2025年09月30日(火)公開
「同じ境遇を持った誰かの励みに」ADHD・ASDを公表する大阪のコーヒー焙煎士 自身の特性をプラスに変えて...万博でコーヒー「日本一」を目指す
特集
大阪・関西万博の会場で行われた、日本一のコーヒーロースター(焙煎士)を決める大会「TYPICA GUIDE 2025 Final Round」。全国から選び抜かれた9店のなかに、ある思いを持って大会に臨んだロースターがいました。「同じ境遇を持った誰かの励みになるかもしれない」と語る大阪市城東区のコーヒー店の店主は、発達障がい(ADHD・ASD)の当事者。障がいをプラスにして日本一を目指す店主と、彼を支える妻を取材しました。
大阪市城東区・野江でコーヒー店「Encore! Coffee Roastery」を営む杉山勝幸さん(41)。妻の千春さん(41)と2人で日々店に立ちます。
開店してから今年で10年。住宅街の一角にある店には、常連客も多く通います。
(常連客)「寡黙な感じでおいしいコーヒーを淹れてくれるご主人と元気な奥様で」
「この人(イヌ)が常連です。ほかにも(店は)あるんですけど、そっちに行かないんですよね」「1日2回の散歩で2回とも寄ろうとするので、それはさすがにダメだよって(笑)」
「あまさ」の余韻がこの店のコーヒーの自慢。焙煎を担当しているのは、店主である勝幸さんです。
発達障がいの当事者として生きる
関西のコーヒー焙煎界では知る人ぞ知るロースターである勝幸さんには、ある特性があります。
落ち着きのなさなどの特性があるADHDと、コミュニケーションが苦手なASD。2つの発達障がいが併存しているという診断を受けているのです。
その特性から、普段の生活でも苦手なことがいくつかあります。
(杉山勝幸さん)「ガソリンもね、なんか入れられないんです。少ないなと思いながらそのままガス欠まで。忘れてしまいますね」
こうした特性は店の営業中にもよくみられると妻の千春さんは話します。
(妻・千春さん)
「すぐ使いそうなものの上にも、(ものを)積んでしまうことがよくある。だいたい覗けば見つかるんですけど、見つけるのも得意じゃないので…」
取材した日も…
(勝幸さん)「ちょっとまって。ほんまにフタがない」
店のなかで物を探す様子がしばしば見られました。
ほかにも…
(勝幸さん)「あ、あった」
焙煎の記録をまとめた大事なファイルが下敷きになっていました。
自分の特性をプラスに 全国トップ9のコーヒーロースターに選出
ですが、勝幸さんの特性には強みもあります。「こだわり」や「好きなものに対する集中力」は人一倍で、コーヒー豆の焙煎に大きく活かされているといいます。
勝幸さんの焙煎するコーヒーは、それぞれの豆に合わせて温度調整を緻密にデータで管理され、色や香りなど感覚も研ぎ澄ませて、最もよい状態を探ります。
データの客観性と、繊細な感覚。その両方を組み合わせて、豆ごとの個性を引き出した焙煎に仕上げます。
こうして作り上げられた勝幸さんの「あまさ」の余韻が続くコーヒーは高く評価され、優れたコーヒーロースターを認定する”コーヒー界のミシュランガイド”こと「TYPICA GUIDE 2025」で今年初めて2つ星を獲得。さらに、全国の約3200の焙煎士のなかからたった9つの店だけが推薦される最終審査に、関西から唯一選ばれました。
優勝したロースターに3つ星(日本一)の称号が与えられる「TYPICA GUIDE」の最終審査に、勝幸さんは特別な思いを持って臨みます。
(勝幸さん)「同じような境遇を持った誰かの励みになるかもしれないし。もしかしたら自分にもチャレンジできるんじゃないかと思えるきっかけになるかもしれないと思っていて」
自ら発達障がいを公表し挑戦することで、誰かの背中を押したいと、大会のプレゼンでも自らの障がいをありのままに伝えることに決めました。
万博を舞台に コーヒー「日本一」に挑む
そして迎えた大会当日。例年では最終審査は東京で行われますが、今年の開催場所は万博会場です。
(勝幸さん)「本当に、大阪のコーヒー屋として大阪・関西万博という場に立てることがめちゃくちゃうれしいです」
いよいよ本番。7分間の持ち時間でコーヒーを淹れながらプレゼンを行います。
(勝幸さん)「実は私たち夫婦の半生はちょっと変わっていまして、僕はASDとADHDの併存診断を受けている発達障がいの当事者です」
そのコーヒーの味わいにどんな意図があるのか。伝えたい想いを物語にして伝えます。
(勝幸さん)「ふと孤独を感じたときに思い出してもらえるような、そのコーヒーを選んだことで自分を肯定できるような、そんなコーヒーにしたい、という妻の言葉が私たちのコーヒーの焙煎の核になっています」
勝幸さんと千春さんの歩みを反映したコーヒー。使用する豆は南米のペルー産で、ベリーや白桃のようなジューシーな果実感に花の蜜のような、やさしい甘実が特徴だといいます。
豆を生産しているのは、ペルーのメルリレオンさん。勝幸さんたちと同じ10年前の2015年に店を始めた生産者で、勝幸さんはメルリレオンの豆と出会ったときのことを「私たちの物語がコーヒーを通じて繋がり合った瞬間」と振り返りました。
(勝幸さん)「ペルー・カハマルカの高地から、この大阪の街へとコーヒーの香りを乗せた物語をぜひ楽しんでいただきたく思います」
無事、コーヒーの抽出とプレゼンテーションが終わりました。始まる前は緊張がみられた勝幸さんも、競技を終えると普段の柔らかい表情に戻っていました。
(勝幸さん)「あっという間に終わって、(プレゼンの文言が)言えていたのか言えてなかったのか…コーヒーは淹れられていたと思う」
国内トップクラスのロースターが集まる中で自分のコーヒーを堂々と披露した勝幸さん。そんな夫の姿を見て、二人三脚で歩んできた妻の千春さんの目には涙が浮かんでいました。
(千春さん)
「なんか堂々していていつも通り。皆さんに語り掛けるように。会場の方もそれに対してうなずいているような感じがして。一体になっているのが感動的やった」
迎えた結果発表。勝幸さんは惜しくも日本一の座を逃しました。
それでも、夫婦二人が挑戦を止めることはありません。
(勝幸さん)
「今の持てる分は出し切ったので、もし来年選ばれることがあれば挑戦します。本当に妻の支えがなかったら練習とかイベントに出ることができなかったので妻に感謝です。誰でもコーヒーの楽しさや美味しさに触れてもらうのが第一歩。ホテルのドアマンのような…コーヒーを楽しんでくれる人を、やさしく迎え入れられるようなお店にしたい」
(千春さん)
「いやあ、頑張ったよね、どんどん進化したいよね。できることはたくさんあるし。この熱意をまたいろんな形に変えてお届けできたらいいよね」
発達障がいがあることを公表してコーヒー「日本一」に挑んだ勝幸さんと、傍らで共に歩む千春さん。コーヒーを通してそっと誰かの背中を押せるように、これからも2人で温かな情熱を灯し続けます。
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