大阪府東大阪市にあるネジを作っている工場。創業40年以上、親子2人で寸分の誤差も許されない技術でネジの製造や加工を行っています。この工場では10年以上前からネジが転げ落ち、突然、油が漏れ出したりする問題が起きています。さらに、天井に設置されたクレーンも勝手に動き出すという現象も起きるといいます。一体、なぜこの工場でこのようなことが起きているのでしょうか。

床や壁にひび、油が溜まるネジ工場

「モノづくり」の街、東大阪市でネジの製造や加工を行っている「秦製作所」。ネジ職人の秦承泰さん(70)は40年以上前に創業し、約20年前に今の工場の建物を購入、この場所に移転してきました。
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誤差0.02mm以内と、寸分の狂いも許されない作業です。移転する際にはクレーンの整備などで総額8500万円を費やしましたが、ある問題が起きたといいます。
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(秦承泰さん)
「(床に)ひびが走っていますね。ずっと続いています。最初は『古いからこうなったのか』じゃなくてね、(ひびの原因が)わからなかったわけですよ」

移転後に工場の床や壁にひび割れが出始めたというのです。さらに…。
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(秦承泰さん)
「傾いてるから油が溜まるんですね。傾くと油が流出して、べちゃべちゃになるんですね」

精密機械の中を流れる油の一部が大量に漏れ出していました。この工場では一体、何が起きているのでしょうか?

北側に勝手に動くクレーンで“傾き”に気付く

(秦承泰さん)
「最初は(傾きに気付いたのが)10年くらい前ですか。(クレーンの)車輪が潰れて、おかしいなということになったんです。特製品の車輪だから交換して動かしたときに、なんと北側に行って(クレーンが)止まらんようになったんです」
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秦さんによりますと、工場が北側に傾いていてひびが入り、精密機械も傾いているため油が流出。さらに、天井に設置されたクレーンも北側に向かって勝手に動き出したといいます。
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ブレーキを付けるなどして、勝手に動くことはなくなりましたが、クレーンを北側に動かす際には不自然な動きをするといいます。

(秦承泰さん)
「背筋が凍る思いです。ゾッとして。クレーンが潰れたら仕事ができません」

約8cm傾く工場

一体、どれぐらい傾いているのでしょうか?取材班が確認してみました。
(記者リポート)
「工場の床に水を流してみます。水平であれば水は止まるはずですが、ずっと勢いよく流れていきますね」
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(記者リポート)
「事務所も傾いているということで、ビー玉を置いてみます。転がりましたね。ずっと転がります」
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さらに一級建築士に調査を依頼。工場内の複数の柱にレーザーを当てて水平かどうかを調べてみました。

(一級建築士)
「差が大きいですね。8cmと2mm差がある。(南側と比べて)北側の柱の方が下がっている」
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約8cm、北側に工場が傾いていました。

原因は「工場のすぐ隣で行われた"地下施設の公共工事"」と訴え

その原因とみられているのが、秦さんの工場のすぐ横で19年前に行われた大阪府の公共工事です。

(秦承泰さん)
「雨水対策・水害対策の一環として大水槽を作ったわけです。うちの工場からあまりにも(距離が)近すぎて、地盤が緩んで引っ張られて(工場が)沈んだんですね。府の職員が来て『建屋には影響は及びません』と。『経験上大丈夫です。任せてください。安心してください』と」
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工事が行われた現場に、取材班が訪れてみました。

(記者リポート)
「現在地下3階なんですけども、見下ろすと、まだかなり深いですね」
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工事は5年かけて行われ、完成したのは大雨などでの災害時に一時的に雨水を貯めることができる「地下施設」でした。25mプール約110杯分の雨水を貯めることができます。
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施設は深さ25m、幅は84mと巨大な地下空間で、秦さんの工場とは15mしか離れていません。工事の影響で、地盤沈下が起きたと秦さんは主張しています。

大阪府「工場全体の歪みについては工事が原因ではない」と主張

当時、秦さんが大阪府に傾きを直すように求めると…。

(大阪府)
『クレーンの操作の支障や内壁のひびなどは補償の対象とする。建築時の構造体や地下の状態が不明であり、構造部の矯正は補償の対象としないとの判断に至る』

大阪府は「クレーンや壁のひびなどは工事が原因」と認めたものの、「工場全体の歪みについては工事が原因ではない」と主張しているのです。
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(秦承泰さん)
「怒り心頭ですね。このまま仕事を続けられるのか。ほんまに憎たらしくてね。大阪府は自分の事務所が傾斜して、鉛筆転がる状態で仕事ができるのかということですね」

大阪府と施工業者を提訴 10年に及ぶ法廷闘争

秦さんは10年前の2011年、大阪府や施工業者を相手に「周辺に被害が出ないよう注意する義務を怠った」などとして、約7000万円の損害賠償を求めて提訴しました。府が工事後に秦さんの工場を調査した内容が記された「家屋等調査表」を確認すると…。

(家屋等調査表より一部抜粋)
『傾斜測定においては工事側への沈下の傾向はみられない』

大阪府は当時、現場周辺に地盤沈下を調べるための「基準点」を設けていました。この「基準点」と工場とを結んだ傾斜の値が工事前とほぼ変わっていないことから、「沈下していない」と主張していたのです。
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裁判では、裁判所の提案で第三者による周辺の鑑定が行われました。すると…。

(鑑定業者)
『「基準点」が最大で8cmあまり沈下している』

そもそも「基準点」も、工場と一緒に沈んでいたというのです。

大阪府が「沈下していない」とする根拠が崩れたわけですが、裁判では。

 (大阪府側)『「基準点」に変動がないか監視するよう施工業者側に指示していた』
(施工業者側)『指示された覚えはない。どんな指示をしたのか?』
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裁判はなかなか前に進まず、10年以上が経った今も続いていて、大阪府は「仮に工事現場の方向に工場が傾いていたとしても、工事が原因とする因果関係はない」などと主張しています。
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秦さんの代理人を務める脇田達也弁護士は…。

(秦さんの代理人 脇田達也弁護士)
「(裁判が)10年なんて、他の都道府県でも全然聞いたことがないです。あれだけ大規模な工事をするのに、周りがどれぐらい下がっているのか誰も把握していない状態。まさに無責任体制じゃないかと」
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秦さんの工場では、精密機械が傾いている影響か納得がいかない仕上がりのネジもあるといいます。

(秦承泰さん)
「被害を受ければそれを補てんするのが必然です。その補てんとは何かということですよ。原状回復ですよ」

そして、今年9月9日の判決で大阪地裁は「大阪府が行った地盤沈下などの鑑定結果は不正確な可能性が高い」と指摘。「設計段階から十分な協議なども行われておらず、その後の沈下防止措置も不十分」として、大阪府に約1800万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。一方で大阪地裁は工事の施工業者への訴えは退けました。

 提訴から判決まで10年続いた裁判、判決後に秦さんは次のように話しました。

 (秦承泰さん 9月9日)
 「気分がおかしいですよね。どうしようもないですよね。直しようもないですよね。1800万円をもらっても」

 判決を受けて大阪府の吉村洋文知事は次のように話しました。

 (大阪府 吉村洋文知事 9月9日)
 「地裁の判決で認められたことですから、そこは重く受け止めたいと思います。控訴するかどうか、しっかり精査して判断したいと思います」

(9月6日放送 MBSテレビ「よんチャンTV」内『憤マン』、9月9日放送MBSテレビ「よんチャンTV」内より)