2019年7月に起きた京都アニメーション放火殺人事件。社員36人が死亡し、32人が重軽傷を負いました。この事件で犠牲になった木上益治さん(当時61)は生前、ある1冊の絵本を描いていました。今、木上さんが残したこの絵本を「アニメ化しよう」という動きが進んでいます。

『当時、絵を見たらすごくうまかった』事件で元同僚を亡くしたアニメーター

 東京都西東京市、小さなアニメ制作会社「エクラアニマル本社」の一室でこの日、絵コンテを手に打ち合わせが行われていました。

 作画監督を務めるのはアニメーターの本多敏行さん(72)です。

 (本多さん)「カット3はですね、カエルが飛び出してきて、その頭に土がぶっかかって…」
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 本多さんらが制作しているのは1冊の絵本が原作のアニメ。絵本の作者は事件で犠牲になった木上益治さん(当時61)。本多さんの元同僚です。
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 本多さんは木上さんが入社した当時のことをこう話します。

 (本多さん)「たまたま当時の社長が『本多くんこんな子が来たよ』と言うから、(絵を)見たらすごくうまいんで『これはすぐに雇った方がいいですよ!』と、その場ですぐ雇ったと思う。そのくらいうまかった。今まで見たことのないような絵を描いていましたから」
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 2人の出会いは「ドラえもん」などを手掛ける東京の制作会社「シンエイ動画」でした。木上さんは当時通っていた専門学校を中退して1979年に入社。「怪物くん」や「ドラえもん」で原画を担当し、実力が評価されて2年ほどですぐに作画監督に昇格したといいます。

 (本多さん)「原画で要求していることにちょっとプラスアルファがあるみたいな絵を描いてくる。例えば、普通に歩いていて『これはちょっとよろけて歩きます』という絵のときに、原画でよろけた絵を描くんだけれども、それをさらによろけさせたり。そうすると1枚くらい余計にかかっちゃうじゃない。こっちが期待したことを上回る結果を出してくれるようなタイプでした」

木上さんが生前に出版した絵本…本多さん『彼もアニメ化を考えていた』

 その後、木上さんが京都アニメーションに入社する前の今から34年前にこの絵本「小さなジャムとゴブリンのオップ」が出版されました。

 (本多さん)「魔法使いの子どもの少年がおじいさんから魔法を勉強しているんですけど…」

 フウと呼ばれる小さな国に住む小さな魔法使いジャムはまだ魔法が使えず、おじいさんから勉強しています。
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 ある日、ジャムが魔法の勉強をしていると、ゴブリンのオップが一生懸命穴を掘っているのが見えました。

 「こんにちはオップ。ぼくもいっしょにあそんでいい?」と、ジャムは友達のゴブリン・オップに声をかけますが、オップは穴掘りの仕事をバカにされたと感じ怒ってしまいます。
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 「おまえの魔法でおれののぞみをかなえてみろ」と魔法が使えないことを知っていていじわるを言ったオップ。泣きながら家に帰ったジャムは、おじいさんから「勇気を持つと魔法が使える」というパンを1つ手渡されます。勇気とは何か。ジャムが考えて成長する物語です。
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 当時、木上さんが描いた貴重な原画が今も残されています。

 (エクラアニマル 豊永ひとみ社長)「これは鉛筆で木上さんが描いた実際の絵が残っています」

 フウの世界観を細かく描写した繊細な鉛筆画。生き生きとした表情をしたジャムだけでなく、絵本には登場しないキャラクターも数々描かれています。
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 (本多さん)「見てもらうとわかるんですけど、普通の絵本とちょっと違うところは、元々アニメ化しようと彼も考えていたから、絵のカット割りもアニメ用になるように作っていますよね。当時テレビ局とかも行って『どうですか』って言ったら『話はいいんだけどね、今流行りじゃないから温めときな』って断られちゃって」

 実は木上さん、アニメ化を見据えてなのか、全部で8話分のあらすじを残していました。

中国のIT企業がアニメ化を支援

 『アニメにしたい』本多さんらの思いも届かず計画は頓挫。しかし今年4月に転機が訪れます。

 本多さんの同僚が中国のIT企業が募集するプロジェクトに応募したところ、2000以上の作品の中から選ばれて支援が決まったのです。

 (プロジェクトに応募した李旭堃さん)「自信がありました。これはすごくいい作品ですから」
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 (エクラアニマル 豊永ひとみ社長)「私は逆に『え、うそ。うそでしょ?』とこういうリアクションでした。この絵本ができていなかったら今に至らない。なんて言うんでしょうね、『これはいずれアニメにして』とこの絵本が言っているような気がしてならないので」

アニメ界のレジェンドたちが集結…それぞれの思いが交錯する

 そして今年8月、この日は原画を担当するアニメーターらと初めての打ち合わせです。

 (本多さん)「(Q本多さんが説明される?)そうですね。皆さんもまだ顔合わせしただけで、内容はほとんど」
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 本多さんの呼びかけで集まったのは、「銀河鉄道999」のキャラクターデザインを担当した湖川友謙さん(73)、「キャンディキャンディ」のキャラクターデザインを担当した進藤満尾さん(79)、そして木上さんの元同僚で「ドラえもん」で長年総作画監督などを担当した中村英一さん(76)らアニメ界のレジェンド陣です。

 (湖川さん)「この魔法の勉強本、もっとでかいほうがいいんじゃないですか?このくらいの」
 (本多さん)「そういう手もありますよね」
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 どのようにキャラクターを動かすか、次々とアイデアが提案されます。そして打ち合わせの半ばで湖川さんが口を開きました。

 (湖川さん)「結局、本多さんがこだわっているところがどこかというと『絵本をそのまんまやりたい』ってことなんですよ。俺はこれをアニメにするんだったら、アニメ用の世界を作っておかないと絶対おもしろくない。絵本を見れば良いんだもん」
 (本多さん)「これに関してはなんかね…ちょっと。一生懸命彼らが作ったのを俺も知っているし、そこにリスペクトがあるから、どうしてもそうなっちゃう」
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 本多さんが描いた絵コンテは木上さんの絵本に忠実に沿ったもの。実は絵本では魔法を使うシーンが出てきません。絵本をそのまま再現するのか、それとも魔法の世界観を一味加えるのか。それぞれの思いが交錯します。
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 木上さんの元同僚の中村さんは…。

 (中村さん)「私は最初お二人のお話を聞いたときから、原作の世界観はこのまま、やっぱり木上くんのことを思うとちょっとね…。ごめんなさい。ちょっと思い出しちゃったもんで。やっぱり原作は尊重すべきだと思います」
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 (進藤さん)「原作を尊重して動かしたほうが良いかもしんないしね。この絵本を見たときに、この世界って俺はすごくなんか気持ちが入ってきたんだよね」
 (湖川さん)「『俺が描いた絵本のまんまじゃん』って思わせるのか、『俺の絵本をもっとおもしろくしてくれた。さすがアニメだ』と思わせたいのか」

本多さん『木上くんに喜んでもらいたい。子どもたちに作品を見てもらいたい』

 作られるアニメは15分。『事件で亡くなった木上さんの遺作をいいものにしたい』、みんなの思いはただひとつです。完成は年内を目指していて、2024年春に中国で公開された後、日本での公開も予定しています。

 (本多さん)「自分からすれば木上くんに喜んでもらいたいと、そういう気持ちがやっぱりありますよね。長年作ろうと思ってできなかったけれども、『作ったよ』と。(Q完成したらどういう人に一番見てもらいたい?)やっぱり子どもですね。子どもがどういう反応するか一番気になりますね」

 『子どもたちの夢を広げたい』34年前の思いが乗せられた1冊の絵本。今、命が吹き込まれて動き出そうとしています。