撮影:京都文化博物館
今や京都のシンボルとも言える「舞妓」。美しく、麗しい舞妓さんの姿は、思わず足を止めて写真に収めたくなるほどです。
舞妓は多くの画家たちをも魅了し、描く対象とされてきました。その数々の絵画とともに舞妓の歴史をたどる展覧会「特別展『舞妓モダン』」が現在、京都文化博物館で開催中です。
「舞妓」のはじまり
竹内栖鳳《アレ夕立に》、明治42年、髙島屋史料館【11月3日~29日展示】
みなさんは、「舞妓」がどんな人を指すかご存じですか。「芸妓」や、「芸者」という名前もよく聞きますね。
舞妓とは、主にお酒の席で舞いをつとめる少女のことを指します。江戸時代に八坂神社の前にある茶屋の茶汲み女が歌舞伎芝居の芸をまね、八坂神社に参拝する旦那衆に見せたのが起こりといいます。現在の祇園に代表される舞妓の姿は、「われしのぶ」という髪型に長い振袖、だらり結びの帯におこぼ(下駄)を履くのが特徴ですが、これはかつての京都の商家の娘の身なりだったそうです。
なお、舞妓が数年間の修業を積み、お座敷での振る舞いなどを認められると「芸者」となり、特に関西では「芸妓」と呼ばれます。
江戸時代に描かれた美人図。舞妓と思われる作品もあるが、特定は難しいという。
江戸初期に誕生したとみられる舞妓ですが、当時描かれた絵画では芸妓と舞妓の区別も曖昧で、その身なりも現在とは違うようです。
「都をどり」がきっかけ
森寛斎《都をどり初演図》、明治5年、松八重
第1回都をどりの様子が描かれている。幸野楳嶺が描表装し、岸竹堂が蝶を描き添えた。表具にも注目したい貴重な合作。
舞妓が広く知られるきっかけとなったのが、明治5年に始まった都をどりでした。
以降、黒田清輝、竹内栖鳳が舞妓を描いた作品を発表すると、大正期にかけて舞妓が盛んに描かれるようになり、伝統・観光都市である京都を象徴する存在として定着していきます。
黒田清輝《舞妓》(重要文化財)、明治26年、東京国立博物館
Image:TNM Image Archives【11月17日~29日展示】
当時、美術界をけん引していた黒田清輝や竹内栖鳳が舞妓を描いたことで話題となった。
見渡す限り舞妓の絵!
会場には画家が捉えた、さまざまな舞妓の絵画作品など約130点が並びます。
その描き方はまさに十人十色。作品にまつわるエピソード1つを取ってみても、とにかく舞妓に魅了されたのだということが伝わってきます。
日本画、洋画、画集、スケッチ、本の装丁など、描かれ方は実にさまざま。
長田幹彦(竹久夢二装丁)《祇園囃子(新小説社)》、昭和9年、京都国立近代美術館
人気の画家、竹久夢二の絵が小説の表紙となったことで、舞妓の名やその姿はより全国に知れ渡った。
「舞妓」の歴史に注目した珍しい展覧会
これまでに舞妓の絵画を展示する展覧会は数回行われていますが、歴史的な要素も踏まえたものはほとんどなく、とても珍しい着眼点から開かれている「舞妓モダン」展。
会場ではこの他にも「都をどり」の最古の映像や、祇園・一力亭に伝わる初公開の写真資料には、戦時中の舞妓の様子なども見ることができ、明治、大正、昭和の舞妓の歴史をたどることができます。
《写真アルバム(一力亭伝来)》、明治時代、個人蔵
祇園の茶屋、一力亭に伝わる写真資料は、本展が初公開の貴重なものばかり。
岡本神草《拳の舞妓》、大正11年頃、星野画廊
いつの時代も見る人を引き付けてやまない舞妓。ぜひ会場で、好みの「舞妓さん」を探してみてください。
特別展「舞妓モダン」はこの秋、京都のみの開催。紅葉狩りとともに、お越しください。
MBSアナウンサーが音声ガイドを担当!
本展の音声ガイドを、MBSの西村麻子、福島暢啓の両アナウンサーが担当しています。
京都出身の西村アナの京都弁や、福島暢啓による「祇園小唄」もちらりと交えながら、作品の背景を紹介します。利用料は600円(税込)です。
<特別展「舞妓モダン」開催概要>
会期:2020年11月29日(日)まで
会場:京都文化博物館(京都市中京区三条高倉)
http://www.bunpaku.or.jp/
休館日:月曜日(祝日は開館、翌日休館)
開室時間:10時~18時(金曜日は19時30分まで)、入場はそれぞれ30分前まで
観覧料(当日券):一般1,500円、大学・高校生1,100円、中学・小学生500円
※会期中展示替えあり。最新の情報を含め、詳細は博物館ホームページをご確認ください。