「極右」という日本語の漢字から受ける感じはちょっと強烈な印象がある。「極めて右翼」ってことだから。英語で言うと「Far right」、かなり右寄り、超保守的といったところか。そもそも右翼・左翼という呼び方のもとをたどればフランス国民議会の歴史にさかのぼる。フランス革命期の議会で議場の右側に陣取ったのが保守・穏健派で左側に座ったのが革新派とされる。そんな区分けの国での「極右」であるから、日本で受け取られるほどの強いイメージはなかったのだが、にしてもである。今回のフランス大統領選で「極右」国民連合のマリーヌ・ルペン氏は「極めて普通の政治家」として支持を得た。

先日のコラムではマクロン大統領について書いたが、今回は「極めてソフト」になったルペン氏に触れておきたい。

ルペン氏の路線変更

前回2017年の大統領選挙に敗れた彼女は捲土重来を期して路線変更に迫られていた。そんな最中の2018年春、彼女はパリのカフェで開かれたプレス有志のいわばお茶会に姿を見せた。「極右」という響きからくるイメージとは違い、よく笑うフランクで柔らかい印象の女性だった。その時点では具体的な戦略は定まってはいないようだったが、とにかく自ら率いる政党の変化の必要性を何度も繰り返し語っていたのを覚えている。

その後、ラディカルな政策を志向する党幹部と袂を分かち、父のジャンマリ氏が立ち上げた「国民戦線」という勇ましい感じの政党名をいまの「国民連合」へと変更し父との訣別をはかってきた。仏メディアがいうところのルペン氏の「脱悪魔化」、ソフト化路線へのシフトチェンジしてきた。もちろん一時は尖った部分をそいだことで個性を失ったように受け取られ、この5年の間に勢いを失った時期もあった。しかし、今回の大統領選挙にむかって帳尻をあわせるように盛り返してきた。

新たな支持層の獲得

ルペン氏は前回大統領選では「移民排斥」を支持する人に加えて、アメリカのトランプ前大統領のように、フランスのラストベルトともいえるかつて栄えて廃れてしまった製造業の街や労働者から票を得ていた。フランス第一主義的な姿勢を打ち出した政策が支持されていた。今回はこれらの支持層にプラスして、現職のマクロン大統領が迫ってきた改革に痛みを感じている人、エリート層や富裕層に反感を持つ人、さらにウクライナ情勢でエネルギー価格の高騰や物価高に耐えられないと考える人が加わった形だ。「極右」が格差に異議を唱え、国民の声を代弁し、生活苦の解消を訴えて勢力を拡大していく。どちらかと言えばこれまで左翼が担ってきた役割を演じている。実際、地方にはルペン氏率いる国民連合の市長が移民排除策をとりながらも市民サービスを充実させることで支持を高めている例が少なからずある。今後、格差が拡大し分断が顕著となった国では同じように労働者層や貧困にあえぐ人の「庶民の味方」として伸長する極右政治家が出てくる流れはさらに強まるかもしれない。

選挙戦後半に行われたテレビ討論。ルペン氏はEUやロシアとの関係をマクロン大統領から問い質され防戦一方となった。前回選挙同様テレビ討論での弱さも見せたわけだが、ただそれも、もしかすると相手の言葉を遮ってでも話すマクロン大統領よりソフトに映った向きもあるかもしれない。また、非現実的だと言われつつも電気・ガス料金の付加価値税を20%から5.5%に引き下げるとの公約を主張したことが響いた人も多かったかもしれない。フランスのニュース専門局BFMの調査では、「説得力ある候補」ではマクロン氏が59%、ルペン氏39%だったが、「国民の懸念を理解している候補」ではマクロン氏34%に対しルペン氏が37%と上回る結果が出ていた。

マクロン氏が直面する内なる課題

かくして躍進はしたもののルペン氏は敗れマクロン氏が再選した。順当な結果とはいえ国際社会は胸をなでおろした。ルペン氏が当選していたならば基本的に内向きな施策をとり、離脱や脱退まではしないもののEU、NATOへの関わり方は相当省力化したのではないかと思われる。プーチン大統領へのリスペクトを示していただけに微妙な距離感を保ったはずだ。ロシアという域内最大の問題国家への対応にあたり一枚岩でなければならない中でヨーロッパをまとめられる存在が失われる危機を回避したといえる。

しかし、マクロン大統領にとっては決して順風満帆ではない。かつて取材したフランス政治学者ブルーノ・コトレス氏はこう言った。「もしマクロンが国内の問題を解決できれば、国際的なリーダーとなるでしょう」。果たして2期目はこの言葉を実践できるのか。当選を決めた夜にパリで小規模なデモがあったというが、6月の下院選(国民議会選挙)で共和国前進が支持を得て主導権を握れなければ定年65歳制や年金制度の統一などの改革も実現できないだろう。また、ウクライナ情勢での仲介役に熱心に取り組むほど国内軽視と映り、物価高が進み、不満が高まって、かつての黄色いベスト運動といった社会的な危機と言えるほどの大きなうねりが再び起きてしまうかもしれない。国民、特に庶民から国内対応が不十分と映っているだけに、外交にどこまで注力できるのかは気になるポイントである。フランスの大統領は2期まで。再選を目指す必要のなくなったマクロン氏が今後どのようなスタンスをとるのか注視していきたい。


大八木友之 MBS統括編集長・JNN前パリ支局長
(2017年~2021年に特派員としてフランス赴任。前回大統領選を始めフランスの内政、ヨーロッパの政治・経済・社会を広く取材)