ロシア外務省は3月21日、北方領土問題を含む日本との平和条約締結交渉を中断すると発表した。3月15日に行った在大阪ロシア連邦総領事への単独インタビューで、私は日本とロシアの関係についても聞いていた。今回の侵略戦争で日本でのロシアのイメージはかなり悪化し、北方領土問題や平和条約交渉は力により現状変更する国とは長い時間をかけても進むことはないのではないか?とテルスキフ・アレクサンダー総領事に問うた。

  (テルスキフ・アレクサンダー総領事)
 「現在、日ロ関係はさまざまな分野で高いレベルで達成している、いまは関係を冷やしているが、ロシアは建設的な対話にいつでもオープン」
 「日ロ関係の歴史には明るいページも暗いページもある。将来的に暗いページを乗り越えられると期待しているが、それはロシアの選択ではない」
 「我々は何か先にやることはない、制裁や発言についても日本に対しては行っていない」

 日ロ平和条約交渉の中断発表は、ウクライナへの軍事侵攻に際し西側諸国の一員として日本も経済など広範なロシアへの制裁に加わったことへのカウンターである。これにより日本は長年に渡り続けてきたロシアへの外交政策を反故にされ、大きな転換を迫られることにはなる。

 ただ、注目すべきは「我々は何か先にやることはない」という発言だ。総領事が平和条約交渉中断発表の約1週間前に発言していた「我々は何か先にやることはない」に着目していれば、この事態も冷静に捉えることができるのではないか。既定路線で予測できた反応ではないのかと。今回の軍事侵攻を見るにつけ、ロシアのやり方は常にウクライナや欧米諸国、NATOという相手の出方に対して反応したまでだとの姿勢をとり続けている。自らの防御のためカウンターパンチを繰り出しているだけなのだというある種の卑怯な理屈である。このやり方をとってくるロシアに対して取りうる手段があるとすれば、その考えに触れ反応を予測していくことである。この戦争を終焉に導くために。

プーチン大統領、そしてロシアの考えていることは...

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 ロシア外務省に属す外交官で、大阪にあるロシア連邦総領事館のトップ、テルスキフ総領事へのインタビューは、「プーチン大統領はいったい何を考えているのか?」という、軍事侵攻が始まって以来の最大の疑問を少しでも解消する点で貴重な取材の機会となった。この戦争が始まって以来、私たちが連日、報道で目にするのは日々の戦況であり、ロシア軍の攻撃により犠牲になる多数のウクライナの市民や国を追われる避難民の姿が中心となっている。それらを見るにつけ、より一層なぜこのような悲惨な戦争が起こり、終わらないのかという答えが知りたいという思いは強まるばかりだ。総領事は約50分間に及んだインタビューで終始一貫してロシア政府の立場からブレずに説明した。外交官であり政府の役人である以上、それは当たり前のことだし、批判を覚悟で取材を受けたという点では評価に値すると思う。話の中身そのものは決して納得することも、認めることもできなかったのだが、ロシア側の「戦争の大義」なるものは存在した。

 全編は先に公開したインタビュー動画に譲るが、ここに私が感じた3つの要点を記しておきたい。

 1.「なぜロシアは戦争を始めたのか?」、
 2.「どうすれば停戦するのか?」
 3.「誰かプーチン大統領を止められないのか?」の3点である。

 なぜ戦争を始めたのか?

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 まず「なぜロシアは戦争を始めたか?」。総領事がロシアに迫る危機として挙げたのは主に2つある。1つは2014年のクリミア侵攻以来緊張は高まっていて、ウクライナ東部のドネツク、ルガンスク州でロシア系住民がウクライナの民族主義者から迫害を受け犠牲になっていること。もう一つはNATO(北大西洋条約機構)がこの30年にわたり東方へ拡大を続け、ロシア国境付近まで軍事配備が進んできており、ウクライナを加盟国とする脅威が差し迫っていること。この2つの危機を外交や話し合いで解消しようと努めてきたが、クリミア侵攻以来8年を経て、西側諸国からロシア側の要求には答えてもらえなかったため、もはや軍事解決しかないと判断したのだという。あくまでロシア側から見れば相手が話し合いや要求に応じなかったという立場をとっているわけだが、アメリカを含むNATOや日本を含む世界は、ロシア側の危機感を正しく感じとれていなかったことになる。

 停戦はどうすれば実現する?

 では「どうすれば停戦するのか?」。総領事はウクライナに求めるものとしてこう述べた。

 (テルスキフ・アレクサンダー総領事)
 「ロシアはウクライナを占領するわけではない、いまの特別軍事作戦の目標は非軍事化、
中立化、非ナチ化で、それは何回も大統領レベルも外相レベルも繰り返している」。

 ロシア側掲げる3要件として広く知られるようになった条件だが、総領事は中でも一番大事なのは中立化だと指摘した。

 (テルスキフ・アレクサンダー総領事)
「一番大事なのは中立化ですね、いまのウクライナだと欧米から管理している。それは問題としてロシアの安全に脅威がありうる可能性が高い」

 総領事が意図する「中立化」とはウクライナが軍事ブロック(つまりNATO)に加入されないということだ。私は、中立化という意味では今のゼレンスキー政権が退陣して傀儡政権をつくることが目標か?と問うと、次のように答えた。

 (テルスキフ・アレクサンダー総領事)
 「いいえ、それはウクライナ人が決めるのですね、誰が大統領になるのかはウクライナの国民が決めるのですけど、我々が欲しいのはウクライナの方からロシアの安全保障に脅威が無いこと」

 実際の停戦協議において非軍事化、非ナチ化とともに具体的な条件をもとに交渉が続けられているが、「中立化」が譲れない一線でありその中身をロシア側が最も重視しているということがこの回答から推察される。ロシアが求める中身の「中立化」条件をウクライナ側が示せるかどうかが停戦のカギになってくる。この点においてロシアはウクライナの出方により攻撃を続けるかどうかなど対応を決めたという態度をとってくるのだろう。

 プーチン大統領を止めるのは...
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 そして、最後のポイント「誰かプーチン大統領を止められないのか?」という点について。

  (テルスキフ・アレクサンダー総領事)
 「止められるのか、止められないのかという話だが、プーチン大統領にNOと言えるのはロシア国民です。そのロシア国民はプーチン大統領を支持しています。支持率は70%ですけれども」

 ロシアは民主主義国であり国民が大統領の考えや政策にNOを言うことができる国だが、現時点で国民は大統領と今回の軍事行動を支持していると述べた。

 ロシア国内で反戦デモが起きていることについては...

 「ロシアは民主主義ですからもちろん特別軍事作戦を支持している人も多いですし、反対している人もいる」と主張した。

 テレビなどの主要メディアで「プロパガンダ」とも言えるロシア政権寄りの報道を続け、SNSを閉鎖するなどの情報統制を行っている。いわば作られた世論で「支持」が得られているとする。ロシア国内において政権の相手である国民の出方は「おおむね支持」であると仮装していると言えるのではないか。悲しいかなプーチン大統領をロシア国民が止めるというのはいまの状態では現実視しづらく、強大な権力者を止める「誰か」が出現する可能性は全く見通せない。

 戦時の論理 別の「事実」が存在

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 総領事はあくまで「特別軍事作戦」であって「戦争」や「侵略」という言葉は使わなかった。「ロシアは民間施設や市民に攻撃していない」と言いつつ、ロシア軍に立ち向かう市民は「民族主義者」であり「民族主義者」への攻撃は容認されるとした。また、原子力発電所に攻撃を加え電源機能を喪失させたのはウクライナ側だともいう。そう、ロシアから先に行動するのではなく他国や相手の動きへ反応したまでだという姿勢は貫かれているのだ。

 インタビュー取材を終えた感想は、改めてここまで認識が違うものかということだ。同じ物事でも全く違う視点や立場から見れば、別の「事実」が存在する。それが戦争というものなのだろう。しかし、戦争には必ず相手が存在する。戦火のウクライナの人々に思いを致すことと同時にプーチン大統領やロシア政府の考えを知ることは、どうすれば侵略を止めるのか、日本としてどう行動すべきなのかにつながっていく。考え続けることくらいはできる。

(大八木友之 MBS統括編集長 JNN前パリ支局長)