今年2月、捜査員2人が男性に声をかけた。大阪を拠点に活動するラップグループ「ET-KING」のメンバーだ。その後捜査員の数は増え、所属事務所や自宅に続々と家宅捜索に入った。その結果、自宅で微量の大麻草や大麻を吸引する器具が押収され、3月に近畿厚生局麻薬取締部はメンバーを大麻取締法違反容疑で書類送検した。捜査関係者によると、近畿厚生局麻薬取締部と大阪府警はメンバーが大麻を所持しているという情報を受けて、内偵捜査を進めていたという。メンバーは取り調べに対し「吸うために所持していた」と容疑を認めたものの、大阪地検は「諸般の事情を考慮し、今回に限り起訴を猶予した」として不起訴処分とした。

 この事件はJNNの全国ネットのニュースで報じられて以降、SNSではファンによる落胆のコメントが多数寄せられた。かくいう私も落胆した1人で、今から10年以上前の高校生時代、関西弁で繰り広げられるパワフルな歌声と聞き心地のいいラップに魅了された。初めてミュージシャンのライブに行ったのもET-KING、当時の携帯電話の着信音はヒット曲『愛しい人へ』だった。

 ET-KINGは社会貢献活動にも精力的で、3年後に控えた大阪・関西万博の応援ソングを制作するプロジェクトにも参加していた。書類送検を受けて、大阪府の吉村洋文知事は「プロジェクトから抜けてもらわざるを得ない」とした。グループは活動休止を発表。その後グループの活動は再開したものの、当該メンバーは活動を自粛し、2022年7月から復帰した。

大麻事犯の検挙者数が『過去最多』約7割が20代以下
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 大麻の蔓延が止まらない。警察庁の統計によると、2021年に全国で摘発された大麻事犯の検挙者数は、過去最多の5482人だった。大麻は「ゲートウェイドラッグ」とも呼ばれ、SNSで安易に手に入れることができ、覚醒剤など違法薬物に依存していく入り口(ゲートウェイ)と位置づけられている。

 注目されるのはその低年齢化だ。全国で摘発された大麻事犯のうち約7割が20代以下の若者である。去年9月には、大阪府内の少年グループが大麻を密売していたとして摘発される事件があった。1人の少年宅を拠点に、グループで大麻草を加工しSNSで集客した相手に密売していたのだ。捜査関係者によると、この部屋は「大麻部屋」と呼ばれ、当時13歳の中学生を含む17歳までの少年少女約20人が出入りし、取引現場の見張りを手伝わせるなど密売に加担させる代わりに、無料で大麻を吸わせていた。「あそこに行けば大麻を吸える」と地元少年らの間で知られていたという。

(大麻部屋に出入りしていた少年)
 「大麻を売ったお金でまた大麻が買える」
 「100回以上は吸った」

 大麻は他の薬物と違って依存性はないという誤った言説が根強く残るが、15、16歳で違法薬物の密売に手を染めた少年らの供述を聞けばどうしてもそうとは思えない。

道を正す存在が...メンツのために"大麻隠し"
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 少年らに大麻の影が忍び寄る中、道を正す大人の存在が重要となる。一方で、少年らの将来より自分たちのメンツを守ることに精を出す大人もいる。今年2月、大阪の有名私立高校の副校長と生徒指導部長をしていた男性教諭の2人が、大麻取締法違反と証拠隠滅の疑いで書類送検された(その後2人は起訴猶予で不起訴処分)。生徒が校内で所持していた大麻を取り上げ、「学校を守るため」と、警察に提出せずに隠蔽していたという。

 この学校では「複数の生徒が大麻を所持している」との情報をもとに大阪府警が校内を捜索したのは去年10月のこと。任意の取り調べに対し、10数名にものぼる生徒が大麻の吸引を認め、中にはグラウンドやトイレで吸引していた生徒もいたという。

 警察は学校側に「生徒が校内に大麻を持ち込んでいる」状況を伝え、なにかあればすぐ連絡するよう求めていたものの、学校側が生徒から大麻を取り上げて隠蔽したのはそのわずか2日後。取り上げた大麻は、副校長の指示のもと、生徒指導教室や副校長室で2か月間も保管されていたという。

 去年12月に警察が別件の捜査で話を聞いた少年から「大麻を学校に取り上げられた」という話を聞かなければ、事態が明るみになることはなかっただろう。捜査関係者によると、この生徒の保護者は「大麻は警察に届け出る」と学校側から嘘の説明を受けていたという。

 しかし、報道を受けて学校が出したコメントは、論点をすり替えたものだった。

(学校側のコメント 一部抜粋)
 「一部報道では教員らが大麻リキッドを意図的に隠蔽したとされていますが、教員らによると、保護者に警察への出頭を促した後、大麻リキッドをどう扱っていいかわからずそのまま校内で保管していたもので、決して使用・販売等の不正な目的で保管していたものではないとのことです」

 大麻取締法では、大麻は正当な理由なしに所持してはならないものと定められていて、使用や販売のためなのかどうかは関係ない。大麻を取り上げられた少年の自宅からは別の大麻が見つかっただけに、捜査幹部は「学校が取り上げた時点で警察に連絡していれば少年の再犯を防げた」と指摘している。

少年大麻事件の背景に"隠語飛び交う"『SNS』での取引
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 少年の大麻事件の背景の1つにSNSの存在がある。SNS上では♯野菜(大麻)♯手押し(手渡し)などといった隠語が飛び交い、密売を呼びかけるアカウントが後を絶たない。

 (密売行う19歳の少年)
  「友人きっかけに依存」
  「警察はめちゃくちゃ怖い」

 去年の末、SNSを通じて話を聞いた密売人は、19歳だという。まだあどけなさが残る声に、悪びれるそぶりはない。

 ーー何がきっかけで売人に?
  「それこそ友達がTwitterの手押し(=手渡しの隠語)で引いて持ってきて『あるねんけど吸う?』っていう感じで大麻を吸ったのがきっかけで、そこからどんどん依存していって」

 ーー売る方にもいってしまった?
  「そうですね。お金やっぱりかかっちゃうので」

 ーー密売で稼げる?
 「頑張れば月に100万くらいはいけるんじゃないんですかね。僕はそんなになんで4~5万円。でも4~5万ってだいぶでかくないですか?」

 ーー警察は怖くない?
 「めちゃくちゃ怖いですよ。僕も今年19で来年20歳なので。前科がついちゃうんでやめるかなという感じ」

 この密売人は「みなさんは吸うだけなんで。違法で捕まるのは僕だけです」とも語ったが、日本の大麻取締法には「使用罪」が存在しない。そのため若者への浸透を食い止めるべく、国は使用罪の創設に向けた議論を去年始めたところだ。

被害者にあった"もう1つの顔"『SNS』で大麻を密売
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 大麻など違法薬物と関わることは、薬物依存など身体的被害にとどまるものではない。今年2月、大阪府寝屋川市の路上で専門学校に通う男性(当時20)が3人組に背中を刺され殺害された。専門学校生は4月に就職を控えていて、知人らは、「面倒見のいいお兄ちゃんのような存在だった」、「殺されるようなトラブルを抱える人ではない」と口を揃えた。

 ただ実は、彼にはもう一つの"顔"があった。SNSを使って大麻を密売していたのだ。専門学校生を殺害した疑いで逮捕された男3人(10~20代)は、大麻の購入者として専門学校生に接触。夜の路上で待ち合わせをした後3人がかりで襲いかかり、売上金などが入ったとみられるカバンを奪ったという。専門学校生が刺された傷は肺まで達し、即死だったとみられている。

 大麻の密売をしていたからといって殺されなければならない理由は全くない。しかし、もし大麻の密売に手を染めていなければ、彼の人生はこれからも続いていたのではないだろうか。大麻に近づくということは、社会の暗部に足を踏み入れ、自らを危険にさらすことに他ならない。SNSで気軽に大麻と関わることができてしまう今こそ、「絶対に関わってはいけない」というメッセージを発信し続ける必要がある。

辻本敬詩(MBS報道情報局報道部 大阪府警記者クラブ所属。 捜査一課や薬物犯罪などを取材)
國土愛珠(MBS報道情報局報道部 大阪府警記者クラブ所属  大麻など少年犯罪を取材)