奈良県宇陀市で来年4月に開園予定のこども園。建設地は川のそばで、浸水想定エリア内にあり、安全性を懸念する声があがっているほか、計画の進め方に不満を持つ人もいます。こどもの入園を考える保護者や近隣住民の“困惑の声”を取材しました。
4歳息子の入園を検討中の保護者「こんなん正直ありえへんやん」
奈良県宇陀市は、県の北東部、標高約300mの高原地帯に位置していて、奈良時代に創建された寺院などが多く残る歴史のある町です。
10年ほど前に家族で移住してきた山村さん(仮名)は、宇陀市の環境に惹かれたと言います。
(山村さん・仮名)「川も近いし山も近くて、自然が本当に豊かなところがすごくいいんです」
そんな山村さんが懸念しているのが…
(山村さん)「あそこで今、『榛原こども園』が建設されています。本当に川べりなんですね。昨今の洪水とか、いろんな自然災害のことを聞いていると、こんなん正直ありえへんやんと思ったんですけど」
山村さんが呆れてこう話すのは、宇陀市が建設している新たな認定こども園についてです。市は施設の老朽化や少子化などに伴い、3つの公立幼稚園や保育園を統合。来年4月に新しい認定こども園を開園することを決めました。0歳児から5歳児まで180人を収容できる鉄骨2階建ての施設で、総面積約6800平方メートル、総工費は約30億円です。
山村さんは4歳になった息子をこの園に通わせようと思っていましたが、建設地に不安があり、今はためらっています。
(山村さん)「家屋倒壊等氾濫想定区域、“河岸侵食エリア”という状況の所に建つことが分かったときに、ストレートに『何考えてんの?』と」
専門家「通常の浸水区域よりも一段と水害リスクが高い区域」
県のハザードマップでは、こども園の建設地は『浸水想定エリア』内にあり、9時間に380mmの雨(宇陀市の年間降水量の約4分の1)が降った際には最大1.6m程度の浸水が予想されています。
保護者に話を聞くと…
「川が近くにあるから、もしもの時は大丈夫なのかな、どうなのかなとは思っていました」
「市長さんがすごく大丈夫やっておっしゃっていたからね。大丈夫なんでしょうね」
市が大丈夫という根拠は浸水対策です。園の基礎や園庭などを1mかさ上げし、川側にはさらに1mの壁を作るとしています。
ただ、ここは浸水想定エリアだけでなく洪水時に護岸などが削られ建物が倒壊する危険がある『河岸侵食エリア』でもあるのです。
河川の災害に詳しい東京大学の池内幸司名誉教授は、次のように話します。
(東京大学 池内幸司名誉教授)「通常の浸水区域よりも、より一段と水害リスクが高い区域です。子どもたちを安全に、どうやって避難させるかといった具体的は計画は早急に決めておく必要はあると思います」
市は対策として建物の基礎の下に長さ約5mのくいを打ち込み、これに耐えうる構造にするとして工事を進めていますが、それでも大雨・洪水警報などが発表され危険が高まった際には、こども園にとどまることはできず、より安全な場所への立ち退き避難が必要となるのです。
(山村さん)「大雨になっているときは、この施設はだめだから一旦退避と。0歳児とかを連れて雨の中、立ち退くとか…。子育てしている者にとったら、わけのわからん話ですよね。連れていけるわけないし。なんでそんな危ない所に…」
近隣住民「何の相談もなくいきなり工事が始まった」
このこども園をめぐっては、計画の進め方に憤懣している人もいます。
「そりゃあびっくりしますよ。何の相談もなくいきなり工事が始まるんですよ。びっくりするでしょ、普通ね」
こう話す松本正樹さん(50)の家は、約半分がこども園の建設地と接しています。親子3代にわたり、ここで暮らしてきた松本さん。こども園の計画を知ったのは去年の2月だったと言います。
(松本正樹さん)「市の方が来られて、その時に説明を受けたのが最初ですね。『まだ何も決まってないですよ』ということだったので、計画が進むことがあればその段階ごとに説明をしますよと」
ところが、この約3か月前、市議会でこども園の基本計画について話し合われた際、市の担当者は次のように答弁していました。
【おととし12月の議事録より】
「(こども園)周辺にお住まいの住民の方にお声かけをしておりまして、おおむね賛成というか、分かったよということでお答えをいただいております」
市の記録では建設について理解しているとされていたのです。
(松本正樹さん)「正直腹が立ちますよ。だって私が聞いたときには、議会の承認は終わっている。業者にも発注をしている。いろんな方にうかがいました。周りの方に話をうかがいに行ったのですが、心底納得をしたりとか賛成をされている方はいなかったですね」
その後、2回開かれた住民説明会に参加することができなかった松本さん。着工後の近隣住民への工事説明会で初めて計画の詳細を知り、驚いたと話します。
(松本正樹さん)「園舎自体を1mかさあげをして、園庭自体を1m盛り土をするというんです。こども園自体は水害の被害を免れたりとか、減災されることはあるかもしれませんが、ここで受け止めるはずだった水はどこに行くんだということを本当に考えていたのかと」
市長「ご理解をいただけるように丁寧に説明を続けていく」
こども園の立地に不安を抱える保護者や建設そのものに不満を持つ隣人の声に対し、宇陀市の金剛一智市長は…
(宇陀市 金剛一智市長)「こども園、あるいは家庭だけでなくて地域で、榛原地域全体で子どもを育んでいくことが大事なことだと思います。そういう意味でも、皆さんのご理解をいただけるように丁寧に説明を続けていく」
設計内容の変更などを市に訴え続けるという松本さん。その間も工事は続きます。
(松本正樹さん)「金剛市長は“1人も取り残さない市政”とおっしゃっているんですよね。じゃあ私は市民じゃないのかと。完全に取り残されてますけどね。悔しいですね」
新しいこども園は地域に愛される場所となるのでしょうか。