「食べられない」を諦めない
子どもたちの未来を拓く医師
食べること。それは誰にとっても当たり前の日常のはずだ。
しかし、卵や牛乳、小麦、ピーナッツなど、ほんのわずかな食べ物が命を脅かすこともある。そんな食物アレルギーの治療に40年近く挑み続ける医師がいた。国立病院機構相模原病院・海老澤元宏、66歳。
かつて食物アレルギーの治療は、原因となる食品を食べない「除去」が中心だった。海老澤は原因食品を実際に食べて症状を確認する「食物経口負荷試験」を日本に普及させ、診療体制の確立に尽力してきた。治療指針の策定や後進の育成、国際的な研究活動にも奔走。自らも幼い頃からアレルギーに苦しんできたからこそ、日本の食物アレルギー医療を世界水準へと押し上げてきた。
神奈川県相模原市にある病院には全国から多くの患者が訪れる。小麦アレルギーを持つ11歳の少年は、かつて2グラムのうどんでアナフィラキシーショックを起こした。それから6年。医師や家族とともに治療を続け、今では200グラムのうどんを食べられるまでになった。一方13歳の少年は重いピーナッツアレルギーに悩んでいた。家族が願うのは、万が一口にしてしまっても、命に関わる事態は避けられるようになること。
不安なく食べられる未来を、ひとりでも多くの子どもたちへ。医師と患者、そして家族がともに歩む長い挑戦を追った。
Ebisawa Motohiro
国立病院機構相模原病院臨床研究センター長。日本の食物アレルギー医療を牽引してきた第一人者。かつては原因となる食べ物を避けることが中心だった食物アレルギーの診療に、実際に食べて症状を確かめる「食物経口負荷試験」を普及させ、保険診療として受けられるようにするために尽力。より多くの患者が適切な診断や治療を受けられる道を開いてきた。
幼い頃から自身もアレルギーに悩まされ、医師になってからもアナフィラキシーを経験。
その体験も、食物アレルギーと向き合う原点のひとつとなっている。
加工食品のアレルギー表示制度の整備や診療ガイドラインの策定にも携わり、世界アレルギー機構(WAO)理事長、日本アレルギー学会理事長を歴任。
CATCH UP
TVerで無料見逃し配信中!
BACK NUMBER
このサイトをシェアする