情熱大陸

建築家 Vol.1300

隈研吾

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05.12(日)

よる11:00

一緒に彷徨おう、僕も迷っているから
ひねくれ者の巨匠が描く、ひとの未来

1998年の放送開始以来、1300回を迎えた「情熱大陸」。これを記念して、各界の"レジェンド"の生き様や言葉に迫る特別シリーズを不定期で放送する。
第一弾として登場するのは、隈研吾。今年70歳を迎える、言わずと知れた建築界の世界的巨匠だ。
ここも隈さんか・・・と思わせるほどその建造物は多く、しかも多彩。国内では、国立競技場、GINZA KABUKIZA、高輪ゲートウェイ駅、根津美術館本館と枚挙にいとまがなく、今もおよそ20カ国・400以上のプロジェクトが進行中と聞く。
日本の伝統の技、自然への敬意、生活者目線を欠かさない隈の建築は、"脱成長"が叫ばれる世界から、これまでにも増して求められている。時代が隈に追いついたともいわれるが、本人は「旧態依然、権威的でマッチョといったピカピカな建築はもうダサい」と言い切る。

多忙のあまり、事前打ち合わせもなしにスタートした密着取材。目の当たりにしたのは、分刻みのスケジュールで世界を飛び回る姿から、事務所のスタッフが列をなして意見を仰ぐ「隈チェック」、模型を前に朗々と建築への思いを語るプレゼン、さらに執筆も並行するという日々。2週間の海外出張もボストンバッグひとつという身軽さだった。「さまよう」ことを喜びとする隈の信条は、「何かに縛られてはいけない」。「軽やか」でないと「狩猟」はできないのだと言う。

今月に入ってからも、軽やかに海外に飛び出した。
まず向かったブラジル・サンパウロでは、広大な別荘地に自然を体感できるホテルをというオファーが待っていた。馬に乗り、歩き回る隈。人を知り、風と匂いを感じることが何よりも大切だと話す。
フランスでは、パリオリンピック・パラリンピックのメインスタジアム近くに、彼が手がけた駅舎が完成を目前にしていた。サン・ドニ・プレイエル駅は、色々な人が混じり合って楽しめる広場がコンセプト。「駅は箱だという概念を壊し、駅は丘だと定義した」と隈は言う。現地鉄道会社が、「市街地の分断という難問を解消した天才的な発想だ」と期待を寄せる新駅の姿とは・・・。

高度経済成長期にこの道に入りながら、権威と鉄とコンクリートに違和感を抱いてきた孤高の男は、独自の「好き」を貫いてきた。
「ひねくれた建築家」が、未来を託す私たちへ語る思いとは?
レジェンド・隈研吾とともに、今とこれからに思いを馳せる旅に出ようー

Kengo Kuma

1954年8月8日 神奈川県横浜市生まれ
10歳のとき、東京オリンピックのために建てられた丹下健三の国立代々木競技場に衝撃を受け、建築家を志す。1979年、東京大大学大学院建築学科修了。コロンビア大学客員研究員、慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在は東京大学特別教授・名誉教授。1990年隈研吾建築都市設計事務所を設立し、これまで20か国以上で建築を設計。土地の環境、文化に溶け込む建築を目指す。国内外で受賞多数。

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