36人が犠牲になった京都アニメーション放火殺人事件の裁判は、「動機と経緯」「責任能力」「量刑」の3要素に分けて進められている。13回目から最大争点である「刑事責任能力」についての審理がはじまった。青葉真司被告(45)を精神鑑定した医師2人が鑑定結果を説明したが、その見解は『異なるもの』となった。裁判員の判断が迫られる重要な局面で、検察・弁護側とも丁寧に裁判員に説明する様子が印象的だった、裁判ドキュメント15回目。

責任能力とは、良いことと悪いことを区別する能力です

「第一に責任能力とは、①良いことと悪いことを区別する能力、②その区別に従って犯行を思いとどまる能力です。これがない場合は無罪、著しく欠如していた場合は刑が軽くされます」

 検察官はこう説明すると、「被告には妄想の症状はあったものの、妄想に支配された犯行ではなく被告のパーソナリティが現れた犯行だった」「”自分はすべて失ったのに京アニは成功していて許せない”という筋違いの恨みを募らせ復讐を決意し、何度もためらった末に自らの意志で犯行を決意した」と、完全責任能力を改めて主張した。

 対する弁護側はこれまで、「被告には責任能力がなく無罪または減軽されるべき」と主張している。この日弁護人は裁判員に向かって、「(検察側が請求した)医師が資料としたのは、警察・検察が集めた資料のみで、弁護側が集めたものを見ていません。片方の”不利な”光が当たった、鑑定の情報に偏りがないか、不足していた情報がないか、検討してください」と注意を促す発言もあった。

“検察側の請求”A医師の鑑定と見解

23日は、検察側の請求で「起訴前」に被告の精神鑑定を行った和田央医師が出廷した。2020年6月9日~12月11日の間、25回の面談と、被告人の母や兄妹、主治医、訪問看護師などに話を聞いて検討した鑑定結果を報告した。

〈鑑定主文〉「妄想性パーソナリティ障害」被告人が犯行の対象に京都アニメーションを選んだ点には、京アニに対する被害妄想が影響したが、それ以外には精神障害の影響は認められない。

和田医師は、「病気や病状の重さが犯行に影響したかどうかは、被告人の性格と人となりから検討する必要がある」として、面談などを通し”パーソナリティ”を分析したという。そして20代後半までのエピソードとともに、被告の性格の「4つの特徴」を挙げた。

青葉被告の性格の「4つの特徴」

①極端な他責傾向(他人のせいにする)
・幼少期:父親から外に立たされるなどの虐待を受けた
・柔道の大会で準優勝した盾を父親に「燃やせ」と言われ、泣きながら燃やした
・転校した中学校に馴染めず、不登校になった
・成人後:コンビニでのアルバイト時代、同僚に陰口を言われ退職を余儀なくされた
・兄は被告について「何でも人のせいにするのは小さい頃から」「両親の離婚のせいでこうなったと思っている」と話した

 和田医師は「理由のない、自分ではどうにもならないエピソードが複数ある。被告人は『何で自分ばかり不遇なのか?』と考え、不本意な出来事が起こると、自身の努力不足ではなく、他人が悪いと考えるようになった」と補足説明した。

②誇大な自尊心をもつ
・幼少期:100円を持ってコンビニに行ったが何も買わずに帰ってきて、父親から「お前は将来大物になる」と言われた
・父親から何度か「お前は社長になるか乞食になるかどっちかだ」などと言われた
・中学時代:習っていない方程式で数学の問題を解く
・高校時代:皆勤で卒業するという目標を立て、体調不良でも兄にバイクで送ってもらうなどして休まずに高校に通った
・母親は被告人について「自分を凡人だと思っていない」と話した

和田医師「父親から『将来は社長か乞食にのどちらかになる』などと何度か言われて、『自分は特別』だと認識するようになった」「中途退学が多い定時制高校を皆勤で卒業したという成功体験が、自己安定感を獲得するための『自尊心』を確固たるものにした」

③不本意な気持ちから攻撃的な態度に転換
・幼少期以降:虐待に耐えていたが、酒ばかり飲んでいる父親への侮蔑や殺意が芽生えた
・コンビニバイト時代:同僚がサボって楽をしていても、自分はまじめに働いていたので、シカトを計画して何人もやめさせた
・和田医師との面談中、当時の理不尽を思い出し激高することもあった
・兄は被告人について「自分で自分を追い詰めて、怒りのスイッチが入ると、周りに怒り散らす」と話す

和田医師「同僚への不満を押し殺していたが修正しないまま大きく膨らんでいき、シカトされ攻撃的な行動へ転換するなど、被告人の中にある不本意の感情が大きくなり、『やりかえそう』という感情になった」

④一度思い込むと修正が困難
・自堕落な生活をしていた父親に失望し、糖尿病を患った父親の看病を妹に押し付けた
・母親に再会したとき、「何で今頃出てくるんだ」と反発した。他の兄妹は母親との関係を改善させたが、被告人は不満を抱き続け改善しなかった
・兄は被告人について「自分の主張を曲げない。『こうしたい』ということをおさえられない」と話した。

▼“妄想の特徴”と“行動との影響”を分析すると「程度は限定的」

 和田医師は、青葉被告の妄想の特徴についても4つに分析した。①現実世界においては、興味・関心を持つ領域のみに出現する。②その解釈の内容はその時々の心境、置かれた状況と密接に関係する。③妄想内容は現実世界のできごとに関連していて、明確に指摘できる。④妄想内容は被告の判断で行った行動の結果と、性格傾向で決定される。そして⑤妄想は被告の言動にほとんど影響を及ぼしていない。と報告した。たとえば「京アニに小説を盗用されている」としながら「京アニに直接抗議していない」ということだ。

さらに和田医師は、青葉被告が京アニで事件を起こす前に計画していた“大宮駅前での大量殺人計画”について挙げ、犯行動機を説明した。

和田医師「小説家を諦め“自分には何もなくなった”という『人生への投げやりな感情』や、唯一の”つっかえ棒”だった小説を失い『どうしていいかわからない閉塞感』を抱えていたことが、犯行の動機となった。このときの犯行動機は、小説家を断念したという“現実の出来事”に関連している。“妄想”が動機なのであれば、このとき対象は京アニに向かうはずだった」

つまり、京アニでの事件については、▼小説が落選したという「現実世界での出来事」と、▼極端に他責的で誇大な自尊心を持つ被告の「性格傾向が主に影響」していて、“小説が盗用された”という「妄想世界での出来事」が犯行に影響した程度は限定的である、との見解を示した。

“弁護側の請求”B医師の鑑定と見解

 いっぽう14回目の公判では、弁護側が請求し、裁判所の依頼で鑑定を行った岡田幸之医師が出廷して結果などを説明した。期間は、起訴後の2021年9月3日〜2022年2月28日、3時間×12回(計36時間)の面接に加え、母や兄との面接や、京都地裁、京都地検、弁護人からの資料一式で判断した。

〈鑑定主文〉診断:妄想性障害/妄想症
1.相反する証拠があっても変わることのない強い確信(=妄想)を慢性的に持っている
2.この妄想が慢性的に生活に影響をもたらしている
3.この妄想以外に精神障害はない ※詐病は認められない

 岡田医師は、青葉被告は慢性的・持続的に妄想が見られる「重度の妄想性障害」と診断した上で、妄想の類型として①被愛型(例:恋愛感情を持つ)、②誇大型(例:有名人と関係があると思っている)、③被害型(例:陰謀、つけられている、嫌がらせをされているなどの確信)の3つの特徴に当てはまり、「混合型」と診断されると示した。また、被告の妄想が「現実にありえない=奇異でない」ものであることから、統合失調症ではないとした。

岡田医師が「妄想」と見解を示したエピソードの一部

岡田医師は、青葉被告が25歳で「世界経済などに興味を持った」ことや、26歳で「窃盗や住居侵入などで逮捕されたこと」が、のちの “妄想の主題”となったとみた。

・郵便局で勤務していた頃、兄から前科を暴露された(被害妄想)
・財務大臣にメールを送るなどして日本経済に影響を及ぼしたことで、闇の人物=ナンバー2に目をつけられた(誇大妄想)
・女性監督から掲示板で「レイプ魔」と言われた(関係妄想)
・女性監督の書き込みを見て、自分の小説に言及されたと思う(関係妄想)
・応募した小説を落選させられた上に、アイデアを盗用される(被害妄想)
・訪問看護師を公安だと思い込む(関係妄想)

 岡田医師は、「”公安警察やナンバー2に監視されている”などの妄想から被告が孤立していたことや、”自分の小説を落選させた上、京アニはアイデアをパクりまくって利益を上げ続けている”などの妄想から、『こうした状況を終わらせるか、今のまま続けるかどちらか選ぶしかない』と考え火をつけた」と話し、▼「応募した小説が落選した」という現実に対し、“故意に落選させられた”などの被害妄想を持ったという被告の「思考」的側面や、▼猜疑心や独善性が強く、怒りやすく攻撃行動しやすいという被告の「行動特性」については、それも「妄想世界で被害を受けていることのいらだちも関係している」などと、精神障害と犯行の関係について説明し、「妄想は犯行の動機を形成している」との鑑定結果を示した。

青葉被告「極刑以外ありえないし、できるだけはやく終わらせたい」

青葉被告は、岡田医師との面談で、 “ナンバー2”についてなかなか話したがらず、「闇の世界の話なので、墓場まで持って行くつもりだった。裁判で闇の組織のことを証言しても組織に揉み消されるから、話しても無駄だと思った」と話していたという、また、裁判については「極刑以外ありえないし、できるだけはやく終わらせたい」と話していたという。

岡田医師「パクられたのは絶対に譲りたくないと、本人が力説しているんですよね。『36名亡くなったけど、そこまでやることだったのかというのは思う。それしか考えられなかったとはいえ、36名の命とアイデアを天秤にかけたとき、大事だったのが自分が作ったアイデア、当時はそればっかり考えていた』と話していました」「自分が今回の事件を起こした根拠に、パクられたという確信があると本人は考えていると思います」

鑑定結果を比較すると、起訴前の鑑定医は「妄想性パーソナリティ障害」で「妄想は動機形成に影響したが犯行への影響は認められない」という評価。起訴後の鑑定医は「重度の妄想性障害」で「妄想は犯行動機を形成している」という評価となった。言葉は似ているが、犯行への影響については、明確に異なる見解だ。

 今後、裁判所が「中間評議」で、被告の責任能力の有無や程度について判断するが、どのような判断が下されたかは来年1月25日の判決で初めて明らかにされる。見解の異なる医師2人による精神鑑定の結果を裁判所はどう判断するのか。きょう30日の公判には、医師が2人とも出廷し、裁判官からも質問が行われる予定となる。