日米の関税交渉は2回目が終了。赤沢経済再生担当大臣は「非常に突っ込んだ話ができた」と語りました。要求に対し日本は「米」「大豆トウモロコシ」「車」といった交渉カードを使うのか?
米国内の経済不安や政治日程も絡む中で、「交渉は急がない方が良い」と指摘する専門家もいます。日本の選択肢、そして今後の展望を徹底解説。
赤沢亮正大臣は強調「突っ込んだ話。前進できた」
日本とアメリカの関税措置をめぐる交渉、ワシントンで行われた第2ラウンドの直接交渉は、事前の見込みより長く2時間10分に及びました。赤沢大臣は「可能な限り早期に日米双方にとって利益となるような合意を実現できるよう、率直かつ建設的な議論を行い、前進することができたと考えています」と述べ、交渉が進展したとの認識を示しました。
赤沢大臣によると、相互関税や自動車関税など、いわゆるトランプ関税の見直しを改めて強く求めた上で、日米間の貿易の拡大や非関税措置、経済安全保障面での協力についても具体的に議論したとのことです。今月中旬以降には、閣僚間の協議を集中的に行う方向で一致し、交渉が本格化する見通しです。
専門家分析「アメリカの方がすこし急いでいる感じがある」
世界経済や政治の動向に詳しい、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏は、2回目の交渉後の状況について、「日本としては合意はあんまり急いでないんじゃないかなっていう印象があります」と指摘。「アメリカの方が合意を少し急いでる感じがあってですね、やや、日本の交渉力が少し上がってるんじゃないかなっていう印象はありました」と分析しました。
一方、トランプ大統領は強気の姿勢を崩していません。アメリカメディアの取材に対し、「彼らは我々を求めているが、我々は彼らを必要としていない」と強調しました。強気の裏には懸念材料も指摘されています。トランプ氏が就任した後の今年1月から3月までのアメリカのGDP(国内総生産)は、3年ぶりのマイナス成長を記録しました。
武田氏「安全保障の切り分け、石破トランプ首脳会談に向けた舞台づくりか」
赤沢経済再生担当大臣は交渉後、「非常に突っ込んだ話ができた」と複数回強調しましたが、具体的な交渉内容については明言を避けました。ただ「為替と安全保障は議論にならなかった」と述べました。この点に元TBS記者でジャーナリストの武田一顕氏は、「赤沢大臣とベッセント長官の間で、暗黙の了解ができてきたのではないか」と指摘します。
特に安全保障の分野を切り分けたことについて、「これは今後開催を目指す石破首相とトランプ大統領との首脳会談に向けた、舞台づくりである可能性がある」とみています。武田氏は、安全保障に関しては、石破首相が防衛大臣を2度務めた経験がある安全保障のプロであるとし、そのためこの分野に関する議論は、赤沢大臣ではなく、石破首相とトランプ大統領の間で行うという日本側の強い意向を示すサインと読み解いています。
交渉カード「コメ」:日本のダメージ「大」米国の納得度「小」か
日本が持つカードとして挙げられるのが「米」です。アメリカはかねてから、日本に対して非関税枠の中で主食用米、つまり人が食べるアメリカ米の輸入枠を増やすよう求めてきました。『平成のコメ騒動』の時代と比較すると近年は品種改良が進み、海外産のコメにも口に合うものが増えているとも言われています。
しかし、この「米」を交渉カードとして切ることの効果について、専門家は厳しい見方を示しました。野村総合研究所のエグゼクティブ・エコノミスト、木内登英氏は、日本がアメリカの要求を受け入れた場合、日本のダメージは大きい、特に大きいのは「政治的ダメージ」と指摘します。与党の支持基盤である日本の農家を刺激することになり、間近に控える参院選への影響が懸念されるためです。
一方で木内氏によれば、「価格の安いコメ」が増えることは、現在の短期的な視点に過ぎないといいます。一度拡大した輸入枠を後から縮小するのは困難であり、長期的な影響を考えると安易な判断はリスクが高いと分析しています。
さらに、日本が輸入枠拡大を受け入れたとしても、「アメリカ側の納得度は小さい」と木内氏は見ています。アメリカにとって、日本の米市場開放は「日本の市場は閉鎖的だ」という象徴的な意味合いが強いものの、輸入枠を増やしたところでアメリカが抱える巨額の対日貿易赤字が劇的に改善するわけではなく、アメリカ側の満足感は低いだろうと予測しています。
このように、「米」の輸入拡大は、日本にとっては政治的な打撃が大きく、アメリカにとっては実利が少ないという、扱いの難しいカードと言えそうです。
交渉カード「大豆・トウモロコシ」:日本のダメージ「小」米国の納得度「中」か
2つ目の交渉カードとして考えられる「大豆・トウモロコシ」の輸入枠拡大、そのパワーはどうでしょうか。木内登英氏によると、このカードを切った場合の日本のダメージは少ないと分析されています。
木内氏は、日本国内で大豆やトウモロコシを生産している農家は少なく、日本はすでにアメリカやブラジルから多くの大豆を輸入しており、ブラジルからの輸入分をアメリカ産に切り替えるといった対応も考えられるとします。ただし、食料安全保障の観点からは、特定国への依存度を高めることへの懸念や、国内で生産する農家への影響は考慮する必要があるでしょう。
また、アメリカ側の納得度は「中」程度と木内氏は見ています。日本が輸入を拡大すれば、アメリカの農家にとっては朗報となります。特に、共和党の支持基盤でもある南部の州には農家が多く、政治的なアピールに繋がる可能性があります。納得度が「中」にとどまる理由は、貿易赤字削減への効果が限定的です。
仮に日本がアメリカからの農産物輸入を3倍に増やしたとしても、対米貿易黒字の削減額は1.1兆円程度にしかならないと試算されています。アメリカが8兆円以上の貿易赤字解消を求めていることを考えると、このカードだけでは不十分と判断される可能性があります。
交渉カード「車」:日本のダメージ「小」米国の納得度「小」か
3つ目の交渉カードとなり得るのが「車」です。すでに25%が上乗せされています。車についてはアメリカのトランプ大統領が「非関税障壁」でアメリカ車の日本での販売が妨げられていると主張してきました。
木内氏によると、車自体の安全基準は緩められないが、すでにある「輸入車の手続きの簡素化」は可能で、このカードを切った場合、日本のダメージは比較的小さいとみています。ただアメリカ側の納得度も小さいと見られています。非関税障壁に関して何らかの対応をすることで、トランプ大統領が「自分が強く言い続けたから日本が変わった」とアピールする材料にはなるかもしれませんが、経済的な効果は限定的だからです。
仮にアメリカからの自動車輸入額が3倍になったとしても、増加分は5000億円程度と試算されており、アメリカが求める貿易赤字削減目標(約8兆円)には及びません。そもそも日本では道路事情や燃費性能への関心の高さから、アメリカ車が日本市場で受け入れられるかどうかも不透明です。
今後の展望:専門家は「時間稼ぎ」を提言 しかし政治日程が交渉を急かす可能性も
ディールの行方を握るのは、アメリカの国内情勢かもしれません。同志社大学大学院の三牧聖子教授は、「いまアメリカ国内の経済不安はここ20年で最も高まっている」と指摘しています。アメリカ国内ではトランプ関税で不満が高まっている、それでも強権的に進めているという状況があるようです。
いっぽうFOXニュースがトランプ政権の政策ごとの評価を調査(4月18~21日)したところ「関税:評価する33% 評価しない58%」「外交:評価する40% 評価しない54%」「国境対策:評価する55% 評価しない40%」となっています。
そして三牧氏、木内氏とも「この交渉は急がない方がいい」と見ています。三牧氏は、国内で批判が高まれば、アメリカ側が交渉の手を緩める可能性を指摘。野村総合研究所の木内登英氏も、アメリカ国内で関税による物価上昇への反発が強まる夏から秋頃まで「時間稼ぎ」をすべきだと提言。その時期になれば、アメリカ側が関税の見直しに動く可能性があると見ています。
こうした専門家の見方について、ジャーナリストの武田一顕氏は、「確かにそうなんだけど、外交はどうしても焦ってしまう。」と指摘、アメリカでは来年に中間選挙を控え、日本では都議会議員選挙と夏の参議院選挙が予定されていて、さらにこれらの間にカナダでG7サミットが開催されるため、それまでに何らかの成果を出したい」と追い立てられる可能性があるとしています。
木内氏は、仮に関税を受け入れた場合の日本のGDPへの影響は【0.5~0.8%減】で、アメリカの要求通りに対日赤字8.6兆円が全て解消された場合は【GDP1.4%減】となるため、「結果、関税を受け入れる方がマシ」との見方も示しており、今後の交渉の行方が注目されます。