MBS 毎日放送

2021年05月12日 17時10分 公開

『ワコール』コロナは創業以来の厳しさ 女性下着業界トップの次なる一手

 これまでに3度にわたり緊急事態宣言が出され、新型コロナウイルスによる経済への影響は深刻だ。大型商業施設などに店舗を構える衣料品メーカー「ワコール」も例外ではない。戦後まもなく、激戦となったインパール作戦から生還した創業者の塚本幸一氏は「女性が美しくいられる社会こそ、平和な社会」だと思い立ち、会社を設立。以降、女性下着業界でトップを走り続けてきた。コロナ禍にあって、ウィズコロナ、アフターコロナを見据え、どのような手を打とうとしているのか。伊東知康社長に話を聞いた。

創業者の著書に心打たれ、東京から京都の会社に
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―――東京で生まれて、大学まで東京でした。なぜ京都の会社に?
 学生時代に就職先を選ぶひとつの方法として、いろんな会社の経営者の著書を読みました。その中にワコール創業者の塚本幸一氏の著書がありまして、非常に感銘を受けました。「ああ、この人が創業した会社なら、とてもいいのでは」と思って選択したのが理由です。
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―――入社された頃は創業者の塚本幸一さんはまだ、バリバリの経営者でした。どのような印象でしたか?
 創業者の塚本幸一氏は目つきの鋭い、威厳のある人と言いますか、強烈なオーラがあるというか、そんな印象でした。非常に近寄りがたい存在だったのを鮮明に覚えています。

売れ残ったショーツをキャリーバッグに詰め込んで得意先回り
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―――入社当初で心に残る思い出は?
 昔はショーツが売れ残ると商品を持って直接、お得意先に伺って、注文を取りに行っていました。キャリーバックにショーツをいっぱい詰め込んでです。東京のJR中央線や山手線のラッシュ時に乗って、お得意先に行って、商品を選んでもらうわけです。その時にえらく怒られるわけですよ。「お宅の商品では全く、競合他社には勝てないよ」って。

―――厳しいですね。
 それは、それは厳しいですよ。実際、競合他社には良い商品もありましたしね。でも、何とかして買ってもらわなければなりません。自分の会社の作った商品をくさされるのは嫌じゃないですか?すると私の場合、顔に出るらしくて、同行したスタッフからは「伊東さんは営業に向いていないよ」とよく叱られました。

新人時代は下着売り場に入りづらく...

―――男性は女性の下着売り場に入りにくいと思いますが、最初はどうでしたか?
 入社した時は正直、抵抗がありましたね。でもいまは、恥ずかしがっていたら、仕事になりませんし、売り場に行くときは、きちっとした服装を着て、社章を付けるなど気を付けています。

―――店舗はほぼ女性ですので、女性の中で働くコツみたいなものは?
 今の時代、あまり男だから女だからと考えないことが非常に大事だということと、男性にはわからない女性ならではの感覚は耳を研ぎ澄ませてよく聞くように心がけています。

40代で「アンチワコール」の子会社社長に
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―――40代に子会社の社長になりましたよね。
 会社の大切なことは誰にも相談できませんし、最終的には自分で決めるということの難しさを知りました。私の決めたことが、こんなにも従業員はもちろんですが、関係先にも影響を与えてしまうという責任の重さを痛感しました。

―――「スタディオファイブ」というブランドですね?
 「スタディオファイブ」はもともと創業者がいまから40年近く前に「アンチワコール」を掲げて作った会社です。

―――「アンチワコール」とは?
 ワコールの製品だけでは女性たちを満足させられないだろうという発想です。ワコールは京都が本社じゃないですか。なので、スタディオファイブは本社を東京に置く徹底ぶりで、あえてアンチ商品を扱う会社として作りました。キャッチフレーズのひとつに「情熱的であれ、感情的であれ」とあって、商品の色やデザインは、あえて派手にしていました。

子会社整理時のワコール社長の言葉 思い出すと今でも涙
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―――ワコールらしくない商品作りというわけですか?
 お互いを切磋琢磨させる狙いがあったのでしょう。でも「スタディオファイブ」が、業績的にとても厳しい時に社長になりましたので、新宿にあった本社は家賃が高かったので、ワコールの支店に入れさせてもらうなど、いろんな努力をしました。でも、少し業績が良くなった矢先に「リーマンショック」が起こりまして。このままでは、会社を継続できないと判断し、ブランドと働く人は当時のワコールの塚本社長に引き継いでいただくことができました。

―――会社はクローズするけれどもブランドは残そうと?
 社長をしていた会社をクローズさせたのは事実ですから、「これはちょっと、ワコールには、残れないな...」と覚悟をしていました。ひと段落して、当時の塚本社長に報告に行きました。当然、怒られると思っていましたが、「ある言葉」をかけてくださって、それを聞いてグッときました。そしてもう1度、エンジンかけ直してワコールでがんばろうと腹をくくりました。

―――伊東さん、涙ぐんでいませんか?
 この話をすると、どうしてうるうるしてしまいます。その経験があったから、いまがあるのでしょうね。もう一回、仕切り直しで頑張ろうと思いましたね。

「老舗企業」だとは言われたくない
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―――長い間、創業家による経営でしたが、社長に指名された時の心境は?
 当社には「相互信頼を基調とした格調の高い社風を確立し、一丸となって世界のワコールを目指し、不断の前進を続けよう」という、いわば「相互信頼経営」という経営理念がしっかりあります。そこを踏み外さないように経営していれば、創業者やいまの塚本会長が会社を経営しているのと同じだと思っています。

―――ブラジャー業界の老舗として今後の展開は?
 「老舗」だとはあまり言われたくありません。積み重ねて来た会社の歴史は大事ですけれども、それをベースにしていまも輝いているかが大事だと思っています。

―――ユニクロは下着を販売して、売り上げを伸ばしています。
 同業他社はもちろんですが、いろんな会社のマーケティングには当然、興味があります。正直、色々な商品や店舗を見て勉強しますし、ユニクロさんももちろん、勉強しますし、「すごいな」と思う時もあります。でも「うちとは、違うな」と思うところもあります。
新型コロナウイルスの影響は創業以来の厳しさ

―――2020年は新型コロナウイルス一色で、かなり影響も大きかったのでは?
 国内だけではなくて世界全体なので、影響はかなり大きいです。どこの会社にとってもそうでしょうが、全く想定していなかったことなので、間違いなく「創業以来、初めて経験する大変さ」だと思います。

―――創業以来ですか?
 国内では2020年、一度目の緊急事態宣言が出た時期は7割程度、売り上げが減少しました。ただ、在宅時間が増えましたから、リラックスして着ていられると言いますか、比較的楽なタイプの商品が売り上げを伸ばしています。また、いままでは「補正」と言いますか、「形を作る」ブラジャーから、「正しいサイズ」でずっと「バストをケアする」という「バスケア思想」を打ち出しています。

―――「バストケア思想」とは?
 歳を重ねることで体形は、どうしても変化します。ですので、サイズのあった下着をつけることで、少しでも体形の変化を遅らせようという考え方です。昼間はもちろんですが、「寝ている間やスポーツをしているときのケアが大事ですよ」という考え方です。

コロナ禍で気づかされた"サステナブル"な考え

―――新型コロナウイルスによって人生観が変わるなどしましたか?
 人生観というより、いろんなことに気づかされましたね。例えば経営方針のひとつに「愛される商品をつくります」というのがあります。この「愛される商品」というのは、「愛され続ける、長く使ってもらえる商品」ということです。我々のモノ作りや仕事の仕方の根底には、「大事に使い続ける商品を作る」、「ロスをなるべく出さない」というのがあります。この思想は、当社に昔からとても強くあります、いまで言う「サステナブル」です。まさに「いままでやってきたこと」が、これらの時代ではとても大切になる、ということに気づきました。
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―――4年後の2025年には、「大阪・関西万博」が開かれます。ワコールは1970年の万博では、パビリオンを出していたのですね。
 当時、創業者はもちろんですが経営陣はすごかったと思いますね。2025年の万博に限らず、当社は京都に関西に育ててもらった会社ですから、恩返しはきちんとしなくてはならないと思っています。

「下着のワコールでしたね」と言われたい
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―――企業としての夢は?
 企業としては「下着のワコールでしたね」、そう「でしたね」、と言われたらいいかな。「ワコールは下着もやっている」言われたいですね。もう少し言い方を変えますと、よりいきいきした「体」もそうですが、「心」に対しても当社が携わる人たちや応援してくれる人たちとかに少しでも貢献できたら、お手伝いできたら、と思っています。ウエルネス産業と言うのでしょうか。そういった分野にどんどん発展させていきたいですね。

―――最後に伊東社長にとってリーダーとは?
 お客様が求めるもの、社会が必要とすること、そして従業員がいきいきと活躍できること。それらのことを愚直に考え、自ら学び、率先して行動すること。それが私の考えるリーダーです。

■ワコール 創業者の塚本幸一氏は、太平洋戦争で激戦地、インパールから生還。「女
      性が美しくいられる社会こそ、平和な社会」と考え、1946年に装飾品
      を扱う「和江商事」を創業。スプリングの上に布を被せ、胸を補正する「ブ
      ラパット」を装着できる下着を1950年に開発。1957年にワコール
      に社名を変更。

■伊東知康 1960年、東京で生まれ。1983年、早稲田大学を卒業し、ワコール
      に入社。2007 年、スタディオファイブ社長、2014年、ワコール
      取締役、2015年、常務執行役員、2016年、専務執行役員を経て、
      2018年、社長就任。

■このインタビュー記事は、毎月第2日曜日のあさ5時40分から放送している「ザ・リーダー」をもとに再構成しました。

『ザ・リーダー』(MBS 毎月第2日曜 あさ5:40放送)は、毎回ひとりのリーダーに焦点をあて、その人間像をインタビューや映像で描きだすドキュメンタリー番組。
過去の放送はこちらからご覧ください。

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