MBS(毎日放送)

第66回 奥重敦史

声はでかいですけど、プレッシャーに弱いんですよ。

―NSC23期ですが、最初はお笑いを?

漫才やってました。
(きっかけは?)
めっちゃベタなんですけど、僕は広島の尾道市出身で、お笑い番組は「ダウンタウンのごっつええ感じ」(CX)かナインティナインさんの番組くらいしか放送がなかったんです。「ごっつええ感じ」を見て、松本人志さんが面白いと思ったのがきっかけなんです。僕自身、小中学校のクラスでは明るい方やったんですが、僕よりメッチャおもろい子が1人おったんですよ。そいつに勝ちたかったんです。それが最初のきっかけですね。
(どこが負けてたんですか?)
ちょっとぽっちゃりして人気者で。だから勝てなかったんです。言葉で笑かすとかいっても、文化としてツッコミがないわけですよ。だから断然、向こうが有利でしたね。
(やっぱりツッコミの文化ないんですね)
ないです。だから「なんでやねん!」っていうのも「なに言うとんねんや」「なにしよんのや」とか……でもほぼないです。その子は別にお笑いを目指しているわけではなかったんですが、僕は高校卒業して「NSCに行く」って決めてて、当時、一緒に漫才やろうという子と一緒に(大阪へ)出てきたんです。田舎だったもんで、NSCの入り方がわからなかったんです。1年間フリーターして、お金をためてNSC入ろうと。で、1年後にNSCに一緒に入りました。

―売れるかどうかわからない世界、ご家族の反対は?

本当は中学校卒業したら(大阪へ)行こうと思ってたんです。お笑いしたくて。そしたら親が「高校だけ出ておけ」と。お笑いで成功するわけがないから、高校さえ出とけば何とかなるやろ、と。どこでもいい、高校さえ出とけば何も反対しないといわれて、高校出ました。今では出ておいてよかったと思います。楽しかったです。

―NSC卒業後は?

結局、売れるわけでもないから、相方はすぐに(郷里に)帰りました。しばらくピンでやってた時、インディーズライブがあって、そこで「おいでやす小田」と出会って、漫才のコンビ「土瓶」を組んだんです。5年間やりました。
(なぜ「土瓶」だったんですか?)
これがね、僕、尾道出身なんですが、「きょうのわんこ」(「めざましテレビ」(CX)の人気コーナー)ってご存知ですか? そこに、「尾道の土瓶ちゃん」ってわんこがおったんですよ。そこからです。もう1っこは、「ん」がついたら売れるっていう。「運」もつきたいなという。
(「土瓶」の頃は漫才で行こうとされてたんですね)
もちろん。というか、僕、タレントになりたかったんです。MCとかしたかったんです。僕の中では、知っているMCは皆さん、昔、漫才やってはった、賞レース獲った、その先にMCになれる、というのがあって。メッチャ売れて、ロケしてラジオしたいというのが、今もあります。そのためには人に知られなあかんから、漫才ならネタじゃないですか。新喜劇なら新喜劇で売れるっていう…。
(じゃあ、まだその途上なわけですね)
僕の中では。新喜劇もその過程にしたかったんですけど、入ると楽しいし、やっぱりここで頑張らなあかん。そんな簡単なもんじゃないんで。座員が100何人もいてるから。

―解散されてから新喜劇に入ろうと思われたきっかけは?

まず、解散する理由として、「土瓶」として全く売れなかったんですよ。おいでやす小田はR-1で決勝とか行ってるから、やっぱりセンスはあったと思うんです。漫才ではボケやっていたんで、僕からしたら、こいつに負けたくないというのはすごいあったんです。何年もやってたらどんどん、どんどん仲悪くなって。ある日、小田に「飲みに行こうか、2人で」と誘われて。なんか嫌な予感するな、と。小田はたぶん僕のケツを叩くために、「お前ボケやろ、モンスタ(モンスターエンジン)の西森さんとかに勝てんのか」「今は勝てへん」「土瓶どうすんねん、1週間考える時間やるから電話して来い」と。後で聞いたら小田は1週間後に「もう1回頑張る」と言うと思ったんですって。僕はその時に、タレントになりたいというのがあったので、「ごめん、辞めるわ」と言って解散したんです。
その時、インディーズライブをやってた後輩に、今は新喜劇を辞めた安井まさじがおったんですよ。まさじとは10年くらいの付き合いがあったんです。コンビ解散して、新喜劇に入りますって辞めていったんです。先に新喜劇に行った吉田裕とも同期なんです。NSCの時からずっと友達なんです。どうしてるんやろなと思って新喜劇のHP見た時に、左端に「新座員募集」ってあって。僕からしたら、ピンネタもないし、何もないから、ちょっと行ってみようかなと、ほんまに軽い感じやったんです。もし、ここで頑張れば、タレントの道への一番近道なのかなと思って受けたんです。そんな軽い気持ちやったら、絶対落ちるでとみんなに言われながら、受かったんです。不思議なもんでね、これが。たぶん声が一番でかかったからやと思います。マジで。
(確かに声、大きいですよね)
そうです。むっちゃでかいです(笑)よう言われるんです。
―新喜劇に入ってからは?
メッチャなまってます。よく言われます。15年いてていまだになまっているって言われます。お芝居とか大きい声出すとなまってると言われます。悩みますね。

―新喜劇に入ってからは?

入る時にも「絶対怒られるから」と言われたんですけど、現に怒られましたね。声でかいとか。先輩とからんだことほとんどなかったんで。接し方もわからないし、がさつなんで…。その時、20代後半でしたから。
(どんなことで?)
(笑)えーっとね…なんやろなあ~…けっこうあっさりしてますから、忘れてますわ。気を使うというか、その人のためにやってあげなあかん、というのはよく教えられましたね。やらなあかん、じゃなくて。自分からやっていけば、自分に返ってくるみたいな。人のために動かなあかん。自分でやっとけばいいわ、じゃないというのは、よく言われましたね。吉田裕にはよく、声がでかいと怒られましたね。飲みに行ったらテンション上がって、がーっとなるんです。
(裕さんも、そこそこ声大きいですよね)
おっきいんですよ。あいつね、人のことめっちゃ言うんですよ。酔うたらあいつも声でかい。それでようケンカします。同期やからね、めっちゃケンカするんですよ。
(ふふふ)
怒られると言えば、あと、汚い、きれいにしとけとか。入った時に、わからんから、椅子でそっくりかえって座っていたりして、「あいつ、なんやねん」とか。偉そうにしてるわけじゃないんですけど、偉そうに見えるから、お前は気を付けろと言われました。僕に目が行くみたいで…。僕、2年間くらいキャバクラで働いてたんですよ。だから、ちょっとそんな雰囲気もあったんかな。

―初舞台は覚えてますか?

覚えてます。京橋花月で須知さんの子分でした。NGKの初舞台も須知さんの子分で。だから須知さんにはすごくお世話になってます。最初はヤクザ役で、僕は何もできなかったんですけど、須知さんがいろいろ教えてくれはって、ウケて。NGKの時は強盗役で。その時は見取慎太郎がインフルエンザで僕が代わりに出て…。須知さんは全然覚えてはれへんと思いますけど、めちゃくちゃ優しかったのを覚えてます。
(須知さんは面倒見がいいですね)
僕が思うには、小籔さん、須知さんはめちゃくちゃ「見てる人」やと思います。言わないけど、見てる人。ちゃんとアドバイスもくれはるし。カッコええなと思いますよ。舞台でぱーっと笑い取って。川畑さんはどっちかというと、ツッコミやから、こうした方がいいよ、ああした方がいいよ、と教えてくれるというか…。

―最初の軽い気持ちから、変わっていったのは?

けっこう、早かったですよ。あははは(笑)。無理やな~と思って。ちょっとなんかイキって、大丈夫やろ~と思ってたら、全然大丈夫ちゃうんですよ、やってみたら。そしたら、僕より何年か先に入っているまさじや裕が教えてくれる。まさじは後輩ですけど、言うことキツイですから。フリってめっちゃ大事なんで、こう振ったら、こうせなあかんとか。もちろんお芝居もせなあかん。そんなこと考えてたら、タレントとかどっか飛んで行って、考える余裕ないです。今は奥重敦史をどうやってお客さんに覚えてもらうか、一所懸命頑張るっていうだけですね。

―印象に残っている舞台とかありますか?

亡くなられた島木師匠のことなんですけど。島木師匠は、いつも全力なんですよ。お客さんも何にも関係ない。いろんな人と絡んで、全部面白いんです。ある時、辻本さんと絡みがあって、島木師匠の頭をずっと叩くんです。バン、バン、バンって。島木師匠が何10発も殴られるんです。後で師匠に「頭痛くないんですか?」と聞いたら、「全然痛ない。あいつの手の方が心配や」と言われた時に、「うわっ、カッコええ!」と思って。僕ら、「今日、(客席の)空気重い?」とか聞く時あるんですが、関係ないんですよ。もう、ぐわ~っと行くし。カッコええな~すげーな~と思った記憶がありますね。

―ご自身が出られて印象に残っている舞台は?

アカンかったな~と思うことが多いから。頑張ったな~みたいなんがなくて。
(自分自身へのダメ出しはどういう時に?)
やっぱりね、OA見て思います。その時に先輩から言われて「奥重、こうやで」「わかりました」と直しても「またなってたで」、OAでみたら、「あ、ほんまや」って。この前、川畑さんから「お前、あかんって言われたとこ、DVD撮ってもらって、見てるか? 1回見てみ。努力してへんやろ」見たら、その通りやったんですよ。だから、そういうことをせなあかんなと思いましたね。…あ、ありました! 1個!
(ありましたか!)
金の卵ライブ4個目の時です。ヤクザの親分役で子分連れて、対決ネタってあるやないですか。その時の作家さんが「奥重君、それ(対決のやり取り)本番まで聞かんとこう。本番で突っ込んであげて」と、遊びの部分を入れてくれたんですよ。入って間もない人間がそんなことしたら、絶対あかんのですけど。作家さんはそれをさせてくれたんです。僕がそっちの方が合うからと思って。やってみて、相手が滑ったんで、「何してんねん、お前!」ってしょーもないツッコミしたらウケたんです。相手のツッコミ役の子が「ちゃんと(台本通り)突っ込んであげてくださいよ」「無理やこんなもん、突っ込める訳ないやろ?」と。また台本にないセリフを言ったらワーッとウケたんで、今日は打ち上げでおいしい酒が飲めるなあと思ったら、社員さんにむっちゃ怒られたんです。「舐めてんのか? ちゃんと決めたことをみんなやっているのに、なんでお前だけ違うことをするねん」って怒られたんは、覚えてます。「ウケた~よっしゃ!」というのは、甘ちゃんなんですね。僕が。
(なんか、怒られたお話が多いですね)
でもこの前、小籔さんの週に出た時は、ちょっと長いセリフを、全部1週間ちゃんと決められた通りやりました。一応、毎回目標は立ててます。でもうまいこといかないですね。変えてやろうとかは、僕、奈良健康ランドで座長させてもらうことがあるんですが、その時って、僕がプレッシャーに弱いんで、メンバーが6人だったら「噛んでもいいから、一生懸命頑張って変えてやろう」っていう時は、変なことやってしまいますね。急に「何してんねん!」っていうことをやりたいところはあるかも知れません。
(今、さらっとプレッシャーに弱いと言われましたが…)
むちゃくちゃ弱いですよ、僕。ずっと練習してるんですけど、噛むんです。台本通りに一言一句きっちり言わないといけないとなると、ダメなんです。でもプレッシャーに耐えて強くなろうと思ってます。

―舞台ではどんな役が多いですか?

強盗や警官の役、どっちかですね。
(一の介師匠の代役で出られたヤクザ役はよかったなあ、と…)
僕も自分でよかったなと思いました。何でかというと、プレッシャーに弱いじゃないすか。あれはその日に言われたんです。稽古の1時間くらい前に電話かかって来て…。その日に言われたから、間違ってもいいと思ったんですよ。3日前にもらっててそのくらいの芝居やったら、怒られるかもしれないけど、その日にもらってその芝居やったら、しょうがないじゃないですか。だから、思いっきりやったったんですよ。やったら、うまいことなった、と。プレシャーが強い時は、いっそ出番が短い方がいいと思ってたんですが、やっぱり、初心に戻って、舞台ってずっと出た方がええなという気持ちが大事やなと。勇気もらいましたね。
(いい意味で開き直りが…)
開き直りは早いです、めっちゃ。正直、1日2日悩むんですよ。でもしょうがないわってなるんです。考えるのは苦手ですわ。皆さん考えて目標立てはると思うんですけど、すごい苦手なんですよ。もう、行ったれ!っていうのが多いです。
(それって性格ですね)
一番は楽しかったらいいというのがメッチャあります。みんなが嫌な思いせんと帰れたらいいな、と。

―なりたかったタレントとしての夢は?

ロケはしたいですね。ロケとラジオ。ラジオはメッチャやりたいです。ハガキとかに応えたいです(笑)。1時間ダラッダラしゃべりたいです。
(ロケに出られたことは?)
ないです。メッチャやりたいです。
(グルメロケとか?)
グルメロケは無理ですね。何でもおいしいから。
(どんなロケを?)
僕、人と仲良くなる自信、メッチャあるんですよ。それを活かして、田舎で何人と友達になれるかとか、「田舎に泊まろう」(TX)とか絶対できると思うんですよ。誰が見んねんって話ですけど。ただ、ツッコミの子が1人いてくれたらうまくいくと思うんですけど…。先輩がおったらビビッてしまうんで。

―この先、やりたい役はありますか?

正直、僕がずっとやりたかったのは、隣のクリーニング屋です。テキトーなおっさん、高田純次さんが大好きなんですけど。テキトーなおっさんが来て、グルグル回す役か、ヤクザ役できっちり芝居するか。どっちかですね。一番大事なのは、本筋に戻すことやと思います。ピリッとさせて笑い取って、またピリッとさせる。それはちょっとずつ出来るようになってきたと思います。
(ヤクザの親分の風格はありますけど)
そっちの方がやりやすいですけど、そうなると遊べないですわ。怒ることばっかりやから。中川貴志さんがやっていた向かいのマスター役みたいなんがすごいやりたいですね。吉田裕が回しで。なんで裕がいいかというと、回しの子は、特徴のある方が得やと思うんですよ。滑った時も助けられるから。いじったら笑い獲れるし。僕はきっちりボケを考えるより、行き当たりばったりやから。フワ~ときて、フワ~と帰る方がええんかな、あってるんかな、と。テキトーな楽しい役者になりたいですね(笑)

―ハマっているものは?

僕、ゲームむっちゃ好きなんですよ。ゲーム全般何でもできます。ドラクエ10とか、メッチャ強いです。モンスターハンターもやります。何時間やってても全然平気です。でもドミノ倒しのドミノを並べるような作業は苦手です。
(アウトドア派ではないんですね)
全然アウトドアちゃいます。でもお寺はね~見に行くのは好きです。知識は全くないですけど。田舎のお寺とか、よう行ってました。尾道の時は住んでたからあんまり見なかったですけど。お寺の雰囲気がいいんですけど、飽きるのが早いんで、すぐ帰るんです。あ、水族館も好きです。特に鳥羽水族館が好きで。何故かというと、鳥羽水族館にはちっちゃい窓がいっぱいあるんですよ。僕、飽き症やから変化するのは大好きですね。海遊館みたいに大水槽があると全部オチまで見てもうたような気がして。ま、好きというか、行って楽しかったというだけですけど。変化するのは大好きですね。

2017年6月13日談

プロフィール

1980年6月29日広島県出身。
2000年NSC大阪校23期生。
2008年金の卵4個目。

SHARE
X(旧Twitter)
Facebook