第95回 曽麻綾(そうま・あや)

死ぬ気になったら人間なんでも出来るもんやと思いました。


―曽麻さんはカナダご出身ですね。

生まれも育ちもカナダです。私が高校1年生の時まで、弟と4人家族で住んでたんですが、父が転勤で神戸へ引っ越すことになり、次に母が実家の都合で日本に帰ることに。4歳下の弟は、その時はまだ小学生だったんで、神戸の父の元へ引っ越して、私は高校3年生から大学の2年の17~19歳までカナダで1人暮らしになったんです。でも、周りでも高校の時か1人暮らししてた子もいました。
(外国ではそんな感じなんですね)
大学まで行ったんですけど。大学を卒業する年に新喜劇のオーディションを受けたので、卒業せずに中退みたいな扱いになっています。カナダの大学は制度が日本とは変わっていて、成績次第で飛び級とかが出来るんです。私は高校の時に大学2年生ぐらいのことをやっていて、大学の2年目の終わりくらいに10個目オーディションを受けて、奇跡的に2次審査に来てくださいという連絡があったんで、大学をそこで辞めて…。
(え~っ!? もったいない)
メッチャ言われます(笑)

―元々は何を目指されてたんですか?

元々は外交官になろうと思ってて。ずっと学部とかで学んでても、「これで合ってるのかな~」って悩み始めた時に、新喜劇をネットで見たんです。というのも父が関西人なんで、吉本新喜劇がすごく好きやって。私が小さい時にカナダに親戚から新喜劇のビデオを送ってもらってて。それで初めて知ったんです。私は日本語しゃべれなくて、言葉はわからなかったんですけど、面白いのは伝わるじゃないですか。5歳くらいの記憶なんで、ちゃんとは理解してなかったんですけど、「面白いな」とずっと思ってました。大学で1人暮らしをするようになって、いろいろ考え始めた時にストレスを感じて、ふと新喜劇を調べてみたら、たまたま英語字幕つきの新喜劇が出てきたので、それを見て「あ、面白いな~」と。正直、大学で精神的に病んでた部分もあったので、ほんとに新喜劇からパワーもらいながら1年半くらいやってました。

―新喜劇を受けようと思ったきっかけは?

新喜劇とは無縁の世界で、入りたいという考えにも至らなかったんですが、9個目のジャボリ・ジェフさんが「初の外国人座員」という記事を見て、「えっ!? 外国の人も入れるんや」と思って、来年10個目のオーディションがあるんだったら、応募だけしようかなと思ったんです。
(カナダから応募?)
そうです。カナダから応募しました。
(日本にはオーディションの時だけ来られたんですか?)
遠いので、1日無くしちゃうと、授業に追いつけなくなるんです。大学を辞めるか、受かる可能性ゼロの新喜劇というものに挑戦しに行くかという選択肢だったんですけど、思い詰めていたのもあって、「もし、明日死んじゃったら、これに挑戦しなかったことの方を後悔するなあ」と思って。それですぐに飛行機を予約して飛んで行きました。
(それ、まったく同じことをジャボリさんが言ってました)
えっ!? そうなんですか? 恥ずかし~あはははは(大笑い)。
(あはははは~ビックリしました。全くおんなじで)
ホントですか!? メチャクチャ恥ずかしい~。でも、人生は一度きりなので、出来る経験はすべて、いい事で他の人に迷惑をかけなければやってみたいなと思うので…。
(オーディションを受けることにご両親は?)
お父さんは新喜劇も好きで、どっちかというと「楽しい方がいいんじゃない?」という人。ただ母は、ちゃんと学業に専念して、いい職業に就いて、安定した暮らしを得た方がいいだろうという人やったんで、絶対に反対されるやろなと思って、受けることは相談しなくて、受かってから事後報告したら、一言「頑張ってね」って言われました。

―言葉の壁はどうやって?

私は中国人と日本人の間のハーフで、それまでは英語とフランス語ばっかりでしたし、家でも「ただいま」とか「お帰り」とか「いただきます」いう程度の日本語しか使ってなくて、ちゃんとした会話を学んでなかったんです。最初に書類を送った時は、調べて全部書き写した感じだったので、新喜劇の2次審査ってなった時に、「これはヤバい!」ってなって。面談と特技披露だったんですけど、日本語がしゃべれないという理由で落とされたくなかったんで、とりあえず、何を聞かれるかというのを想定して答えを考えておいて、音で暗記して答えました。
(えええ~っ!?)
今思うと、ところどころ回答になってないことを言ってたと思います。
(特技披露は?)
エアカナダのCAというテーマで英語を使って歌を歌いました。カナダの航空会社さんなんですけど、ちょっと丁寧さに欠けてるようなところがあって、CAさんのモノマネみたいなのを、英語を使いながらネタにしました。6~7人が一緒の中で私が一番最初で、メチャクチャ緊張してて。覚えているのは、その時、社員さんと一緒に川畑兄さんがいて、「クスッ」と笑ってくれた音が聞こえたので、「あ、よかった」と思ったのをメッチャ覚えてます。静まり返った中で、その「クスッ」がめちゃめちゃ大きくて、ちょっと落ち着きました。

―3次審査はお芝居。台本を覚える時は?

激ヤバでした。ホントに。しかもいろんな役があって、それを「全部できるようにしてください」と言われたので…。新喜劇を目指すとなってから日本語を勉強しはじめたので、その時はまだ、漢字も読めないですし。インターネットを使って全部にローマ字でふりがなを振って、音で覚えてました。読めるものもあったので、「これみたいな感じ?」と、1個1個やって。
(台本が届いてから時間もあまりないですね)
覚えるのに必死でした。あと、グーグルの翻訳機能ってしゃべってくれるじゃないですか。ロボットみたいですけど。それで発音だけ確認して、新喜劇も見て、「このセリフはたぶんこの言い回しだ」と思って、そこで照らし合わせて覚えていった感じです。
(学習能力が高い! ほんとに頭のいい人なんですね~)
いやいやいやいや~でも、その時「死ぬ気になったら人間なんでも出来るもんや」と思いました(笑)。明日死んでもいいように、毎日出来る限りやろうと思って…ハイ。その時はちょっとおかしかったですね。満腹中枢も狂ってたと思います。緊張しすぎて全然お腹も減らなかったし、あんまり食事もせずに、なんとか覚えることが出来ました。いざ審査に行ってみると、ほかの女性の方はお芝居をされていたり、芸能関係をされていたり。私はほんっとにお芝居とかやったことなくて、初めてで、しかもわからない言語だったんですけど、すごく楽しいなと思って。それがメッチャ忘れられないです。皆さんのレベルが高くて、明らかに私が低かったんで、「ああ落ちたな、いい思い出だったな」と思って帰ったら、次の面談にも呼んでいただけて…。
(すごいですね。特にイントネーションが難しいかと)
関西弁は苦戦してます。いまだに自分は標準語なのか、何語しゃべってるのか、よくわかってないです。たぶん、いろいろ混ざってるんだろうなって。
(全然通じてますよ)
よかったです。

―人生を変えた新喜劇の魅力は?

自分自身の話になるんですけど、正直、それがないと世の中が回らない職業もあると思うんですけど、でも、現代って心を病む人も増えてるじゃないですか。そうなったら、意味ないなと思って。笑って生きていけたら、一番最高の人生になるんじゃないかなと。それを私に提供してくれたのが、新喜劇だったんです。私にはお笑いのセンスもないんですけど、新喜劇って団体競技なんで、1人が笑わせなくても、例えば、セリフを言ってる人がボケなくても、その人のフリによって次のボケがメッチャ生かされる。それって両方いないと成立しないじゃないですか。となると、そこにちょっとでも加わることが出来たら、生きててよかったなと思えるかと思って(笑)
(笑いに関しては、カナダと違うのでは?)
そうですね。私、カナダのお笑いとかはあんまり見てなくて…。面白いなとかは思うんですけど、結構、ブラックユーモア的な方がウケるんです。新喜劇って、割と幅広い層が見ても面白いのは、わかりやすくて、ちゃんと筋が通ってて、見てる人に「ここが面白い」というのがわかるからだと私は思ってるので。そういうお笑いの方が面白いなと思ってやってみたいと思ったんです。

―新喜劇にはタテ社会がありますが。

私にとってはタテ社会の存在自体が新しかったです。カナダでは友だちのおばあちゃんとか呼び捨てなんですよ。失礼でもなんでもないし、タメ口でもしゃべりますし。それが普通やったんで。もちろん、気遣いとか気配りはしますけど。日本はそもそもタテ社会じゃないですか。吉本ってさらにそれがガッチリしてる気がします。それに慣れるのにはメチャクチャ時間かかりました。何でこうするんだろうっていうことが多かったです。たぶん、文化の違いだろうと思うんですけど、先輩方にお茶を入れたりだとか、お着替えのお手伝いをさせていただくんですけど、カナダだと全部自分でやるのが普通なんです。何なら、「手伝ってほしくない」みたいな感じなんで、そこですね。私も、もちろん、手伝ってもらったらありがたいですけど、申し訳なさの方が勝ってしまって。この1年でだいぶ慣れましたけど、いまだに戸惑いますね。ただ、その魅力も感じることが出来てきて、いいなって思います。コミュニケーションとかも増えますし。たぶん、カナダとかではけっこう、個々で動いてて、自分の能力を高めることが先に来ることが多かったんですけど、そうでもないな、と思って。新喜劇ではみんなが協力するチームワークが大切。私とかまだまだ死ぬほど間違えるんですけど、その度に皆さんがフォローしてくださって。それがあるのは、このタテ社会のおかげですし、団体でやってるものだからだと思います。

―初舞台は覚えてますか?

覚えてます。祇園花月の藍姉さんの週で、カメラマンの役でした。今別府兄さんがディレクターで、そんなにセリフが多いわけではなかったんですけど、まんべんなく出番があって。舞台に慣れるのにはすごくありがたかったです。でも、セリフを完全に飛ばしちゃった日もあって、その時は、すべてがパニックになって。舞台からはけてから涙がボロボロ出て号泣しちゃったので、余計申し訳なかったなといまだに思います。その時、今別府兄さんがめちゃくちゃ優しくて、ネタとかも何回か変えたのを、その度に丁寧に教えてくださって。本来1回でわかることを、6回くらい聞き返したんですけど、それでも丁寧に教えてくださって。2日目の帰りの電車でいろいろお話もしてくださって、全然知らない世界だったので、安心できたというか、「最初の舞台は出来ないのが当たり前やし」とおっしゃったのが印象的でした。
(NGKの初舞台は?)
10個目の中では舞台デビューが一番遅かったんで、まず決まったことがうれしくて。オープニングのカップル役で、「誰か~誰か~」と助けを呼ぶ役だったんですが、その「誰か~誰か~」が全然出来なくて。声が通らないし、動きもメチャクチャだし。どうしたらいいんだろうと思ってたら、その時、一緒だった松浦景子姉さんが、「カラオケとかで練習したら?」ってアドバイスくださって。1人でカラオケボックスで「誰か~誰か~」って叫んでたら、実際に店員さんが来ちゃって、「すみません!」ってなったことを、一番よく覚えてます。
(稽古時間の短さが大変だったのでは?)
私、緊張したら何も理解出来なくなって、全く入って来なくなるんです。私からも出せなくなっちゃって。指示を出されても「え?どういう意味?」ってなってるんですが、口からは日本語の「はい」しか出て来ない。「はい」って言うんですけど、「はい」って思ってないから、悲惨なことになってました。最初の頃はすっごく緊張してたんで、終わってから、近いお姉さんに「さっきはどういう意味だったんですか?」って聞いて、「なるほど」って。最近は稽古の時に、まず自分の精神を落ち着かせようとしてます。

―これまでで印象に残っている舞台は?

すち兄さんの「キャメラマンの須知井留さん」という舞台で、初めて幕が上がってから下りるまで結構出ずっぱりで。セリフは少なかったんですけど、間近で須知兄さんとか清水兄さんとかいろんなお兄さんお姉さんを見て、いろいろ学んだ週でした。写真館のアルバイト役で帰国子女という設定で、初めてボケもやらせてもらって、すごい楽しかったです。自分のやったことで皆さんが「ワーッ」となって。考えてくださったのはすち兄さんですけど、私にとっては母国語をしゃべってるだけなのに、「こんな風になるんや」ってメッチャびっくりしましたし、言い方で全然違うことに気づいたりもしたんで、すごい勉強になりました。
(英語のセリフも増えて来た気が)
最近は英語も使わせてもらえる機会が出来て、めちゃめちゃ嬉しいです。
(フランス語や中国語も出来るとか)
カナダの公用語が英語とフランス語なんです。私が住んでた地域は英語をしゃべる地域でしたが、小学校から大学までフランス語の学校へ行っていたので、英語とフランス語はしゃべれるんですけど、中国語はまだまだ。「ワールドツアー」の上海公演で前説をやらせてもらって、松浦兄さんが日本語でしゃべって、私がそれを訳すという形だったんです。そもそも発音が合ってるのかどうかわからなかったんですが、お客さんの反応があって、良かった、と。
(貴重な存在ですね)
やっと2年目に入ったんですけど、今まで何をして生きてたんやろ? と思うくらい、いろんなことを経験させてもらってます。自分の30年分くらいの経験をこの1年でやったような気がします。
(まだ30歳になってないですよ~)
あははは(笑)でも、そのくらいの気がします。

―この先やってみたい役は?

いろいろやってみたいですね。何故かわからないですけどNGK以外は9割警官の役なんで(笑)。いつかガラの悪い役もやってみたいなと思います。いつも大人しそうとか、きっちりしてそうとか言われるんで、ヤンキーみたいな役とか。新喜劇ってヤクザとかいっぱい出てくるじゃないですか。それを見て新喜劇って面白いなと思ったので、そういう役もやってみたいです(笑)。出来ないかも知れないですけど…
(英語を使った役は?)
特技として活かせるのはうれしいですし、英語でボケれたら面白いなと思います。自分が出来るタイプのボケをまだ把握出来てないんですが、言葉で笑いを取るというか、ちょっと考えさせる笑いというか。賢くボケたいというか。
(カナダのブラックジョーク的な?)
そうですね、新喜劇が好きなんですけど、そういうことも出来たらな、と。芝居に合うのかどうかわからないですけど。もっと自分で面白いことを考えていかないと、と思います。

―新喜劇の中で目指す先輩は?

いろんなお姉さん方にお世話になって、ツアーも回らせてもらったんですが、藍姉さんは人間としても芸人としてもすごく尊敬してます。発想とかがすごいな、と。舞台上だけでなく、ふだんでもボケはりますし、メチャクチャお忙しいのにアドバイスも本当にたくさん、丁寧にくださったり。みんなに優しいし。全然タイプは違いますけど、藍姉さんみたいになりたいなと思いますね。
(藍さんからのアドバイスは?)
私はセリフの発音とかを先に考えちゃうので、いまだにお芝居が下手で、セリフが棒読みになっていることも多いんですが、それで悩んでた時に「あなたは努力する人やから、それは絶対報われるから、続けるんよ」と言ってくださって、これからも新喜劇をちゃんと勉強しようと思いました。
(まだまだこれからですから、頑張ってください)

―プライベートとかでハマっていることは?

私、新喜劇以外でも、漫才とかピンネタも好きで。吉本のお笑い全体がメチャャクチャ好きで魅かれたところがあって。12月9日に「新喜劇-1グランプリ」っていうイベントにも出させてもらうことになりました。新喜劇とピンネタって、笑いの取り方がメチャクチャ違うなって思うんで、ピンネタを考えることにハマってるというか、考えてますね。
(好きなお笑い芸人は?)
和牛さんとネイビーズアフロさんがメチャクチャ好きで。ネイビーズアフロさんは神戸大学出身のお笑いコンビで、やっぱり賢い感じの漫才されてて。ボケが皆川さんて方なんですけど、正しいことを言っているのに、ちょっとイラッと来る、それが好きで。あとは和牛さんの水田さんの細かい指摘が正しいところ。漫才ではその2組が好きです。

2019年11月25日談

プロフィール
1998年5月28日 カナダ出身。