かつて、無敵だった百貨店。だが今は、大型ショッピングモールの出現やネットショッピングの台頭で、もはや絶対的なものではなくなった。今年9月に旗艦店のひとつ、心斎橋店を建替えた大丸松坂屋百貨店。百貨店の「いま」と「生き残り戦略」を好本社長に聞いた。
建築費370億円!心斎橋店は「大正ロマン」を残すことに苦心
―――建替えた心斎橋店は以前の面影をそのまま残していますね。
米国の建築家ヴォーリズが手掛けた心斎橋店旧本館は「大正ロマン」の名建築だと称されました。外観も内装もできる限り忠実に元に戻そうということで、1200ピースのパーツを一度ばらして、そのうちの800ピースを使ってつくりました。
―――建築費は370億円だと聞きました。
どんな建物でもそうですが、一からスクラップ&ビルドした方がコストは安く済みます。が、我々は資産としてヴォーリズが残した名建築を持っていたし、そのような建物は新たにつくろうと思ってもできない。その意味では迷いはなかったですね。
最初の職場は洋服売り場 女性が200人!
―――最初の赴任地は大丸心斎橋店だそうですね。
当時は、まだまだ洋服の売り場では生地の売り場が大きくて、ジバンシィやディオールが当時では一番高級な婦人服でしたね。そこに配属されました。職場には、係長とか課長、私を含めて6人くらいの男性マネージャーがいましたが、それ以外は全員女性で200人ほどいました。
―――それからのサラリーマン人生で大きな転機はいつですか?
21年間、心斎橋店で働きました。その時は、自分のサラリーマン人生は大阪を中心に展開していくのだろうと思っていました。会社も大阪中心だったので...。でも、2000年に札幌店を出店するための準備室という組織ができ、札幌に異動したのが一番大きな転機です。
―――札幌店の立ち上げで一番苦労したことは?
赴任して最初にやった仕事が、街頭調査です。「大丸という企業をご存知ですか」という調査で、大丸という会社を正確に分かっていたのは7%くらいでした。実績のないところで仕入れ先や顧客を口説かなければならない...。これは難しかったですね。
ライバル会社「松坂屋」との統合に驚き
―――2007年には、大丸と松坂屋が経営統合しました。驚きましたか?
聞いたときはびっくりしました。大丸イズム、松坂屋イズムというカラーの違いは、もちろんありました。でも、今から考えれば、大丸と松坂屋がそれぞれに培ってきた風土・文化・歴史は、かなり近かった。ですから、社風とか文化というものが経営統合で一社化してシナジー効果を出すことが出来た。お互いに学びながら業績をあげていくということにおいては、障害になることは少なかったと思います。
―――「脱・百貨店」といわれているが?
心斎橋店の建て替えは、「脱・百貨店」を宣言した「銀座シックス(松坂屋銀座店を建替え、複合創業施設として2017年に開業)」の要素を持ち込んでいます。「脱・百貨店」というよりは、進化の一つのプロセスだと思っています。やはり、百貨店は来られる方が、従来型だけでやっているとものすごく限定されてきている。なによりも、従来型の百貨店では、若い人が最初に百貨店に触れる場がありません。
海外では経営破たんも。日本の強みは「デパ地下」「外商」
―――心斎橋店は、本当にインバウンドがすごいですね。
我々の会社全体では、インバウンド向けの売り上げが10%を超えるようになった。けれど、海外では50%を超えるのは当たり前です。パリとかロンドンの百貨店では、50%が海外の方の売り上げです。そういう意味では、まだまだ努力して伸ばしていかないといけないマーケットだと思っています。
―――アメリカの老舗高級百貨店「バーニーズ・ニューヨーク」が破たんしたことについては?
アメリカの百貨店は、アマゾンはもちろん...いまやシェアリング、つまりモノすら買わない時代です。必要な時に必要なものを使えたらいいと。我々もそれにどう対応していくか、難しい判断をしなければならないと思っています。けれど、日本の百貨店には、海外とは違うものが2つあると思います。
―――その2つとは?
1つはデパ地下です。いわゆる食品にもの凄く強みを持っている。それが集客装置にも収益面にも貢献している。これは、老若男女問わず興味を持って足を運んでみようと思える身近な要素です。海外にはデパ地下みたいな文化はありません。もう1つは外商だと思います。我々の会社でも600人くらいが外を回っています。外商文化は海外にはありません。
ネットショッピングではなくリアル店舗を磨き、生き残る!
―――社長になって6年が経ちますが?
変化のスピードがもの凄く早くなっている。6年前はどうだったかというと、ファストファッションが日本に入ってきて、郊外のショッピングセンターが百貨店と争いだす時代でした。そのあとは、アマゾン、楽天、ZOZOなどが力を付けてきて、いわゆるリアル店舗でモノを売るのがいいのかが問われた。こういう加速度的に起こってくる変化にどう対応するのか、我々としてはリアル店舗を軸にし、リアル店舗を磨きながらどう進化していくのかを考えていくことが、何より大切だと思う。
―――好本さんの夢は?
我々は変化対応していく業種だと思う。エリアとか時代をどう読んで、どう対応していくかがベースになる。そのための力を付けていく企業であることが絶対に大事だと思っています。そのための礎は、人だと思います。ひとりひとりの能力を磨いていって、変化に対応できる企業であり続けたいというのが、私の夢ですね。そのヒントは、現場にあると思う。
「リーダーとは人を深く知ることができる人物」
―――ヒントは現場にある? どの売り場でもそうですか?
そうですね。特徴のあるエリアであればあるほど、「銀座シックス」はああいう施設になり、心斎橋店はああいう店舗になった。それは、現場から発想して出てきているものです。時代感を読み、お客さんの将来の姿も自分の頭の中で思い描きながら対応していく...。我々は「変化対応業」だと思っています。
―――好本社長にとってリーダーとは?
私が思うリーダーは、人のことを深く知ることが出来る人物です。心斎橋店でも3000~4000人が働いています。我々にとって、人と人の関係を築くことがもの凄く大事です。その時に、特に人の良いところを見る、人の良いところをみつける...。これは、人との信頼関係を築くうえで自分の信条として生きてきたし、これからもそうありたいと思っています。
■大丸松坂屋百貨店
江戸時代初期の1611年に創業した松坂屋と、1717年創業の大丸が経営統合して、2007年、J・フロントリテイリングを設立。2010年に傘下の大丸と松坂屋が合併。
■好本達也社長
1956年、大阪府和泉市生まれ。1979年、慶応大学経済学部を卒業し、大丸入社。
2012年、取締役。2013年、社長に就任。現在に至る。
『ザ・リーダー』(MBS 毎月第2日曜 あさ5:15放送)は、毎回ひとりのリーダーに焦点をあて、その人間像をインタビューや映像で描きだすドキュメンタリー番組。
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