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『前科をネットで調べられて』26人犠牲の放火殺人...容疑者は別事件で服役後に孤立深めたか 4年前に生活相談受けた人物が明かす「社会復帰への意欲」

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 大阪・北新地の心療内科クリニックで起きた放火殺人事件から今年12月17日で1年です。この事件では、谷本盛雄容疑者(当時61)を含む患者や医師ら27人が死亡しました。谷本容疑者は死亡しているため、犯行動機を解明することはできません。しかし、警察は様々な捜査を進める中で、谷本容疑者がクリニックで行われていた「リワークプログラム」に参加し周りの前向きに頑張る患者と自分を比較して、劣等感や妬みのようなものを募らせていったのではないかと推定しています。谷本容疑者の足跡をたどると、事件の4年前、容疑者が再就職の相談をした人がいました。

引き取り手がないという谷本容疑者の遺骨

 大阪市内の斎場の棚に並んでいる、火葬を終えた後の骨壺。約1000ある骨は全て、引き取り手がない無縁遺骨です。

 (大阪市環境局・斎場霊園担当 山下伸課長)
 「おひとりで身寄りがない方ですとか、何らかの事情でご家族と疎遠になっておられる方であろうと。以前に比べると少しずつ(保管する遺骨の)数は増えてきていると思っています」
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 関係者によりますと、放火殺人事件を起こして死亡した谷本盛雄容疑者の遺骨も、引き取り手がないといいます。

“拡大自殺”とも言われた北新地クリニック放火殺人事件

 去年12月17日、事件は大阪の繁華街・北新地のビル4階にある心療内科クリニックで起きました。
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 谷本容疑者は持っていた紙袋を床に傾けてガソリンに引火させ、一気に火が燃え広がったといいます。防犯カメラには非常口の方向に逃げようとする人に体当たりする姿も映っていました。
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 避難経路が断たれ、奥に逃げ込んだクリニックのスタッフや患者、容疑者本人を含む27人が死亡しました。

 (クリニックに通っていた患者 去年12月)
 「本当に心優しい先生でした。『復帰しても頑張りすぎずに頑張ってください』という言葉が最後でした」
 「まだまだ就職を目指している人たちに必要だった存在だったと思うんです。なんでこんなところで死ぬんだって」

 “拡大自殺”とも言われた大量殺人事件から今年12月17日で1年。改めて男の足跡をたどりました。

離婚後に長男に対する殺人未遂事件で服役…「出所後は交友関係ほとんどなかったのでは」

 大阪市西淀川区に、谷本容疑者が25歳で結婚し家族で住んだ持ち家があります。当時、谷本容疑者は腕のいい板金工として知られていました。

 (谷本容疑者の元勤務先社長)
 「優秀ですわ。あれだけの職人はなかなかいない。非常にいい仕事をしていた」
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 しかし、2008年に離婚し、生活が一転します。2011年には長男に対する殺人未遂事件で懲役4年の判決。服役生活を送りました。捜査関係者は出所した後の谷本容疑者の生活ぶりについてこう話しました。

 (捜査関係者)
 「出所後はほぼ定職に就かず、交友関係もほとんどなかったのではないか」

「社会復帰したいけど過去の罪が邪魔を…と」生活の相談を受けたAさん

 交友関係がほぼない中、谷本容疑者とわずかなつながりを持っていた女性のAさんに会うことができました。

 (Aさん)
 「すごく礼儀正しくて、全然嫌な印象はまったくなくて。ハキハキお話しされて、敬語を使ってくださいましたし、時折笑ったりとかコミュニケーションうまくとられる方だなと思いました」
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 谷本容疑者に会ったのは、事件4年前のある日。こんな話をしたそうです。

 (Aさん)
 「今は反省して社会復帰したいんだけれども、仕事をする意欲はあるんだけれども、自分の過去の罪が邪魔をしてなかなかうまくいかないということと、実際に面接までいっても自分の前科のことをインターネットで調べられてしまって、それでだめになってしまうことが続いたということをおっしゃっていました」
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 実はこの時期(2017年ごろ)、谷本容疑者は持ち家を出て、大阪市浪速区で約半年間暮らしていたといいます。それが1泊1300円の簡易宿舎、いわゆる「ドヤ」でした。谷本容疑者は2017年2月ごろ、生活保護の制度に詳しいAさんに申請の相談をしたというのです。

 (Aさん)
 「所持金は5万円以下、全財産は5万円以下ということであれば、当然、最低限生活を送れないのは明白で、『浪速区で(生活保護を)申請すればいい』と私はアドバイスしました。すごく素直な感じで『じゃあそうします』と。私の言うとおりにやりたいですと言っていたんです」
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 しかし、最終的に生活保護の受給には至りませんでした。受給資格がなかったのか自ら手続きを辞めていたのかはわかりません。

 (Aさん)
 「あのとき、1回目の浪速区でちゃんと(生活保護の)申請ができていたら、彼は立ち直れたんじゃないかなと私は今でもすごく思っているんですね。賃貸住宅で人間らしい生活を送れたと思うんですよ。そうしたらあそこまで追い詰められなかったんじゃないかなって」

「SOSを求めていた人が絶望して事件を起こしてしまった。社会にとっても彼1人の問題ではない」

 4年がたち、谷本容疑者は相当困窮していたことがうかがえます。銀行口座から最後に引き出したのは83円。残高はゼロでした。携帯電話には「死ぬ時くらい注目されたい」などの検索履歴が残されていました。
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 今年11月、Aさんは事件現場を初めて訪れました。

 (Aさん)
 「距離があまりにも近いので、私が相談を受けた場所が。すごく思うところがありますね。本当に近いので。私のところに来たときには生活保護を受けて立ち直ろうと思ってきたのに、わずか3年4年のことなのに」
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 この現場近くで谷本容疑者から前向きな相談を受けていたのはわずか4年前。過ちを犯した人を受け入れられる社会であれば事件は起きなかったのではないかとAさんは感じています。

 (Aさん)
 「SOSを求めていた人が絶望して事件を起こしてしまったというのは、社会にとっても彼1人の問題ではないんだろうなという気がします」

服役した過去がある千房の社員「チャンスをくれたから今いられる」

 お好み焼きチェーン大手「千房」の社員・月山祐輝さん(42)。実は窃盗を繰り返して2回逮捕され、約3年間、服役していた過去があります。

 (千房 月山祐輝さん)
 「正直(刑務所に入所した)当初はよくある自暴自棄になっていました。もう別にどうでもいいし、適当に生きていればいい、死ぬなら死ぬで別にいいしと。(受刑者の)正直9割は希望を持っていないと思います」

 そんなとき、刑務所内で、千房が過去を問わず採用していることを知り、応募しました。
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 月山さんは同僚に犯罪歴を隠さず働いています。もらったチャンスを生かし、前向きに仕事に取り組む日々です。

 (千房 月山祐輝さん)
 「自分はラッキーだったなと。そういうのに出会えた。周りの人がそうやって環境を作ってくれたし、チャンスをくれたから今いられるわけで、少なくとも今ここにいる1人(私)は助けられているので」

「反省は1人でできるが、更生は1人ではできない」

 元受刑者の積極採用を長年続けている千房の中井政嗣会長は、再犯を防ぐためには働く場が何より重要だと話します。

 (千房 中井政嗣会長)
 「我々社会としてせなあかんことあるじゃないですか。起こってからで、だいたい遅い。後手後手に回っている。だからその前に手を打たないとあかんことをみんなしていない。反省は1人でできますけども、更生は残念ながら1人ではできない。周りの力がいるんですね。周りの支えが、周りの協力・支援が、励ましがいるんです」

 千房が発起人の取り組みで、企業・法務省・専門家らが、就労・教育・住居などの視点で刑務所出所者の社会復帰を応援する「日本財団職親プロジェクト」というものがあります。千房や串かつだるまのほか、建設・介護関係の企業など計178社が参加していて、2026年には1500社に増やしたいということです。

 法務省によりますと、再犯者のうち7割以上が無職。立ち直りを支える取り組みは社会全体に、そして、ひとりひとりに求められています。

2022年12月16日(金)現在の情報です

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