事なので、すごくプレッシャーはあります。選手のプレッシャーはそれ以上だと思いますけど、マネージメントサイドもそれなりにプレッシャーは強いので。もちろん勝つためにやるわけですが、そこはなかなか思い通りにいかないことが多い中で、リフレッシュする部分は必要ですし、歩けば必ず一歩進みますから、いろいろ考えながら歩くといい時間になっています。

企業の業績が悪くなると休廃部されてしまう実業団スポーツ
―――パナソニック スポーツが2022年に発足した経緯は?

 大きな契機になったのは、2019年のラグビーワールドカップや同じ時期にバレーボールのワールドカップがあって、日本代表がすごく活躍したんです。その日本代表にパナソニック所属の選手が多くいるのに「本当にその価値がいかされているのか?」ということが、議論のなかにありました。会社の中の事情と外部の要因が合致して「だったらしっかり会社にしてチャレンジしよう」ということになり、発足したということです。

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―――今まで「企業スポーツ」というと、企業がスポーツに資金を投じて、というのが多かったと思いますし、社員の福利厚生が始まりですよね?随分と形が変わりましたね?

 戦前から企業スポーツがあって、戦後もずっと発展してきました。最初は、社員が元気になる福利厚生の要素が中心で、当社も同じようなスタートでした。それがだんだん広告宣伝の要素、近年では社会貢献とかの要素も加わりました。しかし、当社もそうですが、過去にはわれわれが保有しているいくつかのスポーツ、男子バスケ・女子卓球・女子バドミントン・女子サッカーが休廃部になりました。それはなぜかというと、本業の業績が悪い時に本業じゃないから休廃部されてしまう。そういう歴史を当社に限らずたくさんの企業が繰り返していきました。

―――企業側も苦しい決断なのでしょうか?

 その時、例えばバスケットボールのチームに価値がなかったのか?といえば、当時は日本でもトップクラスだったのでそうじゃない。でも会社の業績が悪いとスポーツのレベルは低くなくても休廃部しなきゃいけない。「運営を会社だけに頼っているので致しかたない」となる。ワールドカップにしてもオリンピックにしても大勢の人たちが熱狂して感動するような場面もあるのに、なぜかスポーツはすごく不安定でサステナブルになれない。

―――どうしても企業の業績に左右されますよね。

 だからなんとしてもスポーツをサステナブルにするのが、われわれの会社のテーマです。すごくわかりやすい表現をしているのですが、われわれは「企業スポーツ」ではなくて、「スポーツ企業」になろうと。企業スポーツというのは会社が持っている部活、スポーツ企業はスポーツで飯が食えるということ。ちゃんとやっていける事業にしていきたいというのが我々の会社の何よりのテーマで、そのチャレンジを始めたということです。

「スポーツ企業」のフロントランナーとして業界の変革を目指す

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―――企業スポーツはまだまだたくさんある中で、スポーツ企業として成り立っているところはまだ少ないですよね?

 われわれはスポーツ企業のフロントランナーだと思っています。スポーツ企業にしたら業績がすぐに良くなるとは考えていません。スポーツ業界そのものを変えていかないといけないし、スポーツに対しての見方とかを合わせて変革していかないとサステナブルにならないと考えています。例えば、負けてもお客さまがたくさん来るというのがスポーツビジネスの教科書に載っています。とはいえ、勝つことをみなさんは求めているし、私も勝ちたい、選手たちも勝つことを目指している。そしてそれだけではなくて、事業ですから収益を上げないといけない。多くのお客さまに来ていただいて、たくさん応援していただくことが特に重要ですね。

―――いかに試合を見に来てもらえるか、でしょうか?

 今までの企業スポーツは、たくさん応援してもらうことに対して気持ちがいってないというか、それはあまり評価されないというか、気にする必要がありませんでした。けれど、これからは「集客」をしっかりとやっていかないと収益があがらない。だんだんプロのアスリートも増えていくので、アスリートたちのサラリーにも当然跳ね返りますから、収益性を意識的にやっていくということだと思います。

―――パナソニック スポーツの強みは?

 いろんなスポーツチームを持っていることです。リーグ戦の優勝7回を誇るバレーボールチーム「大阪ブルテオン」や2023年ラグビーワールドカップで11人の日本代表を輩出した「埼玉パナソニックワイルドナイツ」、ほかにもサッカーの「ガンバ大阪」、野球、陸上などがあります。日本のトップレベルのスタッフ、選手を抱えているということが、すごく分かりやすい強みではないかなと思います。

チーム名から企業名を外したワケは?

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―――入社してから今までで転機だったと思うのはいつですか?

 最近だとバレーボールのチーム名を「パナソニック パンサーズ」から「大阪ブルテオン」に変えたのが大きいですね。「パナソニック」の名前を入れなかったのは、企業スポーツじゃないというのを表現したかったからです。ルール上は企業名を付けてもいいのですが、サッカーのJリーグやバスケットボールのBリーグの例をみても地域に根ざすことを明確に示すには、企業名を外すしかないと。ネーミングライツ的に企業名が付いているのは、ある意味、経済的な支援を受けているボリュームからいえば正しいのかもしれないんだけど、これからは地域の皆さま、ファンの皆さまに支えられるようにならないといけない。

―――地域やファンに支えられるチームになるために名前を変更?

 目指した形になってからチーム名を変えるのではなくて、先に名前を変えないと応援してもらえないと私はすごく思っています。地域の皆さまに応援していただく、ファンの皆さまに支えていただくことを表現するために企業名を外すことは必要だったと考えています。スポーツ企業のフロントランナーだと思っているので、自分たちでどんどんチャレンジして変えていくようにしたいと思っています。

"筋書きのないドラマ"が観客の感動を生み出す

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―――私もよく野球の観戦に行きますが、普段泣かない息子が試合を見て泣く時があります。そういうシーンをみると「スポーツを見に来てよかったな」って思いますね。

 私はサッカーの仕事が長いのですが、おじさんが人目をはばからずウォンウォン泣くのをよく目にしました。怒ることも喜ぶこともあるけど、泣くっていうのはそれだけ感動した、心を動かされたということ。普段はきっと真面目に仕事をしていて泣く姿なんて見せたことのない人たちが、人前で泣いたりしますからね。これってすごい力だと思いますね、スポーツって。

―――ただ、試合で泣けるかどうかは行ってみないとわからないですよね?

 コントロールができないんですよね、スポーツって。「ほら泣いてください」っていうわけにはいかない。それは行われている試合なり、選手たちの動きによって泣けるもの。"筋書きのないドラマ"の中で生まれてくるものですからね。だからそれが癖になるんでしょうね。試合展開はコントロールできない中でビジネスにするっていうのが、スポーツビジネスの"妙"ですね。

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―――まだまだスポーツを見にいく経験がない人もいると思いますが?

 もっとハードルを下げないといけないですね。なので、スポーツに接するいろんな機会を作りたいと考えています。スポーツでの感動とか勇気とかの話をしましたが、スポーツは人を繋ぐ力があるので、やはりコミュニティを作るのにスポーツが必要です。そこで実証実験を始めたのが、スポーツバーの運営です。常設の施設としてやっていくには試合数が必要になってきて、70、80という試合を見せられるとビジネスとしての可能性がグッと高まります。これはまさにパナソニック スポーツが複数の競技を束ねているからできることなのかなと。

世界、特にアジアでスポーツファンの拡大を目指す

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―――東京に長く住まれていましたが、関西はいかがですか?

 経済も観光もポテンシャルがあると思います。私は東京に30年ほどいたので関西に来て6年目ですが、大阪・関西万博もありますし、もっと発揮できる要素があるんじゃないかなと思っています。阪神タイガースなんてすごいじゃないですか。東京にいる時は知らなかったですが、「タイガース熱はこんなにすごいんだ」と思ったし、そういう意味ではサッカーやバレーボール、バスケットボール、ラグビーと、いろんなスポーツの分野でポテンシャルが花開かせられるんじゃないかなと思っています。

―――久保田さんの夢は何でしょうか?

 スポーツがちゃんとした産業になるということですね。サステナブルにするのが私の何よりの夢というか目標ですね。これからは日本だけじゃなくて世界、特にアジアの皆さまと一緒に盛り上げていきたいと思っています。スポーツってアメリカとか、サッカーは欧州などと偏りがあると思いますが、アジアがこれからの主役になれる可能性がありますので、みなさんと一緒に盛り上げていけるんじゃないかと思います。アニメや漫画、代表選手の活躍で東南アジアを中心に日本のバレーボールの熱狂的なファンが増えていて、2023年からはタイで試合を開催しています。

―――最後に、久保田社長が考えるリーダーとは?

 ビジョンを明確に掲げること。そしてそれを共有ではなくて共感の域まで深めていくということ。その上でみんなと一緒にビジョンを前に進めていくことがリーダーの役割だと思います。


■パナソニック スポーツ
パナソニックとスポーツの関わりは、創業2年後の1920年(大正9年)に結成した社員の親睦会「歩一会」が始まり。「会社の発展には、全員が心を一つにすべき」であると創業者・松下幸之助が起こした歩一会は、運動会、レクリエーション活動、文化活動などを積極的に行う。2022年4月、スポーツマネジメント推進室が事業会社化、スポーツをコンテンツとする専門企業「パナソニック スポーツ」が誕生。サッカー「ガンバ大阪」、ラグビー「埼玉パナソニックワイルドナイツ」、バレーボール「大阪ブルテオン」、野球「パナソニック野球部」、陸上「パナソニック女子陸上競技部」の5チームを統合運営するとともにスポーツ関連の新事業を手がける。

■久保田剛
1968年香川県高松市生まれ。明治大学政治経済学部卒。テレビ制作会社などを経て、2019年パナソニック入社。企業スポーツセンター所長、スポーツマネジメント推進室長などを歴任。2022年「パナソニック スポーツ」設立に伴い社長就任。

※このインタビュー記事は、毎月第2日曜日のあさ5時30分から放送している『ザ・リーダー』をもとに再構成しました。『ザ・リーダー』は、毎回ひとりのリーダーに焦点をあて、その人間像をインタビューや映像で描きだすドキュメンタリー番組です。
過去の放送はこちらからご覧ください。

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