小さな魚、ツチフキが約30年ぶりに大阪で発見された。かつて淀川のそこかしこにいた淡水魚が絶滅危惧種となり、姿を見なくなって30年。今回大阪で発見されただけでなく、最近ツチフキは、京都の鴨川や、滋賀の琵琶湖でも発見されている。果たしてこの再発見は「単に“ハッピーな復活劇”なのだろうか」。歴史を紐解き、人と野生生物との共生の難しさと、再発見が示唆する「地球環境の変化の表れ」を考える。

 ツチフキは、川底の有機物を土ごと食べ、鰓穴から要らない土を吹き出すことからその名前(土吹き)がつけられた小さな純淡水魚だ。別段食用になるわけでもない。ツチフキは氾濫原といわれるところに生息し、河川が氾濫する度に生息域を広げ、水深の浅いところで産卵する。その環境に適していたのが淀川だ。

 日本の1級河川に属し、水都大阪の象徴的な存在だが、平野を流れる下流域は、何度も氾濫を起こし、大阪が水害で水浸しになる度に、復興に莫大なエネルギーを要するため洪水対策が課題とされてきた。

〇淀川氾濫との闘い そしてツチフキがいなくなった

 豊臣秀吉の時代から、淀川の文禄堤、そして京都と大阪の間にあった巨大な巨椋池を木津川から切り離して堤を作るなど、大規模な治水干拓事業は行われてきた。しかし、明治18年大阪市内は淀川の未曽有の大氾濫で洪水に見舞われ大水害となった。これをきっかけに淀川の治水工事が国の急務とされ、守口から大阪湾まで、まっすぐな人工の水路ともいえる新淀川(現在の淀川)が出来上がることになる。

 いっぽう、人のために進化した淀川の煽りを食ったのがツチフキだ。ツチフキが繁殖してきた氾濫原水域を、淀川では「ワンド」といい、かつては500以上あった。それがガチガチの治水によって水位変動がなくなり、水深の浅いワンドは1/10以下に減ってしまったのだ。

 ワンドが減ることで生息域が狭まり、そこにとどめをさすように侵略的外来種が増えた。結果、ツチフキは激減の一途をたどり、大阪府レッドリストでは絶滅危惧Ⅰ類となっていて、ここ30年間生存が確認されていなかった。

約30年ぶり 再発見された要因は何か

(画像は鴨川で捕獲したツチフキ【関西ジャ二博の生態調査(2022年9月7日)】)

 ツチフキが約30年ぶりに生息していることが、今回、滋賀県立琵琶湖博物館とおおさか環農水研生物多様性センターの共同調査で確認された。大阪で確認されたばかりではなく、京都の鴨川でも、先月京都大学の調査で38年ぶりにツチフキが確認されたことが論文発表されている。再びツチフキが確認できた要因は不明とされているが、今回の発見に関わった生物多様性センターの山本義彦さんは2つの要因を指摘する。

〇保全活動 1つ目の要因は在来種を中心とした生態系の保全活動だ。淀川、そして琵琶湖でも、侵略的外来生物のオオクチバス、ブルーギルの駆除活動は、長年にわたり継続し、その捕獲数が以前より落ち着いて来ている。琵琶湖については一時の爆発的増加に比べると、まだまだ数は居るものの総捕獲数では減って来ている傾向にある。捕食者の減少が、ツチフキにとって良い環境を作っているのだと言えるのかもしれない。

〇実は異常気象も? もう1つの要因は最近の「異常気象」だという。日本各地でも水害がまた増えてきた。いわゆるゲリラ豪雨と言われる、短時間に大雨が降り、淀川なども水量が急激に増える、ということが頻繁に起こっているように思える。山本さんは、「増水による攪乱を繰り返すことがツチフキらにとって、住み良い環境になってきているのではないか」とも指摘しているのだ。

再発見は「異常気象の警鐘」かもしれない

(画像は和邇川で捕獲したツチフキ【関西ジャ二博の生態調査(2023年2月20日)】)

 これは私の考えではあるが、再発見の二つ目の要因を裏返せば、『異常気象』がこれまでの治水の考え方で追いつかないくらいの速度で進んでいて、このままでは、一定期間安定していた淀川で、将来また河川氾濫が起こりうる可能性を示唆しているのではないだろうか。人の住みやすさが進めば、野生生物には住みにくくなる。逆に野生生物が住みやすくなるということは、これは、自然から人類への警鐘ととらえられまいか。

 小さな淡水魚「ツチフキ」は、去年、道頓堀川でニホンウナギを捕獲したMBSの番組『関西ジャニ博』のチームも、鴨川と、琵琶湖の和爾川の生態調査で1尾ずつ捕獲していた。参加していた研究者が少々ざわついていたことを、現場に立ち会っていた私もよく覚えている。それくらい、ツチフキが増えてきているということなのかもしれない。今後、このツチフキがどこに由来するのかは、遺伝子解析をして詳細な分析を待たねばならないが、少なくともこの「発見」は、一つの人類の向かう方向を示しているように思える。


 治水の考え方も最近は、気候変動をふまえて、河川だけでなく流域全体で協働する「流域治水」という考え方に向かっている。そうした考え方こそが、生物多様性の保全につながってくる。「流域」のみならず、野生生物のことも考慮した、大きな「治水」の考え方が今後は必要なのではないだろうか。

発見に関わった生物多様性センターの山本義彦さんは語る。

「ツチフキはでてきましたが、見つかっただけで、まだ楽観視していません。ゼロにならずに30年間細々と生きていたんだとしたらすごいことですが、在来かどうかまだまだ分析が必要です。それに生息環境の整備や新たな侵略的外来生物への対応など課題は山積みです。」

〇尾㟢豪 MBSプロデューサー、元報道局解説委員。京都大学農学部水産学科卒。情報番組を中心に『お魚博士』として、テレビ・ラジオで20年に渡り生き物に関するニュースを解説。2010年には、絶滅種クニマスの発見に関わり、一部始終に密着したドキュメンタリー番組『クニマスは生きていた!〜“奇跡の魚”は、いかにして「発見」されたのか?〜』で、放送文化基金本賞、科学技術映像祭内閣総理大臣賞、など五つの賞を受賞。道頓堀川でニホンウナギを捕獲したバラエティー番組『関西ジャニ博』に、監修として関わる。