去年11月の兵庫県知事選挙をめぐり斎藤知事とPR会社「メルチュ」の社長が公職選挙法違反容疑で告発された問題。2月7日、兵庫県警と神戸地検がメルチュの本社など関係先を家宅捜索しました。
この家宅捜索の狙いとは何なのでしょうか?また、斎藤知事は改めて「公選法に違反していない認識」としていますが、どこに疑われる点があるのでしょうか?
甲南大学・園田寿名誉教授と元大阪地検・亀井正貴弁護士に取材した内容を含めてまとめました。
斎藤知事側とPR会社側で食い違う主張
去年11月の兵庫県知事選挙をめぐる一連の騒動の発端は、PR会社「メルチュ」のコラムに書かれた内容でした。
【メルチュのコラムより ※一部は削除済み】
■「広報全般を任せていただくことに」
■SNS運藤フェーズの提案資料 「種まき」~「育成」~「収穫」
■「全神経を研ぎ澄ましながら管理・監修」
■「そのような仕事を」
斎藤知事陣営の広報全般やSNS運用を“任されていた”ということが書かれています。一方で、斎藤知事側の主張は全く違います。
【斎藤知事の側の主張】
■ポスター制作費などとして70万円あまりを支払った
■SNSは斎藤事務所が主体的
■PR会社社長はボランティアとしてアカウント作成や演説の撮影に参加
SNSの運用については謝礼は支払っていないとし、PR会社の社長はあくまでボランティアとして活動していたという主張です。
買収はあったのか?判断の基準は
「仕事」だったのか「ボランティア」だったのか。仮に斎藤知事側の主張が正しかったとすると、PR会社は事実を誇大して「仕事として私たちがやりました」と言ったことになります。一方で、PR会社側の主張が正しい場合、買収の可能性が考えられます。
そもそも「選挙買収」について、公職選挙法に詳しい甲南大学・園田寿名誉教授によると、2種類に分けられるということです。
■投票買収…有権者に直接お金を払うことで「私に投票してください」とする買収
■運動買収…運動員に「手伝ってください。その代わり謝礼を払います」とする買収
今回の問題は「運動買収」にあたる可能性があるとして、現在、捜査が進んでいます。
SNS運営については斎藤知事陣営もPR会社側も認めています。このSNS運営に代金が支払われていなければボランティア、一方で代金が支払われていたなら買収というのがこれまでの見立てです。
現時点で明らかになっている“報酬”は、ポスター代などとして支払われた70万円ですが、ここにPR費用が含まれていた可能性もあります。この場合、買収にあたる場合とそうでない場合の両方が考えられます。
1.PR会社が運営主体→買収にあたる
2.PR会社は単純作業のみ→事務員には報酬を払うのが認められているためセーフの可能性も
告発から2か月で家宅捜索を行うスピード捜査
去年12月1日、元検事・郷原信郎弁護士と神戸学院大学・上脇博之教授が、斎藤知事とメルチュの社長を公選法違反の疑いで刑事告発。こうした中、2月7日に兵庫県警と神戸地検がPR会社の関係先を捜索しました。
警察は去年12月以降、メルチュの社長に対する事情聴取などを実施。亀井弁護士曰く、事情聴取で警察・検察が求める証拠が出てこない場合に家宅捜索をします。自身が潔白なら、通常はそれを証明する証拠を出そうとするだろう、という考えから捜索に踏み切ることも多いということです。
そして、亀井弁護士が注目するポイントは以下です。
■これまでと違いSNSが絡んでいること
■警察&検察の合同捜査
■スピード感(証拠の精査も2~3週間で?)
亀井弁護士によると、警察・検察が合同で捜査するのは異例だということです。合同になった背景として、告発した郷原弁護士と上脇教授が、警察・検察の両方に告発状を出したのではないかといいます。
というのも、知事は警察を管理する公安委員会の人事権を握っているため、警察にとって捜査がやりにくいという事情が。それを考えて検察でも告発したことで、合同捜査となっているのではないかと亀井弁護士は指摘します。
もうひとつのポイントは捜査のスピード感です。通常、証拠の精査は約1か月を要するそうですが、今回の問題は注目度が高いこともあり、2~3週間で終えて立件できる可能性もあるのではないかということです。
ポイントは「見積額の変遷」があるかどうか
では、証拠として何が大事なのか亀井弁護士に聞きました。
【家宅捜索で探す証拠】
■初期段階の計画書や見積書
■PR会社内部のやりとり(社員同士で「支払いの発生有無」などについてやり取りがあるかどうか)
■PR会社と斎藤知事側の間のやりとり
ここでポイントとなるのが「見積書が複数あるかどうか」です。複数あった場合、その見積額がどう変わっていっているのか。
例えば、最初は10万円だった報酬が20万円、50万円、70万円と段階的に上がっていた場合、そこにPRやSNS運用の費用が含まれた可能性が考えられます。逆に言うと、当初100万円ぐらいだった見積額が減って70万円になった(PR代を含んでいたが、公選法に違反するとなり、ポスター代等のみにした)のであれば、斎藤陣営の主張を裏付ける証拠と捉えることもできます。
見積書なく「口約束」の可能性も “お金の証拠”での立件は難しい?
しかし、証拠は残っているのでしょうか?
亀井弁護士によると、過去の収賄などでは、記憶の整理のためにメモなどが残っていたことが多いということです。また、スマホやパソコンのデータは削除しても復元が可能。パソコンごと破棄・壊すなどしていた場合は、“証拠隠滅”として逆に逮捕につながるというのが亀井弁護士の見立てです。
一方で園田名誉教授は、「選挙は忙しいので見積書を作らず口約束で仕事を始めることも多い」といいます。そのため、見積書などの証拠から買収を立件するのは難しい可能性もあるということです。
「ポスター制作を依頼したタイミング」で罪になる?
ただ、これで話は終わりません。園田名誉教授曰く、「順番」によって大きく違った結果になるということです。以下の2つを比べると…
1.PR会社社長がボランティアをしてくれると知る→PR会社にポスターなどの制作を依頼
2.PR会社にポスターなどの制作を依頼→PR会社社長がボランティアをしてくれると知る
この場合、1は買収にあたり、2はセーフというのが園田名誉教授の見立てです。
選挙買収にあたることとして「金品などの提供」以外に、「供応接待(食事などの提供)」「公私の職務(仕事の依頼)」が該当します。
ボランティアをお願いしたうえで“事前に仕事を依頼するのでそれを謝礼として受け取ってください”ができてしまうと、お金の力が選挙結果を左右することにつながります。そのため、ボランティアをしてくれることを先に知っていた場合、報酬の名目がポスター代であっても職務の供与となり、買収にあたるのではないかということです。
百条委員会、第三者委員会の結論も今後出るということで、斎藤知事をめぐる一連の問題の行方が注目されます。