MBS(毎日放送)

第112回 松元政唯
(まつもと・まさただ)

あの時、新喜劇を選んだのは一生の選択だったと思います。

―小さい頃からお笑いは好きでしたか?

生まれも育ちも大阪なんで、お笑いとかはけっこう好きでしたね。でも目指すとかではなくて。何となくですが、舞台とか、そういう関係に行きたいなという気持ちはあったんです。
(何かきっかけが?)
う~ん…はっきりと思い始めたのは高校卒業の時くらいですか。一応、大学は行くんですけど、演劇研究会に入って、ずっと気持ちが変わらなかったというか。むしろ強くなって、進路を決めたんですね。
(好きな役者さんや舞台とかが?)
これっていうものはなくて、自然とテレビを見ていて、そういう道もあるかな、って。大学を卒業する時に、就職するか、芸能の道に進むかで、やりたい方に1回挑戦してみようという気持ちが勝ったので。「面白そう」みたいな感じでこういう方向を選んだというか。僕はけっこうわからないものに、魅かれるというか。大学に入る時もそうなんですけど、大学の学部で何をやっているかよくわからないから、そこへ行きたいと…。

―大学ではどんなことを?

神戸大学の海事科学部っていうところなんですけど、名前を聞いただけで、何をやっているか全くわからなかったんですよ。
(神戸大学! 高学歴芸人じゃないですか)
いえいえいえ。海事科学部は昔の神戸商船大学が神戸大学と合併して、学部になったんです。海の事を全般的にやってる学部なんですよ。僕、理系だったんで、受験の学部を調べてて、工学部とか理学部とかはいろんな大学にあるんですけど、海事科学部ってないんですよ。全く何をやってるかわからない。行ってみないとわからないじゃないですか。
(意外とチャレンジャーですね。大学ではどんな勉強を?)
交通系の研究室に入ったので、レンタサイクルのデータを使った研究とかをしてました。実際に入ってみると、海の事とは言いつつ、心理学の研究室もあったりするんで、範囲が広いというか、かなり変わっているんです。経済もやったり、専門的な船の構造についてだったり。実際、船に乗ったり、普通出来ないような体験をさせてもらいましたね。
(貴重な経験ですね。演劇研究会ではどんな活動を?)
僕は役者をやってみたいって思ってたので、主に役者をやってました。
(どんな役者を目指されてたんですか?)
やってる時は、どんな役者っていうのは、たぶん、なかったかなあ。台本をみんなで作っていって、何とかこの役を上手に演じ切りたいという一心でやってました。目標は舞台が上手くいくこと。毎回、そんな感じでしたね。3日~4日で5公演くらいあるんで。千秋楽まで、舞台が上手くいくことが目標でした。

―大学を卒業する時に本格的に演劇の世界を?

周りが就活してる時に、僕はどうやってそういう道に進むか調べて、東京の養成所とかも受けたんですけど、けっこう焦ったというか。就活は始まるのが早いんですが、俳優の養成所の募集とかは冬からしか始まらない。翌年4月の研究生募集が早くて10月、11月。基本1月、2月からなんです。僕は就活を捨てたんで、ある意味、背水で…。
(東京の養成所はどの辺を?)
ええっと、有名なところでは俳優座とか、青年座、無名塾とか。取り敢えず、受けに行ったんです。
(手ごたえは?)
いや~これが、ほんとに落ちまくったんです。ほとんど1次で落ちましたね。さすがに行くところないぞ、くらいのところまで来てて。どうしよう? みたいな時に、新喜劇の金の卵オーディションがあって。新喜劇は一応、見てたし、ああいう感じの芝居は面白そうと思ったんで、受けてみようと。

―金の卵オーディションはどうでしたか?

緊張してなかったですね。東京のオーディションは、否が応でも緊張したんですけど。新喜劇のオーディションは吉本興業本社で、乗ってる電車も同じというか、見慣れた風景だし。一番リラックスしてたかも知れない。
(2次審査のネタ披露は何をされたんですか?)
その時、僕「もののけ姫」歌ったんです。
(え!? あはははは~)
結局、オーディションの時に何が面白いのか全くわかってなくて。取り敢えずアピールとして、人と違うことをやろうと思って。で、たまたまYahoo!ニュースで米良さんのニュースが流れてたのを見て、「あ、もののけ姫を歌おう」って。歌って、いいところで「ありがとうございました」と言う、それだけでした。
(反応はどうでした?)
僕の思ってる感じではけっこう、良かったです。
(確かに、ミスマッチ感がすごいですよね)
はい、それが良かったかなあ、と(笑)。
(3次審査のお芝居は?)
芝居の審査の時は男女のペアで、僕の相手が川筋ライラさんで。僕から見たら、ライラさんがすごい上手かったんです。僕より4つくらい年下で中学卒業してNSCに入られた方で。その時はNSCに通われてたとか知らなかったんですが、とにかく上手かった。それにだいぶ助けられました。たぶん、ライラさんは受かると思ったんです。引っ張ってもらった感じですね。

―金の卵オーディションに受かった時は?

受かったことはホッとしました。結果、金の卵オーディションと、東京の養成所で1か所合格をもらいまして。どっちに行こうか、ムチャクチャ悩んだというか。仕事の面では東京が有利だと思ったんですけど、正直言って、というか、当たり前なんですけど、僕、イケメンではないんですよ。
(え? イケメン? うふふふ)
イケメンではないんで、個性派的な方向で行くしかない。でも、養成所にメチャクチャ落ちまくって、他の人に演劇の知識とか演技力は勝ててないというのがあって。一方、新喜劇は皆さんメチャクチャ面白いことをやられてて。僕は正直、クラスでふざけてるタイプでもなかったんです。演劇研究会の時の舞台もけっこう重い芝居が多くて、喜劇は全くなかったんです。どっちも難しいというか。でも、喜劇の世界を見てみたいと思って、最終的に新喜劇の道に。
(ここでも未知の世界を選ばれたわけですね)
はい(笑)。東京も未知の世界だったんですけど、喜劇への興味の方が勝った、という感じですね。ギリギリまで迷ってました。期限の前日に決めたくらいです。
(今、その時の決断に対してどう思われますか?)
もし、「人生がやり直せるならどうする?」って言われたら、そこに戻って、東京に行くっていう。見てみたかったもう一つの未来ですね。たぶん、一生の選択だったと思います。その選択を悔いてるわけではないのですが、ただ、純粋な興味として、東京に行った自分も見てみたかったな、と。それはずっと思うんだろうな、と思います。

―新喜劇に入ってみていかがでした? 初舞台は?

入った当初は、お笑いが全然わからなかったんですよね。お笑いのことは考えたことがなかったし。金の卵9個目のお披露目をNGKでやって、イエスシアターで9個目ライブの公演があって、一番印象に残っているのは、初舞台ですね。初舞台が祇園花月で酒井藍座長だったんですけど。舞台袖でメチャクチャ緊張しまして、それこそ過呼吸みたいになって。藍座長に「大丈夫、大丈夫」って背中をさすってもらって、何とかオープニングに出て行った記憶があります。
(役柄は覚えてますか?)
清水啓之兄さんオープニングの引っ越しの配送業者の役で、今でも覚えてるくらい、緊張しました。初日の舞台が終わって、電車に乗って帰って来て、最寄駅で動けなくなって。ベンチで1時間半くらい寝てから、やっと家に帰りました。
(は~心身ともに疲れ果てたんですね)
ほんとにもう、精根尽き果ててましたね(笑)。その初舞台が一番覚えてます。
(緊張するタイプですか?)
始まる直前が一番緊張するんです。始まっちゃうと、緊張を考える余裕すらなくなるので、舞台上はまだ大丈夫なんですけど。とにかく、始まる前の舞台袖が一番緊張してます。
(で、帰ってから精根尽き果ててる自分に気づくという。ふふふふ)
やってる時は大丈夫なんですけど、終わってからちょっとすると、それまでに積み重なったものが一気にガン!って来るんです。
(NGKの初舞台は?)
NGKの出番は短かったんですが、前を向いた時に見た客席が、見たことない空間の広さなんですよ。2階席がせり出してるので、縦に大きいっていうか、衝撃でした。その時、先輩に「声が全然出てない、もっともっと声を出さないと」と言われて。もちろん、2階席まで届くようにと言われてたんですが、自分の中では届いてない。人に何かを伝えるために喋るのはすごい大変だなと思いました。

―先輩からの印象に残っているアドバイスは?

西梅田劇場に出た時に、座長のすちさんに若手の8人くらいで、お昼ごはんに連れて行ってもらった時、僕がいわゆる「三角食べ」が出来なかって。
(ご飯と飲み物とおかずを順番にバランスよく食べるやつですね)
すちさんから「何?その食い方。親から何も言われへんかった?」って言われて。「言われましたけど、まだ直ってなくて…」と返したら、「それやったら、この世界、辞めた方がいいで」って。「目上の人の言うことを1回試して、変えてみることもせずに、アドバイスを受け入れないんやったら、この世界ではやっていかれへん」と。
(え!? 「三角食べ」でそこまで言われる?)
言われました。上の人のアドバイスをやりもせずに無視するのは、タテ社会の芸能界では生きて行かれへんで、という。確かにそやな、と。
(でも、その時のテーマは「三角食べ」ですよね?)
そうなんですけど。でも、けっこう、怖かったです。まだ舞台で2、3回しかお会いしてなくて、それですから。内心はびくびくというか。
(今は「三角食べ」してるんですか?)
だいぶ直しました。すちさんが注意したかったのはもちろん、そこじゃないってわかってるんですけど。全然関係ないようにみえるところでも、やっぱり、必要な要素は見られてるんだなあと思いました。
(すちさんは、よ~く見られてますよね。そういえば、「三角食べ」のエピソード、舞台で使われてました)
そうです。すちさんの凄いところは、そこから舞台でそのネタを喋るんです。楽屋の会話とかをほんとによく聞かれてて。すごいな、と。
(すち子さんが「最近の子は三角食べ出けへん!」って、メッチャ怒ってた)
はい、あの元ネタは僕です(笑)

―ちなみに、こだわりが強いタイプですか?

自分ではそんなつもりはなかったんですけど。こだわりが強いというよりは、マイペースで生きてきた人間なんで。なんか、絶対こうしようというのはないんですが、それで支障が無かったら変えることはないかな、と。そういう生活を送ってたので、変えるのはあんまり。苦手、ですね。でも、新喜劇では変えて行かないと。
(台本通りに喋りたいタイプですか?)
そうですね。そういうのが結構強いですね。でもそのやり方じゃうまく行かないのかなと。毎公演違いますし、アドリブとかが入った時に、修正が効かないんです。そこも意識して、台本通りに喋るんじゃなくて、台本はあるけど、自然な会話をしている。すると、アドリブが入っても、演じてるキャラクターの気持ちで返せるっていうのを教えてもらって。いろいろな先輩から言われるので、皆さん、先輩方もそうだったのかな、って思います。

―目標にしている先輩はいますか?

入った時とかは、オクレ師匠ですね。オクレ師匠ってずっと出られてて、キャラが確立されてて。僕もそんな感じなのかな、と思って。入った時は。そう思ったんですけど、ほかの先輩のことも盗めないかな、と。それこそ、すちさん、藍さんとかも、当然目指したい。いろんな先輩を目指して頑張って行こうかなと思って。なりたい先輩はいっぱいいて、尽きないです。
(ご自身のPRポイントは?)
どこでしょう? う~ん、え~まあ、僕は、やっぱりヒゲというか、現状はやっぱりヒゲが濃いのをいじってもらいたいです。ヒゲは大事にしていきたいです。「青ヒゲ!」で笑ってもらえるので。あと、メガネを外したら、雰囲気が全然違うんですよ。
(あ、確かにアゴから頬にかけてのラインが俳優の山西惇さんに似てる気が)
えっ? 山西惇さん? 僕としては、あんな風に演技で頑張って行きたいんですが、まだまだ足りたいところだらけなんで。

―5年目ですが、新喜劇で感じる難しさは?

まだまだすべてが難しいなと思ってます。芝居に関してもそうですし、台本の読み込みであったりとか、オープニングのネタを考えるのも難しいし。言い回しや自分のキャラクターの設定的にいじられることも多いので、そういう時にどうしたらいいのか、とか。舞台が終わるたびに新喜劇って難しいな、って思います。
(これからどんな役をやりたいですか?)
とにかく、まず、舞台に立ちたいですね。正直、どんな役っていうのはないんです。逆にいろんな役を出来た方がいいかな、って思うので。どんな役が来ても出来るようになりたい。舞台に立ち続けられたら、自分の中では一番うれしいかな。

―2月に間寛平師匠がGMに就任されました。新喜劇は変わって行くと思われますか?

セカンドシアターが出来て、僕もこけら落とし公演に出させていただいて。シンプルに出演できる場所が増えるのはありがたいです。舞台なので、台本通りにはいかないし、意図的に台本から外すこともありますし、それを含めて、芝居として見た新喜劇は確かにいいなと思うので。皆さん、新喜劇というイメージがあって、見に来てもらっていると思うんです。いろいろ変わって行くのも大事やと思うんですけど、やる側としては変わる方向に対して面白いことをやっていけばいいのかなと。どういう風に変わっても新喜劇ではあり続けると思います。正直、未来は予想が出来ないですが、どんどん盛り上がって行くのが理想です。そのために、僕たちが(舞台が)面白くなるように勉強しないと。
(芝居やセリフを柔軟に変えていくのは、舞台数や経験が必要でしょうし、セカンドシアターの存在は大きいですね。ぜひ、頑張ってください)

―ずっとハマっていることや趣味は?

ボードゲームとゲームセンターのメダルゲームをやってるっていうのは、よく言ってます。ボードゲームは大学の時にサークルに入ってて。
(もう1つ入ってたんですね!)
その時からずっと今まで、ですね。ゲームセンターはもともと好きで、大学生になって、時間の使い方がだいぶ自由になって、これも今までずっと。
(ボードゲームの魅力はどんなところですか?)
大量に種類があって、それこそ1日かけて遊ぶものもあったり、手軽に遊べるものもあったり。ボードゲームを遊べる店に行って、大人同士がほんとに本気で頭使って競い合うのは楽しいです。メダルゲームは、僕はけっこう、無心で出来るというか、癒されます(笑)。メダルゲームの機械とかは大がかりというか、でかいんで、見てるだけでも面白い。ワクワクしながらやってるというか、楽しいです。いろんな人にやって欲しいですね(笑)。

2022年4月26日談

プロフィール

1993年10月17日大阪府出身。
2017年金の卵9個目。

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