MBS 毎日放送

2021年05月28日 10時00分 公開

「世界シェア8割」 グローバル化に成功した京都の『元祖学生ベンチャー企業』

 自動車の排ガス測定機の分野では世界シェアの8割を占める堀場製作所。創業者の堀場雅夫氏が終戦の年に国内初の学生ベンチャーとして事業を起こし、いまや世界に約50のグループ会社、従業員は約8200人までに成長した。役員や従業員を「ホリバリアン」と呼び、「会社で働く人は、みな家族」だという創業者のスピリッツを受け継ぎながらグローバル化で成功を収めた熱源は一体何なのか?創業者の長男であり現在会長を務める堀場厚氏に話を聞いた。

「おもしろ、おかしく」が社是 人材の「材」は「財」と書く
20210528100527-de8137a44c5f1684cfc3bd5aa8239a033758ea96.jpg―――「おもしろ、おかしく」の社是はあまりに有名ですね?
 我々は開発型の会社なので、「仕事が楽しくなければ独創的なものは発想できない」と創業者が決めました。もう1つ我が社にはこだわりがあって、人材の「材」は材料の「材」ではなく、財産の「財」と書きます。研究開発はモノを買うのとはワケが違って、人を育てることが何より大切です。エキスパートをそれぞれのジャンルで何人抱えているのかが勝負だと思っています。
20210528100634-8b6f2b7f8a3422fa130b52c1cc84314429c97e68.jpg―――創業当時は町工場兼ご自宅だったそうですが、どんな雰囲気でしたか?
 私が3歳くらいの時、従業員は当時確かまだ4~5人でした。工場には冬になると「だるまストーブ」が置かれ、従業員たちはお弁当をその上に乗せて温めるのです。私はそれが羨ましくて、わざわざ母にご飯をお弁当に詰めてもらって一緒に温めてもらったことをいまでもよく覚えています。まさにファミリーですね。そういうのがすごく大切だというのは何となく子ども心に感じていました。

アメリカの子会社に入って早々アクシデント そして"アンチ本社"に
―――大学を出てすぐ堀場製作所に入らず、アメリカのグループ会社に勤めましたよね?
 日本人初のサービスマンとして渡米し、就職しました。すると早々に機器が故障するというアクシデントがありました。急いで京都の本社に問い合わせるのですが、「日本ではそんな故障はしていない」の一点張りで取り合ってくれない日が続きました。

―――同じ機器で不具合は生じていないと?
 「日本でも売っているが、不具合は起きていない」と言うのです。「故障していない」と言われてもアメリカでは実際に故障しているので困り果てました。独自に調べてようやく原因はわかったのですが、カリフォルニアだから空気が乾燥しているじゃないですか。乾燥で機器に目には見えないクラック(亀裂)が入って、その箇所からガスが漏れていたのです。当時の本社の対応がとても冷たかったので、"アンチ本社"になりました。

―――"アンチ本社"に?
 「本社はロクな社員がいない」と。私自身の思いとしましては、"アンチ本社"と言う言葉には「現場をより大事にしますよ」という意味を込めています。やはり、「現場のことをよく知って判断することが何より大切だ」とその時につくづく思いました。

30代で大病を患い「いまをベストに生きる!」
20210528101000-8471d52fbc91b624c652ec98a8ba2261e0810c53.jpg―――これまでの人生最大のピンチは何でしたか?
 社長になる前、まだ30代のころの話ですが、仕事の無理がたたったのか、大病を患いました。即入院です。家内と両親は、その日が峠と医者から言われたそうです。幸運にも新しい治療法と出会い1か月ほどで退院できたのですが、その時に人生観が変わりましたね。「いまをベストに生きよう」と。人の命っていま、瞬間になくなるかもしれないって思い知らされました。

―――人生はいつどうなるかわからないと?
 いまをベストに生きていたら後悔しないじゃないですか。だって「いまがベスト」だから決断するにも気持ち的にすごく楽になりました。「いま、ベストの決断をしよう!」とね。たとえそれが間違っていても、「その時はベストの判断だったのだから仕方ない」と諦められるじゃないですか。

―――その後の一番大きな決断は何でしたか?
 創業者の父はずっと苦労して無借金経営を続けていたのです。若いころ、お金を銀行から引きあげられて会社が倒産しかかった時があって、「金輪際、銀行に頭を下げるのは嫌だ!」となり、無借金経営をずっと心がけて来ました。

―――創業者の「譲れないポリシー」ですね?
 そうですね。でも、フランスの会社を買収する機会があって、その時に私は父に「借金経営になってもいいか?」と聞いたのです。「買収していいか」は聞きたくなかった。なぜなら買収した方がいいから。ずっと医学の分野に進出したいと思っていましたので。そうしたら父は、「お前が経営しているのだから、自分で決めたらいい」と言ってくれまして。それを聞いた時は「信頼してくれているのだな」とうれしく思いました。

創業者の父から学んだ「自分で決める」大切さ
20210528101152-71cb44985dee4bcbc2ff57fd9310d2238ebe2e47.jpg―――経営者として父・雅夫さんから学んだことは?
 「押し付けたところで人は育たない」というのを学んだのかも知れないですね。「あーしろ、こーしろ」ではなく。例えば、父は私に「会社は堀場に勤めろ」とか、「社長になれ」とか一切言いませんでした。自分で決めたことは全部、エクスキューズができません。厳しいけれど、そういうやり方というか生き方は父から学んだのかも知れませんね。

英国企業を150億円以上で買収 「買収した金額だけ投資する」
20210528101332-3b69f99d8c8efe5c137ad09198b80602576aed06.jpg―――企業買収をいくつも成功させてグローバル化の道をひらきましたね?
 大きなものは、フランス企業を2社、ドイツで1社、そしてイギリスの企業を買収しました。小さい規模の買収はいくつもあります。特に2015年に行ったイギリスの自動車などの車両開発エンジニアリングや試験設備の提供を行う企業「マイラ社」の買収が思い出深いですね。600人ほどの研究者がいる会社で、もともとはイギリス政府が立ち上げた企業です。4.7kmもの距離があるテストコースを持っていて、とても素晴らしい環境です。

―――買収額は150億円以上と巨額でしたね?
 企業買収を成功に導く私のポリシーに「買収した同じ金額をその後投資していく」というのがあります。それくらい思い切ったことをしないと人材は育たない。企業買収における私の1つのルールとしてこの考えがあります。

―――企業買収を成功させるマイルールですか?
 買収した会社は、まともになるまでに5年~8年かかります。というのは結局「人を育てる」ことなのですよね。買収して、これまで潤沢になかった研究費をつけてあげる。そして、開発して製品になるのに最低5年はかかりますよ。人材がホンモノであれば、競争力のあるすごい製品が出てくる。この間我慢できるか、ですね。そのためには「買収した金額と同じ金額までは研究費を投入する」となる。それで成果が出なかったら諦めるしかありません。

―――マイルールによってグローバル化に導いたと?
 マイラ社の買収でこれまでの堀場製作所にはなかった「自動車の自動運転」や「電池の試験能力」だとかのいろんなノウハウが手に入りました。買収を検討していた時はマイラ社の研究所に行って、いろんな人にインタビューをして、「こんなにいい研究者が一挙に手に入るなら買っておこう」という決断に至りました。

―――買収の決め手は、テストコースなど会社が持っている資産ではなく「人材」だったのですね?
 もちろん人材ですね。この人材を600人も育てようとしたら、1人に付き1億円はかかります。間違いなく600億円はかかってしまう。そう考えたらすごく良い買い物をしたと思いませんか?

巨額買収で「殿ご乱心」の声も 「経営者はツキがないとあかん」
20210528101431-20b8346ffd1a1200e31325dd9c50febd34c0011b.jpg―――しかし、社内では相当な反対もありましたよね?
 相当ありました。完全な「殿ご乱心」ですよね。実際、「ご乱心」といわれましたよ。「本気ですか?」とかね。それが結果的にいまとなると、排気ガス測定という我々のメイン事業が厳しい時に電気自動車やそれを設計する能力、いろんな試験やノウハウが全て手に入れることができた。これってやっぱり"ツキ"ですよね。

―――結果的にあの時の判断は正しかったと?
 「正しかった」とは言われたくありません。ツキがあった、と言われたいですね。経営者の素質についていろいろなことが言われます。でも、経営者はツキがないとあかんなと思っています。

京都に招くと「態度が一変」した欧州企業の副社長
20210528101544-a323026d54eaaddd60a866937e51ac262505d970.jpg―――京都に本社を置き続けるのは創業者の思いがあるからですか?
 「京都が好きだ」というのが1つ当然あります。でも、京都には150万人が住んでいて、そのうち10%15万人は学生なのです。優秀な大学がたくさんあって、京都に本社を置くことで若い人材が来てくれるというのが一番大きいですね。

―――海外のお客も京都に招くと喜ぶと聞きますが?
 面白いエピソードがあります。ヨーロッパの有名な自動車メーカーの副社長が京都に来た時の話です。その自動車会社は、ずっと我が社にクレームをあれこれ言っていました。そんな文句ばかり言っていた自動車会社の副社長を、私がかつて父や母と一緒に暮らし、いまは国の内外の賓客をもてなす「雅風荘」に改装した場所に招いた時です。実にいろいろな話をしていたら、「こういう企業文化をもっている堀場と我が社がビジネスパートナーであることをとても誇りに思う」と言ってくれたのです。

―――急に態度が変わったと?
 一変したね。驚くほどに。そのあと一切クレーム言わなくなりましたからね。だから、やはりビジネスの世界は「売った、買った」だけではなくて、カルチャーを理解することがとても大切だということを実感しましたね。

「はやぶさ2」が持ち帰った「リュウグウ」の黒い粒子を分析へ
20210528101716-b235453626dbc34101107a2fb8040165bf801680.jpg―――去年からは新型コロナウイルス一色ですが、人生観に変化はありますか?
 良い時は長く続かないのが現実なのですが、だからと言って悲観ばかりするのではなく、何か平時だと気付かないポイントとかありますよね。特に日本の会社は肥満体質になっていると思うので、新型コロナウイルスの時期に良い意味でスリム化していく、筋肉体質にしていく。あるいは、新たなチャレンジをしていくきっかけになるのではないかと思っています。

―――今年の6月からは、探査機「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」から持ち帰った黒い粒子の分析が始まりますね?
 我々が手掛ける分析によって、人類や生物の起源、星の誕生も含めたいろんな「カギ」になるような「何か」があるかどうかがわかることを期待しています。未知の世界に我が社が関与して解析を任せていただけるというのは会社にとって誇りです。

目指すは「プライベートジェット」で仕事をする会社
20210528101825-0d1be3038e3896f229300916ab30c87852626206.jpg―――プライベートの夢は?
 昔から言っているのですが、「早くプライベートジェット買ってくれ」と。いまはスピードが求められる時代です。中国などこれから海外に展開していく時には、プライベートジェットがあればすごく早く回れ、時間の短縮になる。買うかどうかは別にして、プライベートジェットを使って会社幹部がビジネスをやっていく企業でないとこれからはグローバル企業とは言えないと思います。

―――最後に、堀場会長にとって「リーダー」とは?
 人徳がないと人はついてこないと思います。人がついてくるというのは、リーダーにとってすごく大切なポイントだと思います。ただ、翻って自分は人徳があるかというと、当然そんなにないワケで、そういうところ目指していく必要があるのだと思っていますね。


■堀場製作所 1945年に創業者・堀場雅夫氏が立ち上げた「堀場無線研究所」が前身。1950年、国内生産第一号となる水溶液の酸性とアルカリ性の量を測る装置を開発。1953年、株式会社堀場製作所を設立。1964年、自動車の排ガス測定装置を開発。1978年、社是「おもしろおかしく」を制定。以降、グローバル化を推し進め、自動車の排ガス測定機の分野の世界シェア8割。世界に約50のグループ会社、売上高は2000億円に迫る。グループ全体の従業員は約8200人。

■堀場厚 1948年、京都市生まれ。1971年、甲南大学理学部を卒業、アメリカのグループ会社に入社。翌年に堀場製作所入社。1975年、カリフォルニア大学工学部電気工学科卒業。1977年、同大学大学院工学部電子工学科修了。1982年、取締役海外本部長。1988年、専務取締役などを経て、1992年、社長。2018年、会長に就任。


※このインタビュー記事は、毎月第2日曜日のあさ5時40分から放送している「ザ・リーダー」をもとに再構成しました。

『ザ・リーダー』(MBS 毎月第2日曜 あさ5:40放送)は、毎回ひとりのリーダーに焦点をあて、その人間像をインタビューや映像で描きだすドキュメンタリー番組。
過去の放送はこちらからご覧ください。

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