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「今でも思い出したら泣けてくる」突然の父の死で廃業覚悟も‥父の遺志引継ぎ『釜の火絶やさず』銭湯を守る娘と母

2021年12月03日(金)放送

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経営の悪化や老朽化、後継者不足などで年々減り続ける銭湯。近年は新型コロナウイルスの影響で、さらに厳しい状況に追い詰められています。こうした中で釜の火を絶やさないように踏ん張り続けている大阪と兵庫にある2軒の銭湯を取材しました。それぞれの銭湯に「続けるワケ」がありました。

尼崎の下町にある開業98年の銭湯「第一敷島湯」

兵庫県尼崎市の下町・杭瀬にある「第一敷島湯」は今年、開業98年を迎えました。「第一敷島湯」の浴槽は特徴的な円形で、浴場の壁一面には小さなタイルで風景が描かれた昔ながらの銭湯です。
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(第一敷島湯に来た客)
「77歳。赤ん坊の頃から来ています。その当時は家に内風呂がある人は少なかったんです。だから満員だった」
「ちょうど長湯できる温度で、初めて来た人でも温かく迎えてくれるので、本当に安心できる」
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番台に座るのは看板娘を務めて約70年の大女将・黒木功子さん(87)です。
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功子さんには最近、気がかりなことがあります。それは脱衣所の隅に並べられた常連さんの洗面具。近頃は姿を見せない人もいますが、持ち主の顔を思い浮かべると、捨てるに捨てられません。
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(黒木功子さん)
「常連さんの洗面器が置いてあるんですけどね、もう来なくなった人の物も置いてあるんです。コロナのせいかねえ。わかりませんけどね。寂しいですね。やっぱり」

阪神大震災の時に見た被災者から受けた「開いていて良かった」の声

コロナ禍の外出自粛の要請もあり、客足は遠のきましたが、それでも決して釜の火を絶やすことはありませんでした。理由は1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災の時の記憶です。
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「第一敷島湯」の三代目大将で功子さんの息子・黒木達也さんは、自宅の風呂が使えずに尼崎までやってきた神戸の被災者たちの姿を今も覚えています。
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(黒木達也さん)
「こちらに来なければならなかったお客さんが『開いていて良かった、やってくれていて良かった、気持ちよかった、すごくいいお湯だった』と言ってくださるのを見て、これが人の役に立つことだと思いましたね」
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達也さんは顔なじみの客が戻ってくるのを待ち、釜場に立ち続けています。

70年の歴史誇る「パール温泉」番台に座っていた父の突然の死

苦境の中、奮闘する銭湯が大阪市内にもありました。大阪市東成区の緑橋にある「パール温泉」。約70年の歴史があります。
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銭湯を切り盛りするのは若女将の北村奈緒子さん。
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母であり大女将の北村幸子さんとともに屋台骨を支えています。
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(北村奈緒子さん)
「最初は泣きながらやっていました。今でも思い出したら泣けてくる」
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番台に50年近く座ってきた奈緒子さんの父・大治さんが今年2月に68歳で亡くなりました。朝、奈緒子さんが起こしに行くと大治さんの体は冷たくなっていました。原因不明の急死でした。
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銭湯には大治さんの写真が貼ってあります。

(北村奈緒子さん)
「何となくここから見て座っているような感じになるように。ずっと座っていたので、おって当たり前という感じだったんで、寂しいなと思って貼りました」

父が遺した真新しい『煙突』「止めたら壊さなあかんから、やろうか」

釜焚きの作業を全て一人でやってきた父の死。奈緒子さんらは廃業を覚悟しました。ところが、ある日、空を見上げると、亡くなる3か月前に父が改修工事をした真新しい煙突が目に入りました。
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(北村奈緒子さん)
「光ってる。日が当たるとピカピカ。朝はピカピカしているし。夕方は夕日に照らされて、煙も出ていないし、寂しい気分になって」
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(北村幸子さん)
「やめられへんなあと思って。(大治さんが)見ているような気がするんですよ。そこ(煙突)にいてるから私の中では。やめたらこれ(煙突)も壊さなあかんからね。やろかと」

2人は家業を継ぐことを決めました。

「釜場の火のつけ方すらわからず」苦労の連続

しかし、大治さんは生前、危険な釜場には家族が近づくことを許しませんでした。そのため火の付け方すらわからなかった奈緒子さん。最初は苦労の連続でした。
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(北村奈緒子さん)
「難しいですね。着火が難しい。お父さんはもっと大きい木に簡単に火をつけていたんですけど。私はまだできないです」
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(北村奈緒子さん)
「ここもこの前やけどして。きのう、ちょうど木材が倒れてきて、またけがをしました」

70年継ぎ足し続けた配管…まるで『迷路」のよう

70年間、継ぎ足し続けて迷路のようになった配管。水漏れなどのトラブルも日常茶飯事です。修理にやってきた設備業者。大治さんも長年お世話になっていました。
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(銭湯の設備業者)
「(大治さんは)誠実なええ人でしたよ。ご主人が亡くなって、世代交代になるんやから、しっかり頑張ってほしいですね」

戻ってきた顔なじみの客「もうここしかないねん」「ずっとやってほしい」

父の死から2か月後、思いは受け継がれて、顔なじみの客も徐々に戻ってくるようになりました。
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(パール温泉の入浴客)
「喜んでるがな、大感激や。もうここしかないねん」

大治さんを慕っていたひとりひとりが奈緒子さんたちを応援しています。
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(パール温泉の入浴客)
「ありがたいよ。ずっとやってほしいわ。大丈夫やな。もうちょっと大丈夫やな?」
(奈緒子さん)
「なんとか今のところは。設備も私も元気やしね」
(パール温泉の入浴客)
「若いからまだまだこれからや」
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守り続けてきた釜の火。ぬくもりはいまも下町に生き続けています。

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