情熱大陸

鮨職人「すきやばし次郎」 Vol.1426

小野禎一

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11.01(日)

よる11:15

父は「鮨の神様」と呼ばれた。
その影で生きた男の矜持。

その家業を生き、その意志を受け継ぐ者がいる。小野禎一、67歳。

たった10席のカウンターに漂う、静けさと心地よい緊張感。差し出される熱いおしぼりと芳しい熱いお茶。一品料理もつまみも出さず、季節の極上20貫を一気に握るという「おまかせ」のスタイルを確立し、鮨の概念そのものを塗り替えたのが『すきやばし次郎』の小野二郎(101歳)だ。各国の元首や海外のトップシェフ、世界中の美食家たちが魅了され、いつしか二郎は「鮨の神様」と称されるようになった。

その伝説の板場を継ぎ、今日も変わらぬスピード感で洗練された一貫を静かに差し出すのが、長男・小野禎一。「神様の子」として生まれた宿命――。かつては「自分の鮨」を追い求め、試行錯誤を重ねたこともあった。しかし葛藤の果てに辿り着いたのは「やはり父の鮨が一番美味しい」というシンプルな真理。父が築き上げてきた王道の仕込みと技に立ち戻り、その道を愚直に歩む覚悟を決めた。

それは単なる追従でも模倣でもない。父の型を崩すことなく、素材の状態や時代の変化に合わせた微細な工夫を毎日静かに重ねていく。いくら追いかけても、ふと気づけば遠く先を行く父の背中。追いついたかと思えば、また引き離される。妥協なき仕込みと酢飯の温度管理、一貫の握りに注ぐ集中力に、一切の迷いはない。

かつては息子の鮨を食べることがなかった父・二郎。「鮨の神様」は今、禎一が握る一貫を口にし、何を思うのか。神の影を生きてきた男が、偉大な型を守りながら自らの命を吹き込み続ける、職人の生き様と矜持。

Yoshikazu Ono

1959年7月31日、大阪生まれ。
6歳の頃に、父・小野二郎が銀座に「すきやばし次郎」を開店。
高校生の時には「カーレーサーになりたい」という夢を父に伝えたものの「そんなもので食えるわけがない」と一蹴。高校卒業後、東京・赤坂の日本料理店で5年間修業に出る。
24歳の時に「すきやばし次郎」に入り、鮨職人の修業を一から始める。以来、父・二郎を師と仰ぎ、鮨と向き合う日々。座右の銘は「継続は力なり」。
(写真提供:戸澤裕司)

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