ロシアのウクライナへの軍事侵攻から2週間余りが過ぎた。いま世界が最も知りたいのはロシアのプーチン大統領が「何を考え」、「次に何をしようとしているか」だろう。多くの専門家が彼の心と頭の中を予測してはいるのだが、その真意はプーチンのみぞ知るという状態が続いている。今回は得体のしれない政治家プーチンの行動を垣間見た経験を記したい。

黒い塊に乗って現れたプーチン
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お腹に響くような重低音が遠くから聞こえてきたかと思うと、見たこともない黒い塊が悠然と入ってきた。フランス大統領府・エリゼ宮の門をくぐってきたのはロシアのプーチン大統領を乗せた車だった。
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2018年11月11日、第一次世界大戦終結から100年を祝う式典に合わせ世界中のリーダーが集まって行われた昼食会に出席するためやって来たプーチン大統領は笑みを浮かべながら我々プレスに手を挙げて会場へと入っていった。動画でご覧いただいたのはその時の一コマである。15mほどの距離で見た生プーチン。いま険しい表情でウクライナへの侵略戦争を仕掛け、欧米の制裁などを批判する姿とは異なって柔和な印象を持ったのを覚えている。

約1600万人が戦死したとされる第一次世界大戦。主な戦場となったヨーロッパでは、日本人が考えている以上に人々の記憶に色濃く残る戦争である。フランスで休戦協定が結ばれた1918年11月11日から100年の節目は大きな出来事であった。ただ4年前のあの日、取材の焦点はアメリカ大統領選挙をめぐるロシア疑惑などを抱えるトランプ大統領(当時)とプーチン大統領が会談などで接触するかどうかだった。
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「主役」の2人は異彩を放っていた。式典のホスト役であるフランス・マクロン大統領やドイツのメルケル首相(当時)、日本の麻生太郎副総理兼財務大臣(当時)ら世界の約70人の首脳は一緒にバスに乗り国際協調よろしく集団で歩いてエリゼ宮へ入ってきたのだが、2人はそれぞれの大統領専用車で乗りつけた。
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スーパーカーに乗っても「遅刻」する男

アメリカの大統領専用車はGM車をベースにした「キャデラック・プレジデンシャル リムジン」。防弾、テロ対策が施され「ビースト」の呼び名で知られている。

一方で、プーチン大統領の専用車はというと胴長でちょっといびつなフォルム、およそ見たことがない車種だった。ネットで調べた限りだが、どうもロシア国営の中央自動車エンジン科学研究所というところが開発した「アウルス」というブランドのセダン「セナート」のリムジンタイプだとのこと。全長が6m30cm、車幅2m20cmというスペックでエンジンは4.4リッターV型8気筒エンジン、ハイブリッドシステムに9速オートマチックを組み合わせた4WD、最高出力598馬力なのだとか。かつてはプーチン大統領含めてロシアの政権幹部はメルセデス・ベンツに乗っていたそうだが、なにかと西側諸国と対立するなかでベンツはどうもなあーということになったようで、自国モデルの「アウルス」が生まれることとなったそうだ。

話が横道にそれてしまったが、本稿で伝えたいのは、そんな超スーパーカーに乗っていれば一番乗りできそうなものなのに、式典に'遅刻'したプーチン大統領の振る舞いである。昼食会の前にパリの凱旋門で開催された記念式典。世界の首脳らは揃ってシャンゼリゼ通りを歩き席に着いていたのだが、別行動したトランプ大統領は「ビースト」に乗って遅れて到着した。しかし、そこからさらに数十分遅れて登場したのがプーチン大統領だった。世界中のメディアが注目する式典に遅刻してきたにもかかわらず、笑いながら入ってきた。そして彼は式典を始められず、さぞかしやきもきしていたであろうマクロン大統領の隣に当たり前のように着席した。ロシアは第一次大戦の「戦勝国」ではあるのだが、自らが最も尊重されるべき存在だと言わんばかりの行動であった。まるで皇帝のように。

「遅刻」は手段 その狙いは?

プーチン大統領の遅刻癖はつとに有名である。様々な国際政治の舞台でなかば常套手段のように「遅刻」を演じている。私は2016年に山口県で行われた日ロ首脳会談での取材でも経験している。当時の安倍晋三首相が自らの地元である山口・下関へプーチン大統領を招いた。有名温泉旅館を宿泊場所にして裸の付き合いで?の北方領土問題の進展も期待されたのだが、この時、プーチン大統領は2時間半も遅刻してきた。安倍首相の接待も効を奏すことなく、領土交渉に1mmも進展は無かった。このように遅刻をテクニックとして使い、「大国」を率いる自らの格を示し、会談や交渉事で主導権を握ろうとしてきたのだと思う。一般社会、特に日本では遅刻はダメだとされ、普通は遅れた方が恐縮してしまうものだが、プーチン大統領にその感覚はない。おそらくこれは単なる遅刻癖なのではなく、遅れて相手を待たせることで相手との上下関係をはっきりさせ、その場で誰が偉いのかマウントポジションを取ることを意図しているのではと推察される。KGB(ソ連国家保安委員会)出身で巧みに人の気持ちを操り予測や期待を裏切ることを常に考えてきた人間の行動パターンなのかもしれない。

遅れて始まった式典でマクロン大統領は次のように演説していた。

「自国の利益が第一で他国は構わないというナショナリズムに陥るのは背信行為だ。今一度、平和を最優先にすることを誓おう」

悲しいかなプーチン大統領にこの言葉は響いてはいなかった。

連日、プーチン大統領自身の報道も続いている。「心理状態がおかしい」、「怒りで冷静さを欠いている」など、独善的な思考と行動に拍車がかかっているのではと伝えられている。しかし、果たしてどれが真実なのかもわからない。プーチンという一人の男にウクライナ、ロシア両国の国民、そして世界が揺さぶられ続けている。世界の予想を裏切る形で始めた今回の軍事侵攻、せめて、せめて、最悪の予測を裏切ってはくれまいか。
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いまウクライナで起きている戦争に胸を痛めつつ、プーチン大統領の人物像に迫ることは重要だと考え拙稿を書かせてもらった。ロシア政治を直接カバーした経験があるわけでなく、あくまで個人的な見解に基づくものであることをお許しいただきたい。

大八木友之(MBS統括編集長 JNN前パリ支局長)