話を聞いて深く考えさせられた。果たしてそこに正解はあるのかと。

 先週、期せずして「避難する人」と「留まる人」双方を取材した。1人はウクライナから大阪へ避難してきた17歳のモデルの女性、そしてもう1人は首都キーウ(キエフ)に留まる59歳の日本人男性だ。2人は今回のロシアによるウクライナへの軍事侵攻に直面し、異なる行動をとっている。戦時下において、自らと家族がどのように状況を判断し、行動するのか。平和な日本でおよそ考えることのない命題である。

両親を残して大阪へ「避難」したウクライナ人モデル
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 リナ・アキンティバさん(17)はウクライナ第2の都市ハルキウ(ハリコフ)から3月9日に日本へやってきた。ウクライナのモデルエージェントに所属し、アジアでもモデルとして活躍していて、これまで日本に3度訪れたことがある。今回の来日もモデルとしての仕事をするという名目だが、実のところ「避難」の要素が強い。

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 ロシア軍による攻撃が激しいハルキウからすし詰めの列車に乗り、ポーランドを経由して5日かけて関西空港へ降り立った。日本へ来てまもなくひと月が経とうとしているが、祖国に残してきた父(51)と母(42)のことが片時も頭から離れない。両親とは毎日連絡を取り合っていて、水や食料品を買い出しに行く以外はずっと家にいるというが、毎晩、家の外から聞こえる爆発音で目を覚ましているのだという。両親もリナさんを心配させないためか戦争のことはあまり話さず、日本のことや桜について聞いてくるという。そもそも日本へ「避難」することは両親が勧めたという。

「両親を残してくるのはとても辛かった」
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 (リナ・アキンティバさん)
「わたしは自分の街や国から離れたくはなかった。しかし、両親が私に日本へ行くように言った、私は理解したけど、両親を残してくるのはとても辛かった」
「日本にいるほうが安全なのは理解しているけどでも、両親に会いたい」

 リナさんは一刻も早く両親の元へ帰りたいと思う一方で、いま帰国することは両親が望まないのではないかと思いが揺れ動いている。戦況を見ながらだが、6月中にはウクライナへ帰国したいという願いは叶うのだろうか。

ウクライナに「留まる」選択した日本人男性
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 一方でウクライナに残る選択をした人もいる。兵庫県神戸市出身の江川裕之さん(59)は1991年から31年間、首都キーウ(キエフ)で暮らしている。29歳の時に留学し、その後、ウクライナ人の妻(51)と出会い現地で家庭を築いた。今回のロシアの軍事侵攻を受け長女(20)は婚約者とともに西部の街へ避難したが、17歳になる長男とともに3人でキーウに残る選択をとった。4月4日からは日本語講師として勤務するキーウ国立大学でのオンライン授業も再開されるというが、3月上旬には江川さん自身は避難すべきではないかと考えていたという。ロシア軍が接近し砲撃が激しく首都陥落の恐れもあった。「正直、もう終わりかな」との思いもよぎったという。

 しかし、妻の思いは違った。江川さんは「このままシリアやチェチェンのようになったら、どうするのだ」などと妻を毎日、説得しましたが「避難」することに同意しなかったという。江川さんの妻は「足が悪い状態で9、10時間も列車には乗れない」、「移動中の車が爆撃されていた、どこにいっても一緒だ」などと反論した。そして「そもそも私の家なのに、私の国なのにどうして逃げなくてはならないのか」とも言われたという。妻の固い意思に接し、江川さんも考えを変えた。

「3人いれば1人や2人よりも生存の可能性が高まるのではないか」
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 (江川裕之さん)
 「私がいたった結論は息子を連れて逃げ妻を置いていくと、家族がバラバラになりますよね、私は一生後悔したりとか、(妻を)一生探し回らないといけないことになる」

 しかし...

 (江川裕之さん)
 「3人いれば1人とか2人よりも生存の可能性が高まるのではないかなと思った、お互いに助け合うことができる」
 「例えば1人がもう一人をサポートしている間に他のもう一人が救助を求めるとか、3人いればなんとかいけるのではないか」

 現時点での戦況も考え、家族とともに生き残るにはどうすればよいかを考えた上で出した結論。ベストではないがベターな選択なのだという。

「ウクライナの社会基盤をいま空洞化させてはいけない」
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 そして、江川さんは次のように付け加えた。

 (江川裕之さん)
 「復興するのはどこでするのかといえば日本やヨーロッパではなくウクライナでしないといけない、ウクライナの社会基盤をいま空洞化させてはいけない」

 ウクライナに実質がなければ誰も、他国は助けようとしない、実際の姿が無くならないようにすることも大切なことなのだと。

 国連難民高等弁務官事務所によると、3月29日の時点で約400万人がウクライナ国外へ避難したとされる。避難する人、留まる人、そして国の将来のために戦う人、それぞれに事情があり、考えがある。そこには完璧な正解などないのだろう。停戦協議がまとまらない中で、いまもウクライナの人々は愛する家族のために究極の選択を迫られ続けている。

 大八木友之(MBS統括編集長、JNN前パリ支局長)