第5回 川畑泰史

辻つまが合わないと気持ち悪い。緻密な設定にこだわる理論派。


―NSC9期卒業後、「新喜劇」に入られた経緯を聞かせてください。

当時まだ「吉本に入ったら新喜劇に入る」みたいなノリがあった時で、同期は全員に近いくらい、新喜劇の社内オーディションを受けたんじゃないでしょうか。当時は、普通の面接みたいな感じでした。受けた中で、同期では、ナイナイの岡村君、矢野兵動の矢野君と僕が受かりました。彼らは漫才がやりたかったので、漫才へ行きました。新喜劇に出ながらコンビ活動をしていた人もいて、僕が入った時にはバッファロー吾郎さん、リットン調査団さん、しましまんずさんとかもいました。

―初舞台のことは覚えてますか?

よーく、覚えてます。新喜劇の初舞台はね、幕が下りたと同時に出て行く役やったんですよ。今田耕司さんが座長のお芝居で、最後に「おーい!」と呼ばれたら、タンスを先輩と2人で持って行く。音楽が流れてる中で、セリフも一応あるんですが、もちろん、何を言っているか聞こえない。自分のことなんか誰も見てるわけないのに、やっぱり緊張しましたね。今なら、「CM~クイズ」のタイミングですが、当時放送はされてました。今は出て来たらセリフがあって、ちょっとネタにも参加しますが、昔はほんまに通行するだけの役からスタートしたとかあったみたいで、僕の役はその名残りでしょうか。作家さんと演出家さんが力を持っていた時代。今は座長がほぼ全権を持っているぐらいの感じなんですが、昔は作家、演出家がものすごく力持ってたんで、あんまりヘンなことするとメチャメチャ怒られた時代でした。今はベテランの人でも「何でも好きにせえよ」みたいな感じですが、当時はまだ「若手がいらんことするな」という風潮も残ってましたね。

―その後はどうなりましたか?

当時のニューリーダーの内場さんや石田靖さんが、「やってええやん」みたいな空気作ってくださったのが大きいです。通行人なのにテラスにあったコーヒー飲んでいくとか…なんか舞台に爪あとを残そうと(笑)。劇場はNGKしかなかったんで、メンバーは今より少なかったですけど、出れるチャンスが少なかった。毎週、これが最後かな?と思いながらやっていたような気がします。何か結果を残していかないとという気持ちが強かったです。そのうち、ニューリーダーの間で「オープニングのお客役を川畑に任せといたら大丈夫や」と、言っていただけるようになって…。藤井(隆)君や山田花子さんと一緒にやってたんですけど、遠慮もあったのか、僕が相手のボケまで一生懸命考えて、向こうが笑いを取っていく感じで、フラストレーションが溜まりましたね。「考えてんの、俺や」みたいな。ただ、座員の人には評価してもらえました。それで、だんだん内場さんや辻本さんに突っ込む役に抜擢してもらって、どんどん芝居を覚えていくというか。もちろん怒られながら、悩みながらですが…。そのうち、小籔君とかレイザーラモン、なかやまきんに君が入ってきて、藤井君、山田花子さんは売れて東京へ行ってしまう。そのうちレイザーラモンとかきんに君がまた売れて…。その時、小籔君と「新喜劇で売れて金持ちになるには、わかりやすい飛び道具になるか、ベテランなるまで待つか、座長になるしかないな」と。三択ですよね。ベテランになるまで待たれへんな、今から飛び道具もできない、それで2人で座長になろうと、いろいろ動き出したわけです。(2005年、「がんばろっカナ!?キャンペーン」を展開)ただ座長になりたいというのではなく、一番大きかったのは、2人でしゃべっているうち、「こんなことやりたい」「あんなことやりたい」というのが出てきて、自分たちの描いている新喜劇をやるには座長になるしかない、というのがありました。

―2007年、念願の座長になられました。実際、権力は強いですか?

そうなんですよ。なかでもキャスティング権は、ほぼ座長が決めてると言っても過言じゃないです。作家も座長の好みをだいたい知ってるわけですから、言わなくてもそうなってしまいます。僕はここはどんなキャラクターでもいい、という役以外は、極力面白くなるように、かなり細かく指示しますね(笑)。それだけプレッシャーもかかりますし。話のストーリーでも、こういう流れで書いて欲しいというと、言ったとおりに書いてくれます。座長によって関わり方のスタンスが違うと思います。小籔君なんかは一番最初から作家と一緒に考えてると思います。僕の場合はプロット(あらすじ)を5本くらい出してもらい、面白そうな話をピックアップして、プロデューサーにも入ってもらって、検討して決めます。決まるまで、誰が書いたかわからない状態です。普通は作家を決めてから何本かプロットを書いてもらってから決めるというスタンスだと思うんです。例えば、すっちーがやってメチャメチャ面白かった台本が僕のところに来てもやらないでしょうし、最終的には、座長の好みとか、やりたい、やりやすいに左右されますね。

―座長になられて7年、ストーリー作りで大事にしていることは?

僕は、芝居に理由づけがなかったら、嫌なんですよ。「なんでそんなことすんねん」の前後を大事にしたい。新喜劇に昔から「押入れの中に隠れている人」というネタがあるんですが、僕がやるとしたら、隠れてる奴を絶対守ったる!と思ってるけど、ちょっとアホだから言い過ぎてしまう、思わず本音が出てしまったという芝居にします。普通にやってもウケるのはウケるとは思うけど、僕の中ではあんまり面白くないんですよ。一の介さんのハゲネタ、あき恵さんのブサイクネタも便宜上やってしまうんですが、「浮浪者みたいな人が入って来たと思ったら婚約者のお父さんやった」とか何かひとつ理由をつけておきたい。緊張のあまり、つい「申し訳(わ毛)ない」と言うてしまう、とか。新喜劇にはストーリーと関係なくギャグがあるんで、持ってる人は言いたいし、お客さんも聞きたい。一の介さんの「おじゃまします」、桑原師匠の「ごめんください」も、自分の家に帰ってきた時に言うのは、僕の中ではちょっと気持ち悪いんですよね。極力、他所から来る人というシチュエーションにしたい。松浦君のギターも、何か持っている理由をつけたい。「今、差し押さえてきた」とか。ドリルのネタも、すっちーが吉田君を殴る必然性をつけて欲しいんですよ。そりゃ、棒で殴るわな、という。やることは一緒なんですが、その連続の中に大事なものがあるんじゃないかなと思います。作家さんも僕の時は邪魔くさいんじゃないですかね(笑)

―川畑さんが小さい頃見ていた新喜劇はどの時代ですか?

座長なら花紀京さん、岡八郎さん、間寛平さん、木村進さん、室谷信雄さん、船場太郎さんの頃ですね。花紀さんと木村進さんはすごい好きやった。わりと僕、変わった子で、小学校5、6年の頃、ドリフのヒゲダンスがムチャクチャ流行ったのに、そんなに好きじゃなかったんですよ。もちろん、志村けんさんはすごい面白いんですが、なんか、集団の面白さじゃない気がして…。その前のドリフは好きでずっと見てました。何年か前にドリフのDVDを買って見た時に、わかったんですが、以前はそれぞれがキャラクターに合った役をやってたんですね。高木ブーさん仲本工事さん、荒井注さんがそれぞれ何かやって、ボケで加藤茶さんが出て来るみたいな住み分けがあった。それがただのネタふりになって、それぞれのキャラがなくなった。その気持ち悪さだったのかな、と。新喜劇でも理にかなってない面白さもあるけど、出来れば、時間のある限り、理にかなった芝居をお届けできるよう、最善を尽くしたいと思いますね。

―若手の中で注目しているのは?

まだ見つかってない座員でいうと、女性では井上安世じゃないですかね。女性ながらチャキチャキ突っ込んで行ったりするキャラクターとかも面白いかなと。男性なら、安井まさじ。熱血漢のある天然なキャラクターをさせられないかと思います。昔のドラマ「男女7人秋物語」で言うたら山下真司さんみたいな、熱さしか伝わってこないような(笑)。ハマれば、芯も取れると思います。

―今ハマっていることは何ですか?

今、一生懸命英語をやろうと…。新喜劇、世界進出みたいなことも出来れば…。(え!?それ、小籔さんも言われてましたが)。昔、ダウンタウン松本さんが番組の企画でアメリカで短編コメディを撮った時、「日本でメッチャおもろいと思うことを向こうでやってもわかれへん。日本はお笑いのレベルが高い。ちょっと手を抜きながら一生懸命作るのがちょうどええくらいやないか」みたいなコメントをされてて、新喜劇って、ちょっとバカバカしいことを精一杯やってる、ネタも非常にわかりやすい、これってどこの国でもいけるんちゃうか、と思いました。他のみんなはどういうつもりかわかりませんが…。でも英語は、なかなか上達しません。根性がないですね(笑)。あと、最近、落語もよく聞きます。1回東京で新喜劇を落語にするみたいなことやらせてもらったんですよ。あるラジオ番組で落語家さんと仲良くなって、「新喜劇を落語にしたら面白いんちゃうの?」と言われて、「そうですねえ」と言ったら、東京では「川畑が新喜劇を落語にしてやっているらしい」という話に。新喜劇の出番で東京に行った時に、夜の落語のイベントに入れられてました。全くひとりでセットも何もないところで、スベっても自分ひとり。でもウケた時は面白いし。いろんなものを作ってみたいなとは思いましたね。今はそれほど忙しくないので、4人くらいでユニット組んで、施設とかをボランティアで回れたらええなと思ったりしてます。

プロフィール
1967年6月22日 京都府生まれ。1990年 NSC大阪校9期生。