史上最多67タイトルを獲得し六冠を保持している大阪在住の女流棋士・福間香奈さん(33)。そんな福間さんが「戦えずタイトルを返上」するかもしれない…トップ女流棋士を揺るがす事態となっています。一体何が起こっているのか取材しました。

トップ女流棋士の福間香奈さん 「将棋」と「子育て」両立を目指す

 大阪府大東市に住む女流棋士の福間香奈さん(33)。おととし、将棋で知り合った健太さん(36)と結婚し、去年12月には長男が生まれました。

 (福間香奈さん)「ものすごく望んでいましたし、子どもが欲しくてできたのですごく良かった。今までで一番うれしかった瞬間」

 中学1年の時に女流プロとなり、これまでに獲得したタイトル数は史上最多の67。去年は妊娠・出産がありましたが、現在も8つあるタイトルのうち6つを保持しているトップ女流棋士です。

 自宅では忙しい子育ての合間をぬって過去の対局の研究を続けています。

 (福間香奈さん)「年々厳しくなっているので、10代20代が伸び盛り。30代は読む量とか棋力、体力も下降していく時期。常に危機感がある状態」

 子どもの存在も将棋のモチベーションになっているようで…
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 (福間香奈さん)「今までは自分のためだけに将棋をやっていた。子どもが生まれたことによって、子どもに恥じない生き方ができたらいいなと変わってきた」

 「将棋」と「子育て」を両立させたいと思っている福間さん。いずれは2人目も欲しいと考えています。

“将棋か妊娠か” タイトル保持者に厳しい将棋連盟の規定

 しかし、今年4月に日本将棋連盟から配られた「ある規定」をめぐって不安を感じているといいます。

 「女流棋士公式戦 番勝負対局規定」と呼ばれる、女流棋士のタイトル戦について定めたものです。そこにはこう書かれています。

 「妊娠している場合は、出産予定日を基準とした産前6週間から産後8週間までの期間と、番勝負の日程が一部でも重複する場合、対局者の変更を行う」

 女流棋士のタイトル戦は、前回タイトルを取ったタイトル保持者と、予選を勝ち上がった挑戦者が、三番勝負から七番勝負で戦います。
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 タイトル戦は8つ。1年を通して実施されています。このうち福間さんは6つのタイトルを持ち、残る2つのうち1つも今年は挑戦者だったため、ほぼ全てのタイトル戦に関わっています。

 今回の規定では、例えば4月上旬から7月半ばまでが産前6週・産後8週の期間だとすると、女王戦、女流王位戦、清麗戦の3つのタイトル戦に参加できなくなってしまうのです。
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 (福間香奈さん)「対局か妊娠するかどちらかを選択しないといけないような状況」
 (福間健太さん)「2人目をもし作るってなると、(妻は)いま複数タイトルを持っているので、いくつかタイトルを失うことになる。それは妻は望んでいないので、これは難しいなと、2人で落胆した」

「女流棋士である以上、対局は何にも代えがたい」

  一体なぜこのような規定ができたのでしょうか。

 実は去年、妊娠中だった福間さんが参加が決まっていたタイトル戦の時期に体調不良となりました。
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 当時は妊娠について明確に定めた規定がなく、特例として対局が「延期」となったり、スケジュール調整が難しく「不戦敗」となったりと対応が一貫しませんでした。

 そこで日本将棋連盟は去年10月に新たなルールを整備すると発表したのです。

 将棋連盟は去年12月には福間さんに意見を聞き、福間さんは「産前産後に予定されているタイトル戦の日程変更を可能にすること」と「不戦敗を回避すること」などを求めた要望書を出していましたが、要望の大半は、配られた規定に反映されていませんでした。

 今年4月、日本将棋連盟は女流棋士らに対し、新しい規定の目的をこう説明していました。
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 (日本将棋連盟 今年4月)「対局者の変更に関する基準を明確化することにより、公平かつ持続可能な対局環境を整えることを目的としております」

 今回の規定でタイトル戦に出られなくなった場合、翌年に何らかの救済措置があるといいますが、福間さんはあくまで「柔軟に日程変更をするべきだ」と話します。

 (福間香奈さん)「(去年)妊娠・出産した際には日程変更していただいたり、ご迷惑をおかけして申し訳ない気持ちと大変ありがたい気持ち。女流棋士である以上、対局できないっていうことは何にも代えがたい」

専門家「マタニティハラスメントが起きる可能性」

 女性の働き方に詳しい日本弁護士連合会の元副会長、矢倉昌子弁護士は「今回の規定によりマタニティハラスメントが起きる可能性がある」と指摘します。

 (矢倉昌子弁護士)「この規定があることによって、この期間まったく(タイトル戦の)試合に出場できない。本人の体調とか関係なく画一的に出場できない。それによって本人が不利益を受ける可能性がある」

 女流棋士は個人事業主ですが、矢倉弁護士は労働者を守る労働基準法65条が参考になるといいます。
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 この法律では将棋連盟の規定と同じように産前6週間・産後8週間の休業について定めていますが、女性が求めるなどすれば、この期間の一部について働くことができるようにもなっています。

 つまり、「母体の保護」を重視しつつも「女性の意思」を尊重する形になっているのです。

 (矢倉昌子弁護士)「(今回の規定は)硬直的すぎると思います。もう少し女性の意思を尊重して、柔軟に対応できるような規定にすべき」

女流棋士を目指す子どもたちのためにも…

 新たな規定には複雑な気持ちを抱きながらも、福間さんは今年8月、夫の健太さんと一緒に「子ども将棋教室」をオープンしました。「大好きな将棋をもっと広めたい」という思いからです。

 (子ども)「(Q将来はどんなことやりたい?)棋士になってみたい。(福間さんは)今まで強い人としか思っていなかったけど、教え方もうまくて強い人」

 (福間香奈さん)「めちゃくちゃうれしいです。この子最初から来てくれていて、すごく伸びている。来るたびに強くなっているのがわかる。すごく一生懸命。私たちも教えていて楽しい」

 将来、女流棋士を目指す子どもたちのためにも、規定を変更する必要があると考える福間さん。4月以降、連盟の理事に個別に訴えたり、女流棋士で作る産休委員会の設置を呼びかけたりするなどしましたが、規定は一向に変わりませんでした。

「安心して子どもを望める規定になってほしい」

 12月2日、福間さんは大阪市内にいました。向かったのは弁護士事務所。連盟に規定の変更を求め、改めて要望書を出すことにしたのです。

 (松田真紀弁護士)「何か意見を出して出しっぱなしじゃなくて、向こうにどういうリアクションを求めるのか書いたほうがいい」

 そして、12月9日に要望書を郵送し、10日には代理人弁護士らと記者会見を開き、社会に広く訴える予定です。

 (福間香奈さん)「今の規定ですと、出産か対局かどちらか一方を諦めなければいけない。女流棋士を目指す女の子が、安心して女流棋士の道を歩めるように、安心して子どもを望める規定になってほしいなと感じています」

 日本将棋連盟は9日、MBSの取材に対して「現在、制度設計や規定の明文化を目指し、専門家の意見や女流棋士の声、競技運営の観点を踏まえ検討を進めている」とコメントしています。