10万部でヒットといわれる出版業界で、書店に並ばない“定期購読誌”でありながら月38万部を売り上げ、女性誌の販売部数で圧倒的トップを走るのが、60~70代をメイン読者層とする「ハルメク」。低迷する同誌の売り上げを、2017年に就任した山岡朝子編集長がわずか4年で倍増させた。販売部数月38万部は現在、女性誌No.1だ(ABC協会データより)。

5月1日の「日曜日の初耳学」に出演し、MC・林修先生のインタビューに答えてその舞台裏を語った山岡編集長。V字回復の背景には、徹底してデータを活かす仕事術と、山岡編集長が経験の中で培ってきた“あるべきリーダー像”があった。

“シニア誌”から“女性誌”へ 発想の転換

 (林)「具体的に何をされて、ここまでの回復を実現されたんですか?」
(山岡)「一番キーだったかなと思うのは、編集部が『シニア誌を作るんだ』と思っていたことです。その意識を、読者は60~70代の“女性”で、私たちが作るのは“女性誌”であるっていう風に変えたんですね」

 (林)「“シニア誌を作る”ということと“大人の女性誌を作る”ことは、根本でどう違うんですか?」
(山岡)「基本的にシニアになったことがない(若い)スタッフばかりなので、『シニア誌だ』と思っていると、思い込みで“シニアに向けたもの”を作ってしまう。でも『女性誌だ』って思うと、ファッションとかヘア、旅行、インテリアも全部範囲に入ってくるんです」

 (林)「制作スタッフが全員シニアではない中で、シニアの気持ちを知るのは大変では?」
(山岡)「何か企画を考える時には、自分の中にいる『65歳のA子さん』を具体的にイメージして、その『65歳のA子さん』と相談をするんです」

 (林)「『65歳のA子さん』は、“シニア”のイメージとは違っていたりするんですか?」
(山岡)「そうなんです。その年代の方って世間のイメージよりもずっと若々しくてアクティブで。たとえばスマホ所有率は高めで、ただし使いこなしには個人差が大きく、意外に基本操作でつまずいている、とか…」
 (林)「となると、当然そういう(スマホの使い方の)特集を打つことになりますね」
(山岡)「はい。スマホ特集はすごく人気の特集です」

さらには「お散歩の目的として“ポケモンGO”を使いたいと思っているシニアが多い」というデータをきっかけに“ポケモンGO”特集を展開し、大ヒットさせた山岡編集長。思い込みを脱ぎ捨てた企画力で、購読者数をぐんぐん伸ばしていった。

徹底的なデータ収集で読者のニーズをがっちりつかむ

 (林)「1号あたりの制作期間はどのくらいですか?」
(山岡)「一般的な世の中の雑誌はだいたい発売から3か月前くらいに企画を考えて作るんですね。それに対して『ハルメク』は6か月前からスタートして、常に4~5号重なって動いています」

 (林)「大変な作業ですね!」
(山岡)「そうですね、で、前半の3か月でほとんどずっと調査をしているんです。編集部には“ご意見ハガキ”っていう読者からのおハガキが月に2000枚とか3000枚届くんです」

 (林)「そんなに届くんですか?」
(山岡)「その2000枚3000枚を毎月手分けして1枚残らず編集部員は読むんですけれども、読み続けていると、自分の中の『65歳のA子さん』『70歳のB子さん』が育ってくるんです」

 (林)「ほお!」
(山岡)「読者から来るハガキで仮説を立てて、WEBのアンケートも繰り返して企画を作り、それをお届けした後に『どうだったか』というところまで調査をして次の企画を作る、っていうサイクルを延々と回しているんです」

 (林)「『ハルメク』の読者って本を読むだけではなくて、そういうトータルのコミュニケーションを楽しんでいて、その中心にこの本があるっていうことなんですね」
(山岡)「おっしゃるとおりだと思います」

「役に立った」では不十分!

 (林)「前半3か月じっくり調査して、没になる企画もあるんですか?」
(山岡)「もちろんあります。私たちは、それは『ハルメク』がやるべきか?『ハルメク』の読者の方はハルメクにそれを期待しているか?『ハルメク』ならではの、『ハルメク』にしかできない提案ができるのか?を基準に考えるんです。一般的には『役に立った、便利だな』が合格点かと思いますが、『ハルメク』は、それだけでは足りないんです」

 (林)「ダメですか?」
(山岡)「はい。『ハルメク』は、『びっくりした』『感動した』『なんでこんなに私が知りたかったことが分かるの?』をかなえる雑誌でありたいんです。他にはない、『ハルメク』にしかない情報を提供して『ハルメクを読んでいて良かった』までいかないと、合格点じゃないんです」

 (林)「それを毎月、しかも一つの記事じゃなく、1冊にわたってこれだけの内容を用意するって…。そんなことできるんですか?」
(山岡)「それを目指しています。常に」

 (林)「そういう明確な基準があって、やるかやらないか決めていらっしゃる!僕の授業は『わかった』で十分だな(笑)。『感動した』まではいかないな」

チームをまとめるには「とにかく結果を出す!」

 (林)「(今の会社に)転職されて『ハルメク』編集長としての活動が始まった時、まずどんなことをお考えになったんですか?」
(山岡)「突然やってきた私がリニューアルを始めるわけなので、当然嫌われるだろうなと思ったし、抵抗があるのも覚悟していました。実際、異を唱えるスタッフも…まあ、いて当然だと思いますけど、いました」

 (林)「ああ…」
(山岡)「でも雑誌編集者の素晴らしいところって、読者が喜んでくれたり雑誌の部数が伸びると素直に嬉しいんです」

 (林)「じゃあ結果をしっかり出して、それで引っ張るしかないと?」
(山岡)「そうです。とにかく早く、小さな成果でもいいから早く結果を出そう、と。結果が出ているのにまだ抵抗するってことはあんまりないので」

 (林)「編集長も1つのチームのリーダーですよね?リーダーとして心がけていることはありますか?」
(山岡)「1つは、全体の2割ぐらいはしっかり見て、(そのほかの)任せられるところは任せる。入口と出口はしっかり見るんですね。こういう企画をやろうっていう目線合わせはそれこそ前半3か月かけて真剣にやるんですけど、担当が決まったら後は任せます」

 (林)「上がってきたものが『ちょっと違うぞ』っていうことは、ないんですか?」
(山岡)「それはもちろんあります。でも『ハルメク』には、最初にこういうものを目指しているよねっていうゴールがあるので、そこに対してズレていると説明すれば、それでもめたりはないです」

「自分のコピー人間がいれば…」は間違い

 (林)「意外と日本の組織では、上の人であまり聞く耳を持っていない方っていらっしゃいますよね」
(山岡)「そうですね。私も、実は…20代のときはそうでした、ハハハ…。29歳で初めて編集長を任されたんですけれども、当時は部下の書いてきた原稿を見て『なんで私みたいに書けないんだろう』って…」

 (林)「おっしゃったんですか!?」
(山岡)「これ、今言うと人でなしって思われそうですけど…」

 (林)「おっしゃったんですね?」
(山岡)「そうですね(笑)。内心、『これ私だったら5分で書けるのに、この程度の原稿になんで半日かかるのかな?』と、その時はそういう風になってしまっていて。当時会社の大先輩だった方に『どうしたらいいかわからない』って相談したんですね。そしたらその大先輩が『山岡さん、もしかして自分のコピー人間が何人かいたらいいのになって思っていないですか?そういう考え方は違うよ』『そこからは山岡さんが思いつく範囲のものしか生まれないよね』って言ってくださったんです」

 (林)「なるほど」
(山岡)「それが今もすごく、その後の私のチームビルディングの指針になっています」

そして山岡編集長は最後に、リーダーとしての自身の背中を押す考え方を一つ披露した。

(山岡)「転職する時や新しいことにチャレンジしようとする時、“怖いな”と感じた時に思っていることがあって。それは、“失敗しても別に死にはしない”っていうことです。失敗した場合のシナリオは…評価が下がる、上司に怒られる、周りから嫌味を言われる。その程度だなって思うんですよね。その程度のリスクなら、新しいことにチャレンジしてみるのもいいんじゃないかなって思うようにしています。『チャンスがあるならやったらいい、それで想定される最悪シナリオは大したことじゃない』って」
 (林)「そう腹をくくってチャレンジして結果が出れば、得られる喜びはとっても大きいですもんね。失敗した時って思ったほど大したことないですよね」

※このインタビュー記事は、毎週日曜日の夜10時から放送している「日曜日の初耳学」の人気企画<インタビュアー林修>5月1日放送回の内容をもとに再構成しました。<インタビュアー林修>は、林修先生が"時代のカリスマ"と一対一で対峙する番組人気企画。今回の山岡朝子氏の出演は、林修先生自身のたっての希望により実現したものです。