「世界に光を届けられたら」
独自開発の手術で白内障と向き合う
白内障は、レンズの役割を担う透明な水晶体が、主に加齢に伴い石のように硬く濁ってしまう疾患だ。50代で半数が、80代ではほぼ100%発症するといわれ、治療が遅れると失明に至るケースもある。この白内障治療において、赤星隆幸はこれまで独自の手術を考案してきた。
白内障の症状や術後のニーズは多様で、白目を切開する手術法もあるが、赤星は角膜を切って治療を行う。角膜切開には術後に乱視や目の炎症などが起こるケースがあるとされるが、赤星は1.8ミリの切り口からレンズを挿入するなど、自ら考案した手法で対応する。器具も自分で開発、目にかかる負荷が最少になるようコントロールしながら手術を行う。
かつては、全身麻酔で1か月の入院が当たり前とされた。その時代に赤星は、当時では革新的な術式「フェイコ・プレチョップ法」を世界に提唱、日帰り手術を広めた白内障治療のパイオニアの1人だ。その技術を頼り、政財界の要人や海外のVIPも治療に訪れる。
信念は、「医療が遅れた国でも、先進国と変わらぬ治療を」。自費で海外に飛んでは、治療するだけでなく世界中のドクターの指導にもあたってきた。これまで各国で24万の瞳に光を届けてきた。
今回、赤星は海外68か国目となるブータンへ。「幸せの国」も医療環境は乏しく、眼科医は18人しかいない。日本で40年前に行われた古い手術がいまだに行われているという。病院に向かうと100人をこえる長い列が。中には、重度の症状もあった。
「見えることは、人生を実りあるものに変える」。自ら切り開いてきた医師の熱い眼差しがそこにある。
Takayuki Akahoshi
1957年、神奈川県横須賀市生まれ。幼いころから眼科医に憧れ、1976年、自治医科大学入学、眼組織の基礎研究に明け暮れる。卒業後、研修医をへて東京大学医学部眼科学教室に入局。東京女子医科大学糖尿病センターで治療を行う傍ら、武蔵野赤十字病院で超音波による白内障手術を学ぶ。1992年、三井記念病院眼科部長就任、術時間を大幅に短縮する「フェイコ・プレチョップ法」を考案し、術式に関わるすべての器具を発明し自力で開発。1996年、アメリカで日本人初の公開手術を行う。2013年、2ミリ以下の創口からすべてを処置する「極小角膜切開超音波白内障手術」を世界に先駆けて成功。日本橋白内障クリニック開院。2017年、白内障治療で国際的に貢献した眼科医として顕彰されるケルマン賞を日本人で初めて受賞。
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