MBS(毎日放送)

2022年02月03日 11時30分 公開

宮前 徳弘のスポーツコラムVol.55 見せ続けた"背中"~甲子園ボウル~  

コロナ禍の中、東京オリンピックが行われた2021年から、北京オリンピックの2022年へと続くスポーツ界にとっても、人類の歴史においても激動の時代。年末から、年始にかけて、ラグビー、サッカー、バレーボール、駅伝等、さまざまなスポーツで、若きアスリートたちの日本一をかけた、熱い闘いが繰り広げられた。今回からは、その熱戦にまつわるエピソードを、いくつご紹介する。まずは、大学日本一をかけたアメリカンフットボール部のお話。

 「最後の最後で、攻撃陣も守備陣も、納得のいくゲームができた。」
2021年12月19日、夕闇迫る阪神甲子園球場。青き戦士たちの雄叫びがこだまする。関西学院大学KGファイターズによる4年連続32回目の甲子園ボウル制覇。アメリカンフットボールに青春をかけた若者たちの歓喜の声が響いた。その中心にいたのが、背番号95番、主将の青木勇輝選手。前年、日本一に輝いたチームを、再び頂点に導いたリーダーだ。フットボール人生最後と決めた一戦、最高の結末に思わず笑顔がはじけた。日本一のチームを率いる重圧と緊張感から解き放たれた瞬間だった。

20220203121212-62fde7e02a905a4dca9669f526f87601037689c4.jpg

 関西学院大学アメリカンフットボール部、KGファイターズは、言わずと知れた学生アメリカンフットボール界の名門中の名門チーム。そのリーダーたる主将には、恐ろしいほどの重圧がのしかかる。今シーズンを迎える前、彼は、志願して、その役割に就任する。
「キャプテンに選ばれたたき、この1年は"やり切る"と決めました。自分は、そんなに話し上手の方じゃない。だけど行動で示すことはできる。(まわりの選手やスタッフは、)いつも主将としての自分の言動をみている。だからこそ、どんな時でも"背中"を見られているという気持ちで、最後の最後まで集中して全力で"やり切る"と決めました。」

 コロナの影響による春先からの実戦経験の不足。シーズンを前に、リーグ戦の試合方式が変更になるなど、チームは何度も危機に立たされる。最大のピンチが訪れたのは、甲子園ボウル出場をかけたライバル立命との一戦。この試合、前半でリードを奪ったものの、後半に入ると様相が一変。青木主将がラインの中心となるディフェンス陣が完全に崩されて連続失点、立命逆転のムードが会場を包み込んだ。しかし、このピンチを、リーダーは冷静な対応で立て直していく。
 
 「失点は、取り戻すことができない。大事なのは、次のプレーに集中すること。だから、ディフェンス陣全体で、もう一度、一つ一つのプレーを大事にやり切ろうと確認しました。」
失点の原因を作って動揺するDB(ディフェンスバック)陣に、自らが、一つ一つの、次のプレーに集中する姿を見せることで、平常心を取り戻させたのだ。オフェンス陣の奮闘もあって接戦をものにした大一番を、KGファイターズの大村和輝ヘッドコーチは、こう振り返る。
「よく試合の流れとか、モメンタムという言葉がありますが、僕は、厳密には、ないと思っている。いかに、場面、場面で集中してミッションを遂行できるか。どんな状況でも、一つ一つのプレーをミスなく実行できるかどうかが、勝利を手繰りよせる近道だと思っている。」
ヘッドコーチが考える一つ、一つのプレーを、どんな状況でも確実に遂行していく大切さ。緊迫した場面で、それを体現したチームのキャプテンは、甲子園ボウルに向かう前、ファイターズの強さの秘密をこう教えてくれた。
「どんな時でも、どんな相手でも、勝利の可能性をとことんまで、最期の最後まで追求すること。そして、それを実行できるように、一人一人が責任をもって取り組むこと。」

 アメリカンフットボールは、準備のスポーツだといわれている。あらゆる事態を想定して、準備することができているのか?仮に、プランどおりに進まなかったとしても、そのことも想定したうえで対応できるかどうかが、勝敗のカギを握るスポーツだと考えているからだ。
大学日本一を争う大舞台。最多優勝を誇る名門は、47対7の大差で、フットボールの真髄、王者の王者たる所以を証明してみせた。

 実際に、個々の選手の能力では、対戦相手の法政大学もそん色のないレベル。むしろ突出した選手は、相手の方が多かった。その中で勝利を引き寄せたのは、関西学院大学の周到な準備と、それを確実に、気持ちの浮き沈みなく、一人一人が遂行していく選手たちのメンタリティーだった。

 「KGブルーのユニフォームを身に着けて、甲子園で躍動することが自分の夢でした。フットボールをプレーするのは、今日で最後。次は、もう一つの夢である海外で活躍するという目標に向かって、突き進みたい。」
そう話すと22歳の若者は、サブにまわっても黙々とチームを支えてくれた4年生を、中心選手たちが待ち受ける表彰式の壇上に招き入れ、記念写真におさまった。

 日本の若者も、まだまだ捨てたものじゃない。十分に頼もしい。そう感じさせてくれた、聖地での冬の一日だった。

 MBS制作スポーツ局 宮前 徳弘

バックナンバー

SHARE
Twitter
Facebook