第106回 咲方響(さかた・ひびき)

笑いを通じて、人を明るく出来るようになればいいですね。


―島根県ご出身ですが、お笑いはお好きでしたか?

お笑いを見るのは好きでした。でも、自分がやるというのは一度も考えたことがなくて。「なんで新喜劇来たの?」と聞かれるんですけど、自分でもいまだにわかってなくて。「なんでいるんやろ?」って感じですね、今(笑)。
(小さい頃は何になろうと思っていたんですか?)
ずっと正義のヒーローになりたかったんです。
(えっ!?)
正義って最後に勝つじゃないですか。私、すごい負けず嫌いで、「正義が勝つ」っていうのが、カッコよくて。正義のヒーローに憧れてたんです。
(何を見て、ヒーローになろうと?)
いろいろ見てたんですけど、幼稚園の頃に戦隊ヒーロー物の「爆竜戦隊アバレンジャー」とかを見てたのが一番大きかったですね。変身グッズも持ってました。小学生の時は、警察官とか自衛隊とか消防士とかのお仕事に変わって。それは、なりたいって親に言った時に、「危ない」って言われたんですよ。小学生だったんで、親が許してくれないことは出来ないんじゃないか、って思っちゃって。そこで、将来の夢っていうのがない状態のまま、中学校・高校と一切、夢が無くって。

―夢が無かった学校生活、部活やスポーツはされてましたか?

してました。中学はサッカー部です。女子なんですけど、男子サッカー部に混ぜてもらってやってました。
(運動能力高いですね!)
悪くはなかったと思います。負けず嫌いだったんで、何とかして勝とうとしているうちに、メッチャ体力とかつきました(笑)。でも、高校では男女一緒にサッカーが出来なかったんです。見てるくらいだったら、別なことしようと思って、ダンス部と茶道部を兼任してました。友だちとなんか楽しく出来るところに入ろうと思って、茶道部が楽しそうだなって。でも、高校1年の終わりに2年生になれなくて・・・。
(えっ! 留年?)
というか、午前中寝てたんですよ。勉強は学校に行かなくても家でやったら出来るやん、と思ってたんで。ただ、楽しいことだけはしたかったんで、体育祭とかは全部行ってました。だいたい5時間目から学校へ行くという生活をしてたら、体育以外の単位が落ちてしまって。「2年生になれないよ」と言われた時に、もう高校辞めることにしたんです。
(思い切りましたね~)
高校を辞めて、島根って何もなくて、働くところもないし。さすがに何もすることがなくて、もう1回やり直そうと思って、通信制高校を始めたんです。でも、やりたいこととか進路が明確じゃなかったんで、どうしようかなって思っている時に、高卒認定資格試験を見つけて。これやったら、一瞬で資格を取って大学へ行けるというのがわかったんで、通信制も辞めちゃって。1~2か月くらい頑張って勉強して資格を取りました。とにかく、面倒くさいというか、好きじゃないことを長々とやりたくなかったんで。短期で集中してやりました。それで関西の大学に入って、大阪へ出て来ました。

―関西の大学では何を目指して?

さっきのヒーローの話に戻るんですけど、小学校5、6年頃の憧れで、アイドルとか女優になりたいって、言ってて。芸能人ってキラキラしたイメージがあって、小学生なりに、なんか「勝ってる」感じがしたんですよ(笑)。そう思っていたのをその時に思い出して、挑戦してみようかなと思ったんです。それで、舞台系の学校を捜しました。学校を面倒くさがる癖があったので、短期で終わってしまおうと思って、大阪芸術大学短期大学部に行きました。
(舞台女優やタレントを目指して?)
というか、なれる知識があったらいいなと。2年間でどうしたいとか、事務所に入りたいというのはなくて。とりあえず、大学で基礎を身に着けようと思って。負けず嫌いが働いて、2年間頑張って行けて、いろいろ舞台とかにも出させてもらいました。

―新喜劇に入るきっかけは?

2年生で卒業後を考えないといけないという時に、新喜劇のオーディションがあったんです。新喜劇はもともと島根にいる時から好きで、小さい頃から見てました。島根って、関西と違って、そんなにお笑いの番組とかやらないんですよ。ちょうど学校から帰った時間に、新喜劇が流れてて。家族が録画してくれてたんですけど、弟たちと一緒に見始めたのがきっかけで。面白いなと思って見続けてたら、いつの間にかハマってた、という感じです。辻本さんの茂造を見て弟がゲラゲラ笑ってて、というのを覚えてます。大阪に出て来てからも西梅田劇場(閉館)が近かったんで、新喜劇を見るために通ってたんですよ。最前列で見たりして。
(そうなんですね~)
お笑いをやるのは頭になかったんで、まず無理だろうとは思ったんですが、オーディションを見つけた時、挑戦しないと始まらない、と思って。

―オーディションはいかがでしたか?

実は私、書類を出したことを忘れてて・・・。
(えっ!?)
書類を出すのが遅かったからか、2次審査までけっこう、間があったんです。11個目でも佐藤美優さんとかの審査が先にあって、合格がツイッターに上がってたんで、その時にもう、「11個目、終わったんやな」と思って、忘れちゃってたみたいで。2次審査のお知らせが届いたのが、審査の2、3日前だったんですよ。審査の当日が、大学の舞台公演の本番の前日で、ゲネがあったんです。ありがたいことに主役をもらってたので、先生に相談したら、「行っといで」と言ってくださって。ゲネが午後で、朝イチに審査に行かせてもらうことになって、すごいバタバタしてたんです。自己アピールもな~んにも考えてなくて。他の方のを見て、その場で即興で考えてやろうくらいの気持ちでいたんですよ。そしたら、4~5人いた中で、一番最初に当てられて・・・(笑)。
(あら~(笑))
「どうしよう!?」と思って、とっさに、「私、バラになりたいんです!」と口走ってしまって。本当は「バラの似合う女性になりたいんです」と言いたかったんですけど。社員さんも「え!?」ってなって、「それは豚のバラなのか、花のバラなのか、どっちなん?」って、反応してくださったので、緊張がほぐれて、普通にミュージカルの歌を歌って終わったんです。他の方々はネタを考えて来たり、ちゃんとアピールしてたので、「落ちたな」と思ったら、なんか楽しくなってきて。他の方のネタを見て、お客さん?ぐらいの感じで笑ったりしてたと思うんです。「すごい楽しかったな」って思って、急いで帰って、ゲネに行ったんです。

―3次審査に進まれましたね。

2次がぐちゃぐちゃだったので、3次審査のお電話いただいた時は、一瞬ウソかな、ドッキリなんかな? と。でも、3次まで来たら、ゆるっとしてられないなと思いました。記憶は昔から割と得意な方で、セリフを暗記することは問題なかったんですが、関西弁がまったくわからなくて。よくわからない単語とかイントネーションだけ、関西いる親戚に電話で教えてもらって、暗記して行きました。大学には関西の子も多くて、ほんの少し耳は慣れてたはずなんですけど、口に出すっていうのは難しいんだな、って。
(受かった時は?)
あんまり覚えてないんです。同じ時期に一緒に入った岩崎タツキさんと2人、最終面接に行ったら、新喜劇に入るのをやめようと思ったら、1週間以内にお電話ください、という話だったんですけど、辞める気はなくて、親に「受かったよ」って電話した気がします。そこの記憶は抜け落ちてます(笑)。実感がないまま、レッスンが始まって、先輩方にごあいさつに行かせてもらった時に、客席から見てた方が目の前にいらっしゃって、やっと実感がわいた感じです。舞台もお披露目ライブが決まってたんですけど、新型コロナの関係で流れて、劇場も閉まってしまって。1年くらい何にもなかったんです。まだ大学の舞台とかがあったので、不安は少なかったんですけど。

―初舞台は覚えていらっしゃいますか?

覚えてます。NGKの川畑兄さんの週でした。清水啓之兄さんと小寺真理さん、岩崎タツキさんとオープニングのカップル役で出させてもらいました。
(緊張はありました?)
昔から、舞台に立つとか人前に立つとかは、あんまり緊張しないみたいで。以前は客席から緞帳が上がるのを見ていたのが、舞台袖から見られるのがすごくうれしくて。そのまま舞台に出たので、緊張はなかったです。
(大物ですね!)
でも、もともと大きい声が出せなかったり、いろいろ課題もあって、それを意識しすぎると、お芝居に集中できないし。お芝居に集中しつつ、改善しないといけないところに頭を回すっていうのが、難しくって。大きい声はいまだに出ないですね。けっこう高くて細い声なので、「よく通る声だね」とは言っていただけるんですけど。もっと声の幅を広く、届く声にどうしたら出来るかというのは、日々、考えていてもわからない状態です。

―印象に残っている舞台は?

今年2月に出させてもらった、すち兄さんの「すち子の、万引き犯をつかまえろ!」というスーパーが舞台の作品で、初めてセリフの多い役をいただいたんです。スーパーの店員役で、セリフが増えれば増えるほど声を張り続けることや、関西弁のイントネーションが難しくて。一番難しかったのが、しゃべりながらスーパーのレジを打つシーン。お客さんとしゃべりながらレジを早く打つのが、次のボケにつながるので、けっこう苦戦しました。その直後に暗転になった時に、すち兄さんが「もうちょっと早く出来る?」とアドバイス下さって。何日目かの暗転の時に「完璧!」と言って下さったことがあって、それはすごいうれしかったですね。相手のお客さん役が同期の佐藤美優さんだったので、一緒に練習に付き合ってくれたのもありました。

―見る方から演じる方になって感じる新喜劇の難しさは?

西梅田劇場に同じ週の新喜劇を何度か観に行ったことがあって、新喜劇って、セリフがすべて決まっているわけじゃなくて、ボケとかその都度変えてらしたり、アドリブが凄いというのは、ちょっとだけ知ってたんです。稽古時間が短いのも知ってはいたんですけど、いざ入って、台本をいただいくと、そのスピードの体感が全然違うんです。大学の舞台って、それこそ半年とかかけてやっていくんですけど、新喜劇は稽古の次の日に舞台に立ったら、もう完成されているって感じで。それについていくのが、なかなか難しかったです。貴重な体験させてもらってるなって、毎日、楽しいのは楽しいです。
(大阪弁には慣れました?)
うふふふっ(笑)、難しいですね、ホントに。新喜劇の方々ってよく教えてくださるんです。まりこ姉さんが一緒の時とかは袖で見ていてくださったりもするんですよ。同じ11個目の伊丹祐貴さんは、話しやすい先輩でもあるので、ご一緒させてもらった時に、よく聞きに行ったりとかしてます。

―先輩からの言葉で心に残っているのは?

いろいろアドバイスもいただくんですが、人って褒められるとけっこう、覚えているじゃないですか。スーパーの店員の週だったか、清水けんじさんが一緒に階段を下りてる時に、演技とかをいろいろ褒めてくださって、「まさか、そんなに出来る子やと思ってなかったわ」って言ってくださって。なんかうれしくて・・・覚えてますね。普通に階段を下りて行きながら、日常の会話のように、さりげなく褒めてくださったんで、カッコいいなって思いました。
(褒めて伸びるタイプですね)
褒められたい、ですね(笑)。でも、指摘もうれしいです。いいところは褒めてくださって、悪いところは教えてくださるのがいいですね、なんか(笑)。
(島根のご家族はご覧になってますか?)
実は、島根では今、新喜劇が放送されてなくて。すごい応援してくれる家族なんで、配信してるのを買ってくれるんですよ。TVerとかMBSさんの動画イズムとかを家族全員で見てくれるんです。さらにこっちで放送してる分を私が録画して、実家に送ってるんですけど、それも何回も見てくれるんですよ。うれしいんですけど、私としてはブルーレイ焼くのが面倒くさいというか(笑)。でも、保存したいみたいで。ありがたいですね。
(いいご家族ですね)

―お世話になっている先輩はいますか?

一番お世話になっているのが、秋田久美子姉さんです。私のバイト先の女将さんが女優さんとかしていらした方で、久美子姉さんと仲が良くて、新喜劇に入るっていう話を女将さんにしたら、久美子姉さんに会わせてくださって。お時間作ってくださって、カフェかなんかで一緒にお話させてもらいました。それ以来、ですね。わからないことがあったらいつでも聞いてねって、いう感じで、初舞台の時とかも心配してくださって。知り合いがいないところに入って来てるので、久美子姉さんがいろいろ教えてくださったり、声をかけてくださるのが心強くて。今でも何かあったら、久美子姉さんに連絡取ったりして、お世話になってます。

―舞台でやってみたい役は?

最初は警察官がやりたかったんです(笑)。
(正義の味方に戻ってきましたね!)
ふふふふ。やっぱり、やれるなら、舞台でヒーローやりたいですね(笑)。警察官とかやりたいですけど、やってるうちに、まったく真逆なんですけど、借金取りもいいなって思い始めて。派手な服を着て、舞台でボケれるようになれればいいな~と。
(目指す先輩とかは?)
役柄とは全然関係なくなるんですけど、宇都宮まき姉さんです。王道のマドンナなんですけど、ボケたりも出来る方。舞台袖で見ていて何回も「すごいな~」って思うことがありました。いろんな姉さん方、対応力とかある方がいっぱいいらっしゃるので、なれるものなら、皆さんになりたいです。全員になって、1個の強そうな奴になりたいです(笑)

―新喜劇で目指すものはありますか?

ポジション的には定まってないんですけど、漠然と今考えているのは、新喜劇とかお笑いって、人に元気を与えたり、人を明るくするじゃないですか。ヒーローというのではないですけど、そんなお笑いの力を活かして、人を助けることは、この世の中、きっと出来ると思うんです。私も学校とか面倒くさくて行きたがらなかったことがあったんで、学校に行けなくて悩んでる子とか、学校は関係なくても、ちょっと元気が欲しいという人に、笑いの力とか、経験とかで、元気とか救いじゃないですけど、どんな形でも何かを与えてあげられるような人になりたいなと思いました。新喜劇で力をつけて、いろんなことを学んで、笑いが取れるような感じになっていったら・・・。今はユーチューブとか、携帯ひとつで、配信できるじゃないですか、自分から笑いを届けられるくらい、強くなれたらなと思います。
(お笑いのヒーロー、いやヒロイン、期待してます)

―今ハマっていることや趣味は?

そうですね、めっちゃハマってるわけでもないんですが、ゲームの「フォートナイト」。ちょっと前に弟がいらなくなったゲーム機のスイッチとかを私にくれたんですよ。せっかくだし、やってみようかなと思って始めて。新喜劇のお兄さん方もやってらっしゃる方が多くて。奥重兄さんと、啓之兄さんと伊丹さん、あと辰巳さんとかに誘っていただいて、夜、一緒にボイスチャットでゲームしてるんです。けっこう、いろいろ操作が多くて難しいんですけど、私はゲームというより、お兄さんたちといろんな話をさせてもらうのが楽しくてやってます。
(長い時間やるんですか?)
やり始めると2~3時間経っちゃいますね。自粛期間になって、人に会うということがそもそもないので、ボイスチャットでも誰かと話せる時間っていうのがけっこう貴重というか、大切なんだな、って思いました。

2021年6月2日談

プロフィール
1999年3月9日 島根県出身。
2019年12月 金の卵11個目。