今も高止まりが続くコメ価格。全国のスーパーで販売されたコメ5kgあたりの平均価格は再び最高値に迫る勢いです。こうした状況を受けて政府は、自治体への交付金を拡充し、食料品の高騰対策として「おこめ券」の配布などを推奨しています。

 一方、店頭で利用する時に12%の手数料が引かれる「おこめ券」を疑問視する声も。大阪府の交野市長は「経費としてお金がかかるのでその分減ってしまう」などとして配布しない意向を表明しています。

 「おこめ券」配布の行方は今後どうなるのか?キヤノングローバル戦略研究所・山下一仁研究主幹(元農水官僚)、流通経済研究所・折笠俊輔主席研究員の見解を交えてお伝えします。

「手数料は12%」おこめ券は物価高対策に適切か

 11月に閣議決定した物価高対策「重点支援地方交付金」。以下2つの柱で構成されていて、いずれも具体的な支援内容については自治体に委ねられていますが、国は“推奨メニュー”を提示しています。

 <重点支援地方交付金>
 ▼家計支援 1世帯あたり1万円程度
 ⇒「水道料金」などを推奨
 ▼食料品支援 1人あたり3000円程度
 ⇒「おこめ券」「電子クーポン」などを推奨

 その1つが、今回、注目が集まっている「おこめ券」。現在流通しているのは主に「全国共通おこめ券(全米販)」「おこめギフト券(JA全農)」の2種類で、多くは贈答用として利用されています。特徴は次のとおり。

 <おこめ券の特徴>
 ▼有効期限なし
 ▼お釣りは出ない
 ▼コメ以外の交換は各店舗の判断による
 ▼1枚500円
 ▼440円分のコメに交換可能
 ▼60円は印刷代など経費

 問題は交換レートです。一般的に、商品券は前払いによるプレミアムが付加されて「購入額<額面」(500円で購入⇒510円分が利用可能など)となるのが普通ですが、「おこめ券」の場合、500円で購入しても実際に交換できるのは440円分のコメです。残りの60円(12%)は印刷代などの手数料として引かれます。

「経費率35%」は高すぎる?9月に尼崎市が独自に配布

 今年9月、兵庫県尼崎市が独自で「おこめ券」を配布しました。その概要は次のとおり。

 <予算 8億5300万円(25万世帯)>
 ▼おこめ券の金額 6億2500万円
 ▼諸経費     2億2800万円
 (郵送費・発送作業の外部委託・コールセンター設置費)
 ⇒市民が使用できる金額 5億5000万円分

 予算8億5300万円から諸経費の2億2800万円を差し引いた6億2500万円が市が買った「おこめ券」の金額ですが、さらにそこから「おこめ券」自体の手数料12%が差し引かれるため、市民が実際に使用できるのは5億5000万円。全て含めた経費率は約35%となりました。

 尼崎市は物価高対策として「おこめ券」を選んだ理由について、以下のように説明しています。
 ▼経費は安いとは言えないが、コメ価格高騰を受け「おこめ券」を選んだ
 ▼電子地域通貨の支援策もあったが、使わない世帯に不平等(普及率は約50%)
 ▼現物が手元に届いた方がメッセージ性がある

 今回、「おこめ券」を採用するかは検討中だということです。

なぜコメは余っているのに高いのか?

 そもそもなぜ、いまだにコメ価格が高騰しているのか?その理由は流通の構造にあります。

 <コメの流通経路>
 (1)生産者
 (2)集荷業者(JAなど)
 (3)卸売業者
 (4)小売店(年間1万t以上取り扱う店)
 (5)消費者

 夏の猛暑による不作などを懸念した集荷業者(JAなど)は今年、生産者から高い概算金を払って新米を買ったため、現在コメは「60kg=3万円以上」という高値で取引されています(以前は60kg=1万5000円)。そのため、消費者による買い控えが起こっているのです。一方、今年の新米は豊作だったため、コメは余っています。

 通常「売れると思って高く仕入れたが売れなかった」場合は価格を下げるしかありませんが、JAや卸売業者は「余っているけど安売りしたくない!」と値下げを渋っています。一方、消費者は「安くなるまで買わない」と買い控えしていて、両者の間で綱引き状態が続いている状況です。

 そこに「おこめ券」が配布された場合、「高くても変える」状態になるため、価格が下がらないのではないかという意見もあるようです。

輸入米の関税は下げるべき?食料安全保障上の懸念も

 コメ価格を下げることは可能なのか?「輸入米の関税を下げるべき」と主張するのは、元農水官僚の山下一仁氏です。現在1kgあたり341円(60kg=約2万円)かけられている関税を引き下げれば、安い輸入米が市場に流入し、売れない国産米の価格が下がると言います。

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 一方、流通経済研究所の折笠俊輔氏は「輸入に頼りすぎると国内に打撃」と指摘。食料安全保障の観点から、国内の生産量衰退や離農の加速などを懸念しています。日本の農家を守るためにも、輸入は慎重に考えながら行うべきだという意見です。

全ての農家を守るべきなのか?守るべき農家とは?

 ここで問題になるのが、コメは増産すべきか?減反すべきか?という議論。一般的には「増産して価格が下がると農家が困る」と言われますが、山下氏は「守るべき農家とは誰なのか?」「全ての農家を守るべきなのか?」と問題提起します。

 日本の農家の約半数は耕地面積1ha未満の小規模農家ですが、耕地面積全体の占める割合はわずか8%です。一方、耕地面積10ha以上の大規模農家は全体の6.5%に過ぎませんが、耕地面積全体の占める割合は63%にのぼります。

 つまり、仮に約半数の小規模農家を守ったとしても、耕地面積で計算した場合、わずか8%分しか守れないことになり、価格も下がらない可能性があるのです。

 それでも小規模農家を守ろうとするのは、彼らが「選挙の票田」となっているから。耕地面積はわずかであっても、戸数では50%以上を占めているという現実があります。

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 なお、山下氏は、「10ha以上の専業農家であれば60kg=1万2000円でも経営が成り立つ」と言います。例えば、耕地面積10ha~15haの場合の年間所得は500万円で、35ha以上では1億円以上になるそうです(山下一仁氏試算)。

 <農家の規模別にみた年間所得>
 ▼1ha未満     数十万円
 ▼1ha〜5ha   100万円〜200万円
 ▼10ha〜15ha 500万円
 ▼20ha以上    1000万円以上
 ▼35ha以上    1億円以上
 (山下一仁氏試算)

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 一方で、小規模農家を守るべきだという意見も。折笠氏は「零細農家は農業のインフラを支えている」と指摘します。例えば、水の管理やあぜ道・農地の維持などを担っていて、零細農家がいなくなると、大規模農家の生産性が低下する可能性もあるそうです。

 折笠氏は「長期的には国内の生産力維持のため増産は必要」、山下氏は「コメ価格を下げるには増産=供給量を増やすことが本来必要」として、2人とも増産を主張しています。その上で山下氏は「増産して価格が下がった場合、農家に直接支払う補償を」と述べています。

「減反に補助金」の一方で… 税金の使い道に矛盾?

 現状、コメ政策をめぐっては、税金の使い方に矛盾が起きています。

 減反の補助金として3500億円を使い、供給量を減らして価格を維持する一方で、高くなったコメの購入を支援するために「おこめ券」などの支援金として4000億円を使うという状況になっているのです。

 与野党ともに地方票が欲しいため、減反政策廃止を訴えている党はほとんどありませんが、都市部と地方の分断を避けるためにも、「都市部の住民も農村の実態を知ることが大切」だと山下氏は述べています。