MBS(毎日放送)

第89回 高関優
(たかせき・ゆう)

「もっと自信持って、堂々としとけ」と言われています。

―もともとお笑いが好きだったんですか?

昔からフジテレビの「ダウンタウンのごっつええ感じ」とか「めちゃイケ」とかを見て、好きだったんですけど、高校の受験勉強をしてる時、お正月の特番を見て、芸人さんの何でも出来るっていうか、能力の高さに感心して、凄いな、と思ったんです。ただただ感心して、器用な人だなあと。なんとなく憧れはありましたが、自分に向いているかどうかというと、僕は人見知りの方なんで、なりたいという気持ちはなかったです。むしろ表現するとか、ものを作ることには興味がありました。
(子ども時代は?)
小・中・高と野球をやっていて、高校3年生で野球が終わった時に、何になりたいとかはなくて。受験勉強して大学まで行かせてもらったんで、就職して、公務員になりたいと思ったんですけど、やっぱり何となくなんで上手く行かず、どこも決まらずに、就職浪人しました。結局、地元の和歌山で日雇いのバイトをすることになるんです。

―いつ頃から役者に興味を?

その頃、邦画にハマって、邦画を見るようになって、映像って面白いのかな~というのが片隅にあって、遊びでビデオカメラで映像を撮って編集したりしてたんです。バイトを1年くらいやった後、映画に関することをしたいと、思い立って、東京へ行きました。何となくの憧れで、映画のワークショップみたいなところに通ったんです。そこは映画監督さんが講師でお芝居も教えてくれる。演じ手にも興味があったんで、何となく出来るかなと思ったら、全然出来なくて(笑)メチャメチャ難しかったです。そこではベテランの方から、僕みたいに初めて芝居する人までいろんな人がいっぱいいたので、刺激になりましたね。別のワークショップ(堀江慶氏主催の「長編映画を一本作ろう」という1年間のワークショップ)では、映画の脚本を書いてみたりもしました。そこでは集まっているメンバーでお互いに投票して、一番の脚本で映画をちゃんと撮りましょう、と。もちろん僕のは選ばれなかったんですけど(笑)脚本を選ばれた子が監督になって。一応劇場とかにも少しかかって…。
(え!?凄いじゃないですか!)
DVDにオムニバスの1本として入っています。
(何という作品ですか?)
「茜さす部屋(2009年)」という作品なんですけど。津田寛治さんとか出てくださって。僕は制作進行とか、雑用スタッフでしたが、エキストラとして少し出してもらいました。そこから、ワークショップの知り合いの先輩が、ユニット劇団みたいなものを作るので、手伝ってくれへん?ということで、そこでお芝居に3本くらい関わって、3本目に少し出してもらうということがあったんです。そういうので、演じ手も少しやりたいな、みたいな感じになっていたのかなあ、と思います。
(東京でもアルバイトを?)
行ってから、数か月くらいは仕事なかったんですが、映像系のクリエイターの派遣会社に入って、たまたまケーブルテレビ局の契約社員でCNNの日本人向けのCNNJというニュース番組チャンネルに。「英語が嫌いじゃなければ出来るよ」「嫌いじゃないですけど」と入らせてもらったら、メチャメチャ英語を活用する仕事やったんです。
(あははは)
僕以外のスタッフはみんな会話とか英語でしゃべるみたいな。参ったな~と思いながら必死でパソコンで調べながらやってました。日本人向けにしゃべってる通訳さんのブースの前でガラス越しに音卓操作をするオペレーションの仕事で、シフト制の仕事やったんで、やりやすかったんです。僕、東京行った時には1人で行ったんですけど、当時付き合っていた彼女と一緒に住むようになって、結婚してたので。仕事も辞める訳に行かないし。中途半端と言えば中途半端ですね。

―それがなぜ、新喜劇に?

そうなんです。子どももいてたんで、転職しようかなと考えてまして。ちゃんと順番は踏んでますよ(笑)
(あ、はいはい)
奥さんも地元が一緒なので、このタイミングで、帰って就職しようかな、と。けっこう不完全燃焼だったんですけど、和歌山で就職したんです。それも数少ない映像制作の会社ですけど(笑)和歌山のローカルの仕事なので、そんなに忙しくないのかなと思ってたら、メチャクチャ忙しかったんですよ。和歌山の仕事だけじゃなくて、下請けもやってたので、東京へ撮影に行くとか。メチャメチャ忙しかったんです。お金の面と労力とが釣り合わなくて。半年で辞めて、ハローワークで仕事を探しつつ、つなぎでNPO法人の仕事とかしてたんですけど、その時、新喜劇のオーディションをやっているのをネットか何かで知って。関西で有名な演劇というか、新喜劇もそのひとつかなと思って(笑)
(ふふふふ)
関西でそんなことできるとは思ってなかったので、ちょっと惹かれたというか。笑いのことは全然わからないし、年も年で、そんなに若くないし。ま、難しいやろから、記念受験的な、思い出作りというか。それできっぱり諦めようと思ってたんです。受けてみたら、1次通った、2次通ったみたいな。当時、奥さんも受かると思ってなかったんで「受かったわ」「あ~良かったな~」みたいな感じやったんですよ。それで結局、受かることが出来まして。最終の時は「受かったとて、これどうしよう?」と。それこそ、奥さん何て言うんかな?と。「受かったわ、最後」って言ったら、意外と「あ~良かったなあ。まあやってみたら?」という感じやったんです。どういうもんかよくわかってなくて、普通の企業に就職するような感じで考えてたみたいで。
(あはははは)
軽い感覚で。せっかく受からせてもらったし、ちょっとやってみます、みたいな感じでしたね。

―お笑いの経験ゼロで、ネタ見せとかは?

そうなんです。そこなんですよね。周りはメチャクチャ面白い人ばっかりで。だから絶対落ちると思ってて。僕も何やったんかな? メチャクチャ滑った記憶しかないです。すごいようわからんモノマネみたいなことをしたんかな? 「ハイ、ありがとうございます」「ハイ、落ちた」みたいな感じで。運もあったと思うんです。芝居も新喜劇の芝居はちょっと違うじゃないですか。変に何も知らないから、緊張せずに楽には出来ました。楽しかったと思いますね。入ってからの方が緊張もするし、下手になったような気がします。ガチガチになって。
(小さい頃は新喜劇、ご覧になってました?)
見てたのは見たんですけど…。大人になって東京に行ってたので、その間は新喜劇を知らないですし。ほんまに申し訳ないですけど、その当時、最近の新喜劇はあんまり知らなかったですね。だから、逆に怖いもの知らずで出来たのかも知れません。

―入られて難しいと思われたのは?

まず、最初の頃は、こんな感じかなあ思ってやらせてもらったら、先輩方に「普通のお芝居やったらそれくらいでいいかも知れないけど、新喜劇やったら、「うわ~美味しかったなあ!!」って、そのくらいせんとあかん、みんなトーンが高いからそれくらいで普通に見える」と。1人だけ低いと目立つというのを実感しましたね。普通のお芝居とかじゃなくて、ボケとかもある訳じゃないですか。ここのボケをいかに生かせるか、という手前をどんな感じで言ったらウケるかなんて、普通のお芝居じゃ考えないじゃないですか。そこが、「なるほどな」ということはありました。あんまりテンション低くてもウケないし、だからと言って、逆に、「さあ、これから面白いこと言いますよ~」と振りかぶり過ぎてもウケない。そういうところが難しいな、と。
(稽古の短さは?)
未だにもっとしたいですけど…皆さん、すごいなあと思うだけですね。僕はホンマに入念にメチャクチャ稽古してやりたい方なので(笑)
(あはははは)
もう、人一倍。やっぱり、1人で早くに台本もらっても、そのつもりで行ってもやっぱり実際皆さんとやってみたら全然、違うじゃないですか。その辺も、もっとうまく出来たらなあと思います。

―初舞台は覚えてますか?

入って初めて行った祇園花月で、いきなり結構な役をいただいたんですよ。ほぼ出ずっぱりで出してもらえて。それはすごい印象に残ってますね。その時、何もわかってなかったんで、毎回すちさんに「もっとこういう感じで」って、アドバイスもらって。それも基本的な「もっと背筋伸ばす」とか、見え方のこととか。何もわからんうちに気づいたら終わってたぐらいの感じでした。その時は、逆に緊張してなかったんです。何も知らんから、気楽に出来たというか。その次の週、NGKでオープニングでちょっとした役をやった時の方が緊張しました。

―印象に残ったアドバイスは?

皆さん、いろんなアドバイスをくださるんですけど…。いまだに注意されるのは、すちさんや藍さんから「自信もって出るようにならな」と。僕、見た目、シュッとしてると言ってくださるんですけど、そういう人間として生きて来なかったんです。例えば、「俺、イケてる、カッコいいやろ?」みたいなのはなくて。雑用とか下っ端の仕事してきた人間なんで、どうしてもそれが出てしまう。お芝居にも響いてくるから、自信持って、堂々としとけと言われるんです。でも全然出来てないです。僕の場合は、フリになったりとか、変わった人の前に出て来たりなので、もっと自信持って出来るようにならなあかんな、と。
(かなり意識してる?)
にじみ出るもんなんでしょうかね。意識はしてるんですけど、どうしても不安なところが、出てしまうようで。
(ヤクザ役とかもされてますよね?)
たまに。初日とか、どうしても「端々に優しさ出てるで」って言われます。
(あはははは…)
僕、末っ子長男で、女の姉弟が多かったから。しゃべり方とかもどっちかというとやわらかい感じやったんで。
(あ、そうなんですね! 何人姉弟?)
3人姉弟で、姉・姉。そんな部分もあって、どこか役になり切れない部分もあって。堂々と出来るようにならないと。
(名前も「優」ですしね)
そうなんですよ。たまにそれ言うんですけど。

―5年目に入って、こんな役をやりたいとかは?

基本的なお芝居をちゃんとできるようにならなあかんな、というのはありますし、見た目シュッとしてて面白い人というのに、憧れがあるんで。新喜劇ではないですけど、チュートリアル徳井さんとか、カッコいいのに面白い人じゃないですか。そういう引き出しとかを作れたらなという野望はあります。まずは基本的なところが出来るように、もうちょっと頑張りたいですね。
(ちなみに奥様は?)
ちょっと諦めてるっていうか。奥さんがしっかり働いてくれているので申し訳ないっていう部分はあるんですけど、「もう、しゃーないっ」と思ってる感じじゃないですか。さすがに出番増やせるようにとか、やんわり言われたりしますけど。
(今、和歌山にお住まいなんですね?)
そうなんですよ。家族がいまして。
(通いですか!?)
通ったりとか、通えない時もありますけど。1時間半くらいかけて通ってます。

―新喜劇を続けられていく上で目標は?

最初の頃からすごいな~と思っていたのは、一の介師匠とか…。ちょっとジャンルが違うと思うんですけど。愛されている人というか。ギャグあって、いじられて。お芝居した時はちゃんとやられるじゃないですか。なんか、すごいな、というか、尊敬ありますよね。もちろん、座長の方は皆さん、すごいんですけど。
(ギャグはあるんですか?)
ギャグはね、特になくて。すちさんに髪の毛いじられるくらいですかね~。果たして僕に合うものがあるかどうか。野球をやってたんで、「今別府ジャパンで野球やってます」くらいの感じかな。野球っていう特技は舞台で出せるものでもないですから。

―ハマっていることや趣味は?

趣味とかで言うと、散歩は好きなんですけど。
(散歩!?)
歩いたりとか。普通に街でウインドウショッピングとかも含め、歩くのが好きです。田舎でも歩きますし…。あとは、映像。先輩の石橋洋貴さんと一緒にTwitter用のドラマを作ったりしてます。石橋さんが主役の「刑事石橋」っていう。
(あははは。そこ?)
iPhoneで撮影して、僕がアプリで編集して。台本は石橋さんが考えたやつがあって、当日誰か来れないというと、その都度、変えながらやってます。でも、基本的には話なんてあってないようなものなんで(笑)、適当にやってるだけで、「誰がなにしてるねん!」みたいなんをツッコんでもらおうと思って作り始めたんで、見てくれた人は「あれ、なんなん?」て。「ドラマ作ってます」というと、ちょっとカッコよく聞こえますけど。ただの茶番映像みたいなものです。今後活動の幅が広がればいいんですが…YouTubeとか。何かしらやっていけたらいいですね。

2019年7月1日談

プロフィール

1981年5月18日和歌山県海南市出身。
2014年金の卵7個目。

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