MBS 毎日放送

2020年10月23日 11時35分 公開

「放っておけない!」性分で「こども食堂」を運営する下町の"おばちゃん"

 大阪・西成区の北西部。この地域の小学校では、約2割の家庭が生活保護を受給し、ひとり親の割合は実に4割に上る。新型コロナウイルスの感染拡大以降、雇用が不安定になり家計を直撃。以前から問題となっている「子どもの貧困」は益々深刻だ。
 8年前から西成区で『にしなり☆こども食堂』を開き、週に3日、無料で子どもたちや親たちに食事を用意している「西成チャイルド・ケア・センター」の川辺康子代表理事に、子どもの貧困やどのような支援を求めているのか聞いた。

子どもたちが自ら作った「やくそく10こ」
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―――こども食堂には何歳くらいの子どもが?
 お母さんも一緒に来るので、いまは一番小さい子で7か月。高校2年生が子どもでは一番年上です。中には72歳の男性もいます。年齢制限はなく、ここでご飯を食べたい人がいたら「どなたでもどうぞ」という感じです。3年前にいまの団地に場所を移しました。『にしなり☆こども食堂』は週に3日、大学生やサラリーマンなど約20人のボランティアと活動をしています。
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―――部屋の壁に「やくそく10こ」って書かれた張り紙がありますが、子どもの字ですね。
 最初は、ここを利用する上で決まった約束はありませんでした。この「やくそく10こ」ができたのは、子どもたちがものすごく危ないことをして、その時にみんな集めて話し合いした時に「どうするのが良い?」と投げかけたら、子どもたちが「じゃあ、約束作る」となって、呼び捨てにしないとか、モノを投げないとかをみんなで相談して作りました。

「放っておけない」は母親譲り?
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―――なぜ、地域支援とか子育て支援をしようとなったのですか?
 私の母親が、路上にいる人を見ると「ご飯を持って来るわ」と日常的に声を掛ける人でした。「あの人、お父ちゃんの服は合うかな?」とか言っていました。小さな頃は路上生活者の人たちが怖かったですが、「できる人が、できることをする」という母親の姿は記憶にあります。いまの取り組みを始めたのは母親の影響を受けているのかも知れません。
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―――2012年に『にしなり☆こども食堂』を立ち上げたきっかけは何ですか?
 初めは、こども食堂を立ち上げようとは思っていませんでした。まず、2010年に放課後の子どもたちの居場所を作ろうと「あそびの広場」を始めました。そこに来る子どもたちはいつもイライラしていて、どうしてだろう?と考えた時に、お腹が空いているのかな?と思い料理教室を催して、ご飯を食べると子どもたちは不思議と落ち着きました。こども食堂をやろう!となったのが、2012年です。食材はほぼ寄付です。ふるさと納税で返礼品を送ってくださるケースもあります。

―――こども食堂は子どもたちにとってはどんな場所だと思いますか?
 気軽に来られる場所になったらいいなと思っています。私は「地域のみんなの実家」のような、気軽に来られる場所にしたいと思っています。こども食堂でご飯を食べるだけではなく、同時にいろんな人との繋がりが生まれる、子どもたちがいろんな人と出会える場所になったらいいなと思っています。

「熱々のうどん」を食べたことがない男の子との出会い
―――いろいろな子どもたちと接して来られたと思いますが、忘れられないエピソードは?
 ある男の子が「お昼ご飯を食べていない」と言うので、熱々のきつねうどんを作った時です。ひと口食べるか食べないかで「氷を頂戴」と言うので、お茶に氷を入れるのかな?と思って渡したら、氷をきつねうどんの中に入れて...。「何をするの!」と言ったら、「冷ました」と。「違うよ!熱い時はフーフーしながらハフハフして食べるの。それが温かいものの食べ方だよ」と言ったら、「そんなん知らんし!」って。

―――温かい汁物を食べたことがなかった?
 彼が生まれて初めて熱いものを食べたというか...もちろん保育所も行っていたし、小学校の給食も食べています。これまで温かい食事は食べていますが、熱々の食事はしたことがなかったのでしょうね。子どもたちは経験をしていないことはできませんから。

―――子どもたちと接する時に気を付けていることはありますか?
 私は子どもたちにいろんな暴言を浴びせられました。「死ね、クソババア!」とか。けれど、その言葉はその子が思っていることではないと思っています。2010年に「あそびの広場」を始めた時も本当にやんちゃな子どもたちは大勢いて、けれど私には「助けて」と聞こえているような、「自分の気持ちを分かってほしい」と言っているように聞こえました。本当はかかわりを持ちたいのだけど、それをうまく言えない子どもたちは大勢います。

活動に時間が取られて娘との関係に亀裂が...
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―――地域支援に時間が取られ、娘さんと微妙な関係だった時期があったそうですね。
 娘が保育所に行き始めたころには、いまの活動を始めていました。娘が思春期を迎えた時に「さぁ、いまから家族で晩ご飯を食べるよ」というタイミングで地域のお母さんから電話があって、出て行っちゃう。そんな時、娘に「私とそこの子とどっちが大事なん?」と言われる。娘には「本当に世界で一番大事に思っているよ」と伝えるのですが、「実際には私のそばにはいないじゃない!」と言われて。本当に長い間、寂しい思いをさせたと思っています。 

―――娘さんと衝突したこともありましたか?
 中学2年生の時に「もう嫌や!誰も私の話を聞いてくれない!」とか言って、ちょっと関係がしんどくなった時があって、その時はしばらく話をしてもらえませんでした。ある日、帰宅したら机に娘のお手製のクマのぬいぐるみが置いてあって、話すきっかけを娘が作ってくれたというか、初めて親子で向き合って話ができました。あの時間は私を次のステップに背中を押してくれた時間だったと思っています。

「ずっと1人だと思ってきたけど...仲間がいる」
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―――厳しい生活環境にいる人たちを地域で支える大切さを感じたことは?
 あるお母さんが私に言った言葉がすごく印象的でした。そのお母さんは17歳で子どもを産んで育てていたのですが、「私はずっとこの地域でひとりぼっちだった。1人で生きてきた」と思いを打ち明けました。彼女が食堂に来ると、子どもたちが「おはよう」「こんにちは」とか「どこに行くの?」と。たったそれだけのかかわりでも「ずっと1人だと思ってきたけど、仲間がいると思えるようになった」と言われました。

―――地域からの孤立を防ぐのは難しくないことを教えてもらったと?
 1人ではなく、地域でかかわっていくことの大切さを学びましたね。過去と過去の自分は変えられないけれど、かかわる人が変わると人は変われると思います。その人に寄り添って対応すると、人は変わるということを彼女から学びました。

コロナ禍で見えやすくなった「子どもの貧困」
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―――今年はコロナ禍で大変だったと思いますが、変化はありましたか?
 活動の必要性は改めて感じたということと、「しんどい思いをしている家庭が増えてきましたね」と最近言われるのですが、実はそもそも大変な家庭はあって、これまで見えていなかったのが見えるようになってきたのだと思っています。新型コロナウイルスの感染が心配で食堂をお休みしようかと考えましたが、3人の小さな子どもを連れてくるお母さんから「休まないでほしい」という声をもらったので続けています。

―――いま求める支援策とか、ここまでやってきた中でありますか?
 ぶっちゃけて言うと、安定した運営費があれば違った支援もできるかなと思います。助成金の手続きや交渉に時間が必要ですが、そういう時間がなければ少し支援に回せる時間が増えるのにと思います。寄付を募るために講演に出かけますし、2022年には子どもたちや親たちの新しい居場所を作りたいと計画していて、2億6000万円ほどかかるので、その資金集めに苦労しています。

「後悔はしたくない」これからも子どもたちと一緒に夢を
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―――自分の時間を割いて活動を続けていますが、やりがいは?
 後悔はしたくないですね。誰かのためじゃなく、自分のためにやっているのだと思います。「あの時、ああしていればよかった、こうしていればよかった」という後悔をしないためにしているのかな...。やらずに後悔するよりも実際やってみて「あのやり方が間違っていたな」とか、「じゃあ、次はこうしよう」と思えるようにやっていきたいと思っています。もちろん生涯現役でいたいですし、なんなら次の世代に引き継いでも横でお茶を飲みながら子どもたちに囲まれていたいなと思っています。

―――最後に、川辺さんが考えるリーダーとは?
 目の前にいる子どもたちや声にならない小さな声に耳を傾けていける。そういう人でありたいと思っています。そして、これからも子どもたちと一緒に夢を追い続けていきたいと思っています。


■川辺康子 1966年、大阪市西成区に生まれる。6人きょうだいの3女。22歳で結婚、男の子と女の子を出産。2001年、西成区の子育て支援員。2007年、西成識字よみかき・日本語教室のコーディネーター。2010年、こどもの居場所「あそびの広場」を開設。2012年、「にしなり☆こども食堂」を立ち上げ。2016年、「こども食堂ネットワーク関西」を創設し、代表に就任。

※このインタビュー記事は、毎月第2日曜日のあさ5時40分から放送している「ザ・リーダー」をもとに再構成しました。

『ザ・リーダー』(MBS 毎月第2日曜 あさ5:40放送)は、毎回ひとりのリーダーに焦点をあて、その人間像をインタビューや映像で描きだすドキュメンタリー番組。
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