政府の備蓄米放出でコメの価格は本当に下がるのでしょうか?もし下がるならそれはいつ?元農水省官僚で東京大学大学院の鈴木宣弘特任教授が解説しました。
コメの価格は下がる?「根本的な原因が解決されていないので“限定的”」
―――鈴木先生、果たしてコメの価格は安くなるのでしょうか?
「一時的には、備蓄米が出てくることにより安くなる可能性もありますが、根本的な原因が解決されていませんので、なかなか効果は“限定的”で、また不足感が増して、価格が上がってくるような可能性さえもあるというのが今の現状ではないかと思います」
―――“限定的”といいました、期間でいうとどのくらいの間安くなるのでしょうか?
「それはなかなか難しいところがありますけれど、効果があっても数か月程度では。そもそも21万トンのうち15万トンが放出されますが、それは大手の集荷業者さんが「集荷できなかった分を補充するだけ」ですので、大手のスーパーなどには届きますが、町のお米屋さん等まで届かない可能性があるわけです。そういう意味でも、効果は“限定的”ではないかというのが一つのポイントです」
鈴木特任教授「コメはそんなに取れてない、とみんな言っています」
入札とはどういうものなのか?青森県産の「まっしぐら」や宮城県産の「ひとめぼれ」など41銘柄、15万tが今後放出されます。
今回の入札に参加できる業者には条件があり、『年間の玄米仕入量が5000t以上の集荷業者』『卸売業者等への販売の計画・契約を提出できる業者』です。3月10日に1回目の入札が行われ、午前10時までに入札額をメールで送信しました。
備蓄米は日本各地の倉庫に保管され、整理番号で分けられています。業者はこの整理番号ごとに入札を行い、最も高い金額をつけた業者が落札、というシステムになっています。今回入札がなかったものや、最低落札価格に達していない整理番号のものは11日、12日に入札が行われる予定です。
―――高い価格の業者が落札するなら、高値になるのでは?と疑問が湧きますが、農水省は「販売価格の制約は設けていない」とするいっぽう「落札したにもかかわらず市場に卸さない場合は指導もありえます」としています。鈴木先生はどのように考えますか?
「高値となる可能性はおっしゃる通りです。政府は、『流通業者が隠している、それを是正すればいいだけだから、その分を一度出してまた買い戻しますよ』と言っているわけです。ということは流通量は変わらないので、そのことを市場が見込んでしまえば結局なにも変わらない状況さえ考えられる。」
「そもそもコメは足りてないんですよ。生産量が足りてない。『もうコメは作らないでいい、田んぼは潰しましょう』と、米農家は赤字で苦しんでても放置されてきたわけで、生産が減りすぎていたところに猛暑があった。政府は作況指数は100を超えて取れているといいますが、現場はそんなに取れてないとみんな言っています。かつ品質が落ちているから、精米にしたときに、いわゆる普通の主食米として売れる量が減っているわけです。」
「実質は、もう前倒しで2024年産が使われて、2025年産の買い付けの約束までできています。ということは、端境期になってくると、不足感が高まってくる。これだけ市場が『コメがもうないんだ』と言っているわけで、流通業者が隠しているんじゃないんですよね。(政府は)そこをまず認めて、それに対する対策をやらない限り、本質的には問題は解決しない。また不足が激しくなって何かあればコメ騒動が起きるような状態を放置してしまうということになるんじゃないかっていうのが、根本的な問題だ」
政府は「悪いのは流通、その部分を是正するだけ」という論理にしようとしている可能性…
―――江藤拓農水大臣は、一部の集荷業者がスタックしていて、備蓄米を放出することで抱えている業者も売らなければならないため、市場にコメを出して供給量が増えるのではないか、ということも言っていたと思いますが、そのあたりはいかがですか?
「そういう業者がいないわけではないと思いますが、それはごく一部の可能性もあるわけです。もうすでに(コメは)足りないから先食いして流通し、隠されている部分はほとんどない可能性があるわけです。政府とすれば自分たちがやってきた、コメは余っているから作らなくてもいいと言って放置してきた政策の判断ミスを認めるわけにはいかないので、『コメは足りている余っている』と言い続けて『悪いのは流通だからその部分を是正するだけだ』、という論理にしようとしている可能性があるのかなと思います」
生産者も消費者もWin‐Winになるには?
―――鈴木先生が言うように「減反政策でコメ不足」ということでしたら、政策を急に変えることは難しいですし、備蓄米の性格を緊急支援的なものというより、コメ価格の変動に応じて毎年介入する“為替”のように、備蓄米の性格を変えていかなければならないような感じもしますが。
「おっしゃる通り、備蓄米について運用を変えて、米価が2万円超えてきたら放出します、逆に1万5000円を下回ったら買い入れます、というように備蓄米運用を、数値で明確化してわかるようにすれば流通も安定化して、消費者にとっても、生産者にとっても、価格が範囲内に収まるようなルールを決めるということもひとつですね。」
「増産について2025年は増産する、と言っている方は増えているんですけど、そんな簡単に増やせないほど現場が疲弊していて、せいぜい3%程度しか全国で増産の見込みが立ってないんです、簡単ではない。農家がもっと作って価格が下がってもやっていけるような、生産を奨励するための補助金が、(他の国のように直接支払いで出るとか)、明確にしてくれれば、生産者も増産をやるよ!となり、生産が増えコメの値段も下がる」
「消費者は助かる、生産者も所得がある程度補填され、Win‐Winになるわけです。やはり政策が、この場をどう救済するかというインセンティブを生産者にしっかりと示せるようにしないといけない。ただ余ってる、足りてると放置しないで、どうしたら生産を増やし、増産しても所得が得られて、消費者は安い価格で買えるのか、それから、備蓄米の運用をしっかりルール化して、米の価格が安定していると思えるようにできるかどうか、この点が重要だと思いますね」
―――現場とのギャップをなくしながら、国としてのルール作りを強化する必要があると感じます。
◎鈴木宣弘:東京大学大学院 特任教授 元農水省官僚 専門は農業経済学 『世界で最初に飢えるのは日本』など著書多数