第39回 前田真希

今でも緊張感は初舞台の10年前と変わらず、です。


―いつ頃から芸能界を目指されていましたか?

ちっちゃい頃からラジオのマネをしたり、マイクで歌ったり、わざとお芝居口調でしゃべったりとか、物語の「」のセリフを言うのが大好きで、そういう世界に憧れがありました。中学生になってから音楽を聴くようになって、歌手になりたいと思って。高校1年の16歳の時に、東京へ行ったんです。歌手を目指して。
(えっ、そうなんですね)
お母さんも、もう、やるんやったら、「東京やろ」っていう感じで、家族で行っちゃえとなって。家族で東京へ行っちゃったんです。その時に受けた大手のレコード会社のオーディションに受かって、「デビューに向かって頑張りましょう」って、夢のような話ですよね。トントン拍子に行って頑張ってたんですけど、私が20歳になる頃に、デビューが無理となってしまって…。もっと若い16歳とかの子がデビューし始めてしまったんです。で、「どうしよう?」という時に、オーディション雑誌ってあるじゃないですか、それを見て、レコード会社をはじめ、いろんなところを何10社と受けました。いろんなオーディションを受けすぎて、最後は着物美人コンテストとかも…(笑)、訳わからんコンテストまで受けてました。歌手目指してんのに…(笑)。

―結果はどうでした?

結局、最終的に演劇のワークショップに受かったんです。それは、私がすごくよく見てたドラマの脚本家(秦建日子)さんのワークショップだったんです。「このワークショップ行きたい、こんな面白いドラマ書く人のお芝居ってどんなんやろ?」と、そこからお芝居に方向転換したんです。1年間、演劇ワークショップにいて、卒業公演では、ちょっとおかしな感じの役をやったんですが、その時のおかしな感じとお客さんの反応が楽しくて、「お芝居楽しいな」って。私、親が吉本だったんで、ちっさい時から、何度も舞台の袖から新喜劇見たりとか、本当に身近にあったって気づいて。「新喜劇って、私がやりたいこと違うの?」って。その時に、タイミングよく、金の卵1個目のオーディションが大々的に告知されていたんです。で、「受けよう!」と思って、面接とかオーディションのたびに東京から通って、受かって。大阪に戻ってきて、今に至るという感じです。
(また、家族で?)
はい、家族で戻ってきました。

―日舞の名取も持っていらっしゃいますね。

6歳の頃から日舞をやってました。最初はバレエと日舞と両方やってたんですが、内股か外股かどっちか決めろ、ってことで。
(はははは~)
バレエは外股で、日舞は内股やから…。で、どっちかにしたら?となって、内股の日本舞踊に。あっ!それもありますね。お芝居をやりたいと思ったのも、日本舞踊には全部お芝居で振り付けがあるんです。私、それもすごい大好きやったんです。例えば小学校で新舞踊という、歌謡曲や演歌、民謡とか3分~4分くらいの楽曲に合わせて踊りをしたんですけど、その発表会で大阪の新歌舞伎座に出させていただいて。酔っ払いの役とか、身ごもった役とか、役になりきるというのが楽しかったんですね。小学校の時から。その時からお芝居のレールが引かれていたような気がします。

―新喜劇へ方向転換されてどうでしたか?

まず、私が、ワークショップのお芝居からだったので、稽古の少なさにビッ、クリして…。ワークショップだと、朝の9時から夕方6時まで毎日がっつり稽古、1か月か2か月かけて一公演の稽古をするわけですよ。それが、(新喜劇は)前日の4~5時間(の稽古)で1日だけ。当日本読み、本番ていう流れで、台本を渡されるのも前日か前々日。もう私、そのテンポに最初、ついていけなくて、パニックになりまして…。今でこそ、10年経って、慣れじゃないですけど、こういうもんなんやって納得できましたけど。最初の数年間は、もう、怖くて怖くて…。

―稽古の少なさ以外に戸惑われたことは?

演出家さんですね。ワークショップでは、一言一言に演出がついてたんですが、新喜劇は演出家さんはいますけど、自分で思ったように動いて、変だったら注意されるだけ。よほどのことがない限り、指示がないので、自分で全部、動かないといけない。邪魔なところに立ってたらアカンし…っていうのにビックリしました。次のボケのために、顔がこっち向きの方がいいとか、全部自分で計算してはるねんな、ということを勉強させてもらいました。セリフの言い回しも、言いにくかったら軸にちゃんとあっているなかで自分の言いやすように変えたりとか。お芝居も初日から楽日までの間にだいぶ変わっていくので、それに対応してやっていかないといけない。普通の劇団とかお芝居だと、きっちり決まってますけど、新喜劇だと毎日、毎日、いろんな流れに対応しないといけないので、日々勉強です。

―印象に残っている舞台は?

ロボット役をやったことがあるんです。すごい、新鮮でしたね。小籔兄さんの週で、メイド役のロボット。設定は現代なんですけど、お手伝い役であとから来た小籔兄さんのメイドロボットと比べられるという…。なかなかロボットの役をするということがないので、ずっと覚えてますね。あと、お芝居が出来なかった週も。感情を出して泣くシーンがあったんですが、出来なくて、出来なくて。メッ、チャ覚えてます。ずっと悩んでたんで。

―マドンナ役もよくやられてますよね。いつ頃からですか?

え~いつ頃からでしょう? 入って1年経った頃かな? 辻本兄さんの週に初めてセリフをたくさんいただいた時は、とりあえず、朝まで寝れなかったのを覚えてます。怖くて…。新人はだいたいオープニングだけなんですけど、台本のここにも、ここにも出番がある、最後までずっと出る役をいただいた時は、寝られなかったです。お風呂入ってる時も、顔洗ってる時も、自転車漕いでる時もず~っとブツブツ、ブツブツ、セリフを言い続けてました。

―舞台で心がけていらっしゃることは?

ボケのタイプではないので、説明ゼリフであったりとか、そういう役をいただくことが多いんです。そういう時は、周りがボケているなかで私がしっかりブレずにいないと、全部がボケボケボケボケになっちゃうので、ちゃんと徹底したキャラを持っておかないといけないな、と思います。そういうのは、常に意識します。私の新喜劇50分の中での位置はこうなんだ、と。もちろん役にもよりますけど。出てきた時に、パッと空気を変えられるぐらいでありたいな、と常に思っています。出ていない時は、他の方の新喜劇を客席からそっと見たりとかして、勉強させていただくこともあるんですけど、そういう時は舞台を客観的に見ているので、よくわかりますね。私が見た時は、高橋靖子姉さんが女将さん役で、ひとりお着物で、周りがどんどんボケていった時に、ちゃんと空気を全部変えて行くんですよ。すごいな~と思って。やっぱり、こういう人がいないと、ボケばっかりでお芝居も何の話かわからなくなっちゃいますし。いまだに、客観的に見て勉強することってすごく多いです。

―悩んだ時期ってありますか?

常に、です。今も(笑)。今も悩んでます。毎回です。今週も出させてもらってて、あと1回で終わりなんですけど。まだ、最後の1回でも、めちゃ悩んでおります(笑)。毎回、緊張もしますし。もちろん、楽しもうという気もしますけど、毎回毎回、勉強、勉強という感じですね。
(舞台は生ものと言われますが…)
そうですね。お客さんの笑い声も、ここでなかったのに、あったりとか。それに対応していかないといけない。(新喜劇に)入った時は何も見えてないので、「このセリフの後は、このセリフ!」とか「この言い回し!」とか全部決めてたんです。今は違う感じのセリフの言い回しで来はったら、ちょっとずつですけど、対応していけるというか。いまだに出来なくて怒られたりしますけど…。私考え過ぎやと思うんです。「もっと楽に行ったらええやん」と言われるんです(笑)。

―新喜劇は持ちギャグがあった方がいいと言われますが、ご自身は?

もちろん。でも難しいんですよね、ボケとかって。わざとらしくなって。この前、内場兄さんの週で出させていただいた時も、「ボケますよ」という声のトーンを出しちゃったり。「普通でええねん、普通にしてくれればええねん」とアドバイスしてくださって。たった一言のボケなんですけど、その一言が、難しいんです。誇張して言っちゃたりとか、「ボケますよ、今から」みたいな空気出しちゃうんですよね。
(圧倒的にいろいろ考えられてますね)
あはははは。考えすぎて、もう。この前、整体行ったんですけど、「何でそんな緊張して立ってるんですか?」って。「ずっと力入ってますよ。もっとリラックスして生きてください」って、整体師の人からカウンセリングみたいに言われて(笑)。いつも緊張してこわばってるみたいなんです。
(自覚はなし?)
はい、全然です。舞台は、今でもそうですけど、初舞台の10年前と緊張感は変わらず、ですね。慣れたとか、思わないですね。いまだに、毎回、初舞台の気持ちです。

―この先、やって行きたいことは?

そうですね~。私、けっこう、“今”なんです。今ここでこの役をいただいたから、一生懸命頑張ろうとか、次この役もらったから、頑張ろうとか、今、今、しか出来ないので。それで自然に結果がついてきてくれたらいいかなという感じです。5年後こうなって、とかいうのは…。確かに上のお姉さん見てると、あき恵姉さんとか、ああいう「怒るで!」みたいに弾けるのも、素敵やな~と思います。新喜劇ってお芝居なので、年齢に関係なく、おばちゃんになってもおばあちゃんになっても役があるじゃないですか。例えばおばあちゃんになって女子高生の役をしただけでも面白いですし。年いったからって引退という仕事じゃないじゃないですか。私が、40、50、60のおばあちゃんになった時に、どんな役出来てるのかな? って。そういう将来の楽しみはあります。

―憧れの先輩はいらっしゃいます?

代役で未知やすえさんの役をやらせていただいたんですけど。私にとっては、メチャメチャ大きな仕事で。代役をさせていただく時は、やすえ姉さんのお芝居を袖からでも客席からでも、いつも以上に追って勉強させていただくんですね。1週間、メチャメチャ勉強になります。見ていた役を自分がやるのもメチャメチャ勉強になるので…。意識する時は、やすえ姉さんやったらどうするかなと、意識してしまいますね。台本に書いてあるセリフを、やすえ姉さんすごく言いやすいように変えてはって。それもすごく勉強になりますし。代役をさせていただくという縁もあって、すごいな~と尊敬のまなざしです。

―前田さんにとって、新喜劇とは?

世界でひとつだけや! と思うんですよ。まず、毎日舞台でお芝居をやってる、週に1回テレビ放送がある、みんな学校から帰ってきて見る、それが何10年も続いてる、そんな劇団って世界にひとつだけやと思うんですね。こんな若手が言うのもなんですけど、誇りに思っているというか。おっきな吉本新喜劇っていう看板を背負っているという感じで。もっと全国区に行きたいし、ましてや世界に向けて、英語でやってもいいやん! って思うくらい、新喜劇ってすごいんやと思います。だからいまだに客席で見てると、「私も、この中におるのかな?」って思います。なんか、もう別物というか。私の中で吉本新喜劇って大きいので、ここに入っているとは思えない。私にとってはいまだに憧れの舞台なんです。

―プライベートでの趣味とかは?

私はほんとに音楽ですね。ライブです。大好きで。1人でも行っちゃいますし、どこでも行っちゃいますし…。好きなアーティストがいて、お仕事が休みの時は、「行っちゃえ!」と当日券でバーッと行ったりとか。
(ちなみに今、ハマっているのは?)
昨年来日して、再び、熱が上がったのが、KoRn。フェスティバルに大トリで出ていたんですけど。私はもう、メチャメチャ大興奮して…。
(好きな人に聞くのは野暮ですが、どこがカッコいいですか?)
あははは! なんて言うんでしょう? メンバーが出てきた瞬間の角度から、カッコいいんですよ! ノリ方とか、すべてのセンスが良くって、素晴らしくて。カッコいいな~って。ほんと、他にもたくさんいます。日本だとRIZEっていうバンドも大好きですし。もともとマイケル・ジャクソンも大好きなんで。
(ちなみにライブはどんな感じで聴いてるんですか?)
もちろん、立ちっぱなしで、Tシャツに着替えて、タオル首に巻いて、汗でボットボトになりながら。前にライブに行った時に、前に行けないように鉄パイプの手すりがあったんですけど、私、激しく動きすぎて、鉄パイプで頭ガーンと打って。電車での帰り、額を冷やしながら帰ったり。けっこう激しく、ノリます。
(ストレス解消?)
大好きな時間ですね。幸せです。アルバム買っても、最高のアルバムと出会えた時って、「生きてて良かった~!」と思いますもん。
(そこまで!?)
「最高やん! このアルバムと出会えて良かった~」と思います。この曲と、このアーティストと同じ時代に生まれてよかった!と。マイケル・ジャクソンもそう。マイケルのライブも生で見てて…。私が中学生の時、福岡ドームで下からバーンと出てきたライブがあるんですけど(1993年ジャパンツアー)。家族で福岡まで行って…。
(それは幸せですね。音楽はずっと子どもの頃から?)
そうですね。最初はジャニーズから入りました。光GENJI、少年隊、KinKi Kids、SMAPまで、ですかね。その後、B'zからマイケル、そこからアーティストへ。レッチリ(レッド・チリ・ペッパーズ)とかハードな洋楽聞き始めて。ラジオっ子になり、家にはスカパーでMTVを入れ…今はやめちゃったんですけど。
(最初に歌手を目指したのも?)
そうなんです。歌も、「ノー・ダウト」いうバンドが洋楽にいまして。女の子のボーカルがグウェン・ステファニーっていうんですけど、「グウェンみたいになりたいな」と思って、(歌手を)目指してました。

―いずれ新喜劇の舞台で歌う機会もあるかも知れませんね。

どうでしょうかね~。でも日舞でさえ、いろいろ広がっているので、それだけ可能性を秘めてると思います。新喜劇って、自分の趣味とか習い事とか、特技を十分生かせて、笑いにさえ出来たらOKなんで。だから、習い事してる人、特技がある人は強いですよね。何でもアリやと思います。自分で気になってることを笑いに変えられるじゃないですか。コンプレックスの部分とかも。私なんて、「胸ない!」って言われてるんですよ。そういうコンプレックスさえ笑いに変えれる、スゴイところや思います。
(普通は嫌でも、笑いに変えられると…)
はい、もう、いじってよ! って思います。そんな笑ってくれるんやったら、って…(笑)。もう、お客さんが笑ってくれたら、OKです。

2015年11月30日談

プロフィール
1979年7月28日 大阪府生まれ。2005年9月 第1個目金の卵オーディション。