ドラフト会議では毎年100人を超える選手が指名され、その一方で、100人を超えるプロ野球選手がグラウンドを去ることになります。しかも、自ら引退を決められる選手はごくわずかで、多くは戦力外通告を受けて現役引退し、新たな道へ進むことになります。かつてドラフト1位指名を受けた元プロ野球選手を取材し「ドラ1」ゆえの宿命、その後の人生を追いました。

秋田県秋田市。待ち合わせに指定されたのは、防犯セキュリティ対策の大手「ALSOK」です。

「おはようございます、辻内です。(Q今はどういったお仕事をされてるんですか?)今はALSOK秋田で現金輸送の仕事をしてます」

辻内崇伸さん、35歳。春夏9回の優勝を誇る名門・大阪桐蔭高校のエースとして甲子園を沸かせました。

2005年に、左投げ投手として史上最速156キロを計測し、大会記録となる1試合19個の三振を奪うなど、野球界で一躍ときの人となった剛腕投手。当然のように、その年のドラフトの目玉となり、巨人とオリックスの2球団から1位指名を受け、抽選で読売ジャイアンツに入団しました。

日本球界を代表する投手へ、将来を有望視された辻内さんでしたが、10年前にプロ野球を引退。一体何があったのでしょうか。

「スピードに関しては誰にも負けたくない気持ちはあった」

辻内さんはいま、現金を中心に運ぶお仕事、この日も、ある会社の現金を郵便局まで運びます。

(辻内崇伸さん)「(プロ野球とかなりのギャップのある仕事ですね)毎日毎日緊張感があるお仕事ができるっていうのは、現金輸送の魅力かな。今まではファンの皆さんのために期待に応えられる仕事っていうところで、今はお客様のために仕事をしないといけない、街に出ればこういう格好してれば、ちょっと目立ちますし、外にいるときは行動言動に気をつけないといけないっていうところは、プロ野球も変わらないのかなと思います」

小学1年生で野球を始めた辻内さん。投手として高校生離れしたスピードが注目されるほど、様々な葛藤があったそうです。

(辻内崇伸さん)「周りと、自分自身の評価にすごく差があった。自分自身は、そんなすごい選手じゃないのに新聞とか取材で取り上げてもらって、ドラフトの目玉とか言われたりして、苦しい思いもあったんですが、プロに行けたらいいなって気持ちはもうめちゃめちゃあった。周りから見ればスピードが魅力的っていうところで、自分自身もスピードに関しては誰にも負けたくないっていう気持ちはあったので、そこは極めたいと思っていた」

ジャイアンツからもスピードが評価され、高卒新人の契約金としては、あの松井秀喜さん以来となる1億円。

(辻内崇伸さん)「(お金の使い方は)ブランドものも、高卒18歳19歳が、やっぱり一括で買えたりとか、車もそうですが500万円ちょっとで…。でもお金の使い方は慎重にやった方がいいのかなって思います」

大きな期待を背負って入ったプロ野球ですが、想像以上に厳しい試練が辻内さんを襲います。

(辻内崇伸さん)「1年目ぐらいに肩、2年目に肘の靭帯断裂、野球が本職なのに野球ができない、仕事ができないってなってくると、やっぱり『何してんだ』って周りからも言われますし、ストレス発散じゃないですけど、ギャンブルっていうところにもはまってましたし」

その後も怪我が続き、ドラフトから8年後に戦力外通告。結局1試合も1軍で投げることなく、プロ野球の世界を離れることになりました。

(辻内崇伸さん)「でも一軍で投げていないのに、8年もいられたら本当に自分自身は感謝しかないですし、すごく納得のいく戦力外通告だったと思います」

会社で野球部を立ち上げ…同僚たちと試合へ

引退後は、女子プロ野球の指導者を経て、妻の実家がある秋田に移り住んだ辻内さん。自ら就職活動を行い、興味があったという警備の仕事へ。社長が面接のときの裏話を教えてくれました。

(ALSOK秋田 辻本光雄社長)「履歴書見たら、読売ジャイアンツ!なんかふざけたあれじゃねえのかって思ったんですけど、とりあえず会ってみようと。奥さんとね、秋田に来て一から出直すんだと(言っていた)」

いまは、会社の同僚ともすっかり打ち解けている辻内さん。この夏、新たな取り組みを始めました。

(辻内崇伸さん)「社長に、野球部をぜひとも立ち上げたいんですけどもと、お話はしたんですけど、次の日ぐらいに、もう野球部やろうかっていう話になって」

半数ほどは未経験者ですが、15人で野球部の船出、今月には、初めての試合を行うまでにこぎつけました。プロの世界まで経験した辻内さんだからこその思いがある。野球部のメンバーはそう語ってくれました。

(営業部 野球歴なし)「やっぱ楽しもう、野球って楽しいものだよといったお声掛けを非常に多くいただいて、辻内さんは要所要所でうまく指導してくれる」

(営業部長 小中で野球経験)「苦労してきたからこそ、その後自分の苦労を見せていない。野球は楽しいもんだ、それを伝えたいっていう気持ちは非常に強いと思います」

(営業部 野球歴1年)「地元で所属してるチームで辻内さんが監督だと伝えたら、『あの辻内さんか!と』本当にすごい人なんだと。『まず楽しめ』その一言で自分は救われている。その言葉をもとにこれからも野球を続けていきたい」

辻内さんから、運命のドラフトを迎える選手に向けて伝えたいメッセージは…。

「ドラフトにかかる人たちは、本当に人生を変える日だと思いますし、かかって安心するんじゃなくて、しっかり準備した上で、キャンプインしてほしいと思っています」